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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【開いていると撹乱もある】

1998.5.15 

 「環境ホルモン」が急に話題になっています。もちろんこれは重要な問題ですが、ここで気になるのは"急に"というところです。急に騒いで急に消えるのは困ります。実はこれは、このコラムで考えようとしていた「開くということ」と関わることなので、今回はこのテーマで考えます。
 生きものの特徴は何か。20世紀に入ってからの研究は、生きものを作っている物質は少しも特別なものではないし、そこで起きている反応も、物理・化学の法則に従っていることを明らかにしました。しかし生きものには他にはない特徴があることも事実です。まず基本は外部と区切りがあること。具体的には膜で囲まれている。この膜がなんともみごとで、必要なものは中に取り入れて保ち、不必要なものは入れません。一方、中でできた不用物は外へ出す。内をしっかり作りながら外との関係を上手に保っています。つまり生物は閉じているようで上手に開いています。これがダイナミズムを産み出す。生きものらしさの源はここにあります。ところで、ダイナミズムを産むということは別の面から見ると、危ない橋を渡ることでもあります。常に外との関係の中にいるので外の影響を受けますから。
 環境ホルモンは正確には内分泌撹乱物質。囲まれた内部のシステムをうまくはたらかせるために生物はDNAの情報系を基本にして、神経系、内分泌系、免疫系、代謝系など、さまざまな情報系(そのほとんどは物質に託されている)をはたらかせています。そして、ある種の化学物質がその中の内分泌系、つまりホルモン系を撹乱するらしいことがわかってきました。そのメカニズムは、まさに膜のはたらきを撹乱するものであり、生物学からみても興味深い課題です。ですから、まず、生物の開いている姿を科学の眼できちんと見るところから始めなければ内分泌撹乱の本質はわからない。"急に"騒いでまた消えるのでなく、生きものに眼を向け続けることが必要です。

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