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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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再び変わると変わらない

2005.4.15

中村桂子館長
 日本時間で4月3日の早朝、ローマ法皇ヨハネパウロⅡ世が亡くなりました。私はカトリックの信者ではありませんが、どこか惹かれるところのある方で、家人がCDでフォーレのレクイエムを流したのもとても自然な感じでした。ポーランド生まれゆえに、二十世紀から二十一世紀へかけての人間の辛さを実体験なさった経歴が、現在の言動に反映されているのでしょう。
 ナチスの独裁主義、信教の自由を認めない共産主義、冷戦が終わったことを喜んだのにお金最優先になってしまった行き過ぎた資本主義・・・・やりきれない状況の中で、体験を踏まえてそれらに果敢に、でも親しみ深い態度で対応なさる姿は魅力的でした。それだけの方が、一貫して戦争を否定し、宗教間の対話や和解に努められても実際には戦争はなくならず、日常生活からも暴力は消えない。それどころかますます気になる方向へ動いています。
 ヨハネパウロⅡ世は、1996年に「ダーウィン進化論」を認める書簡を出されました。魂は人間だけが持つものであり、神様から与えられたものだけれど、それ以外は進化で生じ、他の生きものとつながっているということを認めるものです。ヴァチカンは、以前、ガリレオを復権させました。科学と宗教は、自然や人間について知り、生きることを考えるという点では同じであり、ただ対立するだけのものではないということでしょう。
 もっとも、女性を司祭にという新しい声には耳をかさず、人間の誕生への介入はまったく認めないなど、非常に保守的な姿勢をとられてもいます。“カトリシズムは本来“普遍”ということであり、前回の関連で言うなら変らぬものを求めるものと言ってもよいでしょう。あまりにも変っていく中で、変らないものとしての存在意義を考えていらしたのかもしれません。生命誌では、今年医療の問題を少しづつ考えて行こうと思っています。生殖技術は、その中で考えなければならない難しい対象です。科学は、ただただ変る方だけを追って行けばよいのかと言えばそうではないでしょう。変ると変らないは、生きることを考える時の基本テーマであることを改めて感じました。
 
 
 【中村桂子】


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