1. トップ
  2. 語り合う
  3. 【生きもの上陸大作戦性】

中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

バックナンバー

【生きもの上陸大作戦性】

2010.2.15 

中村桂子館長
 生命誌研究館は、館全体が「生命誌」という考え方の表現になっています。その中で2階は1階から見渡すことができる回廊になっており、ギャラリーと呼んでいます。全体を見たら、絵画の展覧会のように見え、内容は科学になっている展示の場です。3月からここで新しい展示をします。「生きもの上陸大作戦」です。
 生命の歴史物語の中ではいくつかのエポックメーキングと呼ぶべき事柄がありました。最初は「生命の起源」、これがなければ何も始まりません。ここで誕生したのは現存の生物で言うならバクテリアに代表される原核生物でした。分子生物学の視点からは次の大きな事件はなんと言っても真核細胞の出現です。これがなければ多細胞生物は生れず、従って私たち人間も存在しなかったでしょうから。真核細胞の誕生では、ミトコンドリア(エネルギー生産)、葉緑体(光合成)の共生が重要です。・・・という流れでずっと考えてきました。分子生物学から入ったので、どうしてもDNAや細胞に眼が向く癖がついているのです。
 ところで数年前、誕生以来30億年以上海の中で暮らしていた生きものが陸へ上った時のことを思い浮べたら、その時の生きものたちの気持が急に身近になってきました。この時の決心は大変なものだったに違いないと思えてきたのです。30億年もの長い間海にいたということは、いかにそこが暮らしやすいかということを示しています。そこから出ていくなんて、無謀といえば無謀です。環境との関わり、生態系としての変化という少し大きな視点から見ると、これは最も大きな出来事かもしれない。以来、「生きもの上陸大作戦」という言葉が館内でとび交うことになりました。蘇研究室(蘇さんを始め、学生の石渡さん、宮澤さん、上田さん、長久保さん)、宮田顧問とその共同研究者佐々木剛さん、京大の岩部研究室によって、植物、昆虫、脊椎動物で上陸の役を果したのは何かが見えてきました。DNA、細胞、個体、種、さまざまな生きものが作る生態系、地球の動きなどのすべてが関わっている事柄として、“生きものに不可欠の水と別れて荒れ地へと上っていった大冒険” の面白さが見えてきました。
 さてそれをいかに表現するか。やはりここは日本がお得意の絵巻で行こう、絵巻の中で数億年の旅をする主人公の気持になって考えよう。表現セクターでは板橋を中心に全員の知恵を集めて、現在進行中・・・というのんびりした話ではなく、時間との闘い、追いまくられています。生きものの歴史の中の “The Longest Day” の展示を是非ごらん下さい。楽しいものができつつあると思っています。

P.S. 実は2月6日(土)、我が家からのダイヤモンド富士の日でした。山頂にちょっと雲がかかっていましたが、幸い山にかかる光は見えました。落ちる直前はまぶしくてまぶしくてという状態で、落ちた途端に山はシルエットになり空は夕焼けに変るみごとさは何度見てもきれいです。年二回、十一月と二月に楽しみます。幸い、冬至に一番南に寄り、夏至の一番北まで見渡せるので必ず夕日を見る習慣がつきました。太陽と富士山の組合せ、日本人の原点だなあと思いながら。



 【中村桂子】


※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。

中村桂子の「ちょっと一言」最新号へ