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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【東寺の塔と競ってイルカがジャンプ?】

2010.7.30 

中村桂子館長
 先般、研究について筋がよいか悪いかが大事だと書きました。正しい、正しくないという判断は、神様でない身にはとても難しくてできませんが、筋のよさについての選択は、私の場合、本物の自然と向き合っているかというところに置いています。
 残念なことに、また筋の悪いものに出会ってしまいました。京都駅近くに梅小路公園という市民の憩いの場があります。旧国鉄の敷地ですが南には平清盛の邸宅西八条第があったとかで庭園や森や広場がよい雰囲気です。隣接する蒸気機関車館にはさまざまなSLが置かれ人気です。
 そこに突如水族館を出現させるというのです。初めて聞いた時は冗談かと思っていたのですが、「日本で最大の内陸型水族館」を謳い文句に人工海水でつくるということです。ここで私が筋を疑うのは、これが「多様な生物の命の輝き・つながりを体験する場で地球環境問題について学習できる」と言っているからです。「豊かな森が豊かな海を育てるという森と海の一体の環境保全が重視される中、森と海と都市を一つの融合した環境として捉え、地球環境を考える絶好の機会になる」という文章を読んで仰天しました。東寺の五重の塔の近くに人工海水の水族館を作り、それを「豊かな森が豊かな海を育てる」という言葉で語るとは、俗っぽく言うなら「よく言うよ」です。自然に対して失礼、言葉に対して失礼、文化に対して失礼です。空海にも。
 財政難の折から娯楽施設を作って集客をし、少しでも助けにしようと考えたら水族館になりましたとおっしゃるなら、そうですかと言うほかありません(それでも、京都なんですよ、もっと他によい考えがあるのではありませんかという気持は強いですけれど)。しかし、「命の輝き」とか「豊かな森と豊かな海の一体化」とおっしゃられると、ちょっと待ってと言わないわけにはいきません。「生命を基本に置く社会」を作りたいと思って多くの方に“いのちのつながり”を感じたり、考えたりしていただく活動をしている生命誌としては、いくらなんでもそれはないでしょう、いい加減に言葉を使わないで下さいと言わざるを得ません。
 筋が悪いときは、いかにもすばらしいかのように見せかけるものであり、最近はそれに「いのち」という言葉が使われることが多いのがとても気になります。「いのち」は免罪符ではありません。年をとったのかな。とくに大人が子どもたちにインチキをするのがとても気になってつい。



 【中村桂子】


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