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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【なかなか難しいですね】

2011.5.2 

中村桂子館長
  クラス会がありました。25人の出席者の中にさまざまな形で原子力発電に関わってきた人が5人。卒業以来ですからほぼ半世紀です。その体験と今思うことを語ってもらい、しろうとたちが質問をして3時間ほど、その後もまた皆でテーブルを囲んで話し合いました。これで結論が出たかと言えば、あたりまえですが、そうはなりませんでした。
 一人一人の中でさえ難しい。私はまず大量にエネルギーを使うシステムになり過ぎている社会を変える必要があり、その方が本当の豊かさを楽しめるはずと信じています。そして、廃棄物処理を含めて放射性物質を人間のコントロール下に置くのは至難ですので、原発は少なくとも凍結という選択しかないと思っています。ただこれは、世界中で考えないと、中国やインドなど経済成長しようとしている国が原子力発電所を建設する可能性はあるわけです。新興国では技術レベルはより低いだろうから、そこで日本の経験を生かす必要があるという意見がありました。より進んだ技術と体験を生かすというのは工学者として当然の発想ですが、本当に体験を生かすなら“凍結が今の選択”という提案が必要ではないかと思います。でも聞いてもらうのは難しいでしょうね。結局、こうして話し合える仲間がいるのはありがたいねというところで一致し、また秋を約束して別れました。
 生命誌としては、自然・生命・人間・科学・科学技術についてていねいに考え、そこから生命を基本に置く暮らしを考えるという本来の作業を地道に進めていくわけで、これは私の中の迷いのない結論です。それが今とても大切だと友人たちから応援のメールなどが来ていますし。
 そんな中、今一つの新聞記事が頭を離れません。石巻市で67歳の男性が、濁流の中屋根に取り残されて助けを求める親子3人(子どもは8歳と4歳)を飛びこんで助け、最後に妻が引きずり上げた時には息をしていなかったという記事です。そこに、残された妻が助けた親子を優しく見守っている写真があるのです。夫がそのために命を失なった相手を、こんなに優しい眼で見られるすごさに圧倒されます。「どうしてここに流れてきちゃったんだろう」と思ったこともあると記事にあります。当然でしょう。でも、困っている人たちがいたら見て見ぬふりのできなかった夫を思い、子どもたちに“強く生きて欲しい”と願っているというのです。生きものとしての人間を考えることは重要ですが、うっかりすると生きものについての知識を人間にあてはめかねません。人間の行動を遺伝子で説明しようとするなどがそれです。そうではなく、人間のこの複雑さとすばらしさをそのまま受け止めなければいけないと改めて思いました。

東京新聞 2011年4月17日

東京新聞 2011年4月17日

 【中村桂子】


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