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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【「story」にのせて】

山口真未

 ただいま論文制作中です。
 研究者のまず第一の使命は論文を書くことですが、その修行中です。
 普段実験をしていると、自分は重箱のスミをつつくようなことをしているに過ぎないのでは・・・とネガティブな考えに陥ることが、たまにあります。でも、論文を書くことで、自分のやっていることの意味が再認識でき、ポジティブな考え方に戻れたりします。論文を書く上で大切なのは、「その研究で何が新しく分かったのか」と「その研究の意義付け」の二点です。つまり、自分達のやった実験で新しく分かった結果を書くことと、その結果を過去のいろいろな研究と照らし合わせて「story」をつくることです。今までに研究されてきたことの中で、自分が見つけた新しいことがどんな意味を持つのか、できるだけ魅力的な「story」を考えます。「story」とはいっても、空想のおとぎ話とは違います、論文の一文一文は、必ず根拠が必要です。その一文が、過去に誰かが明らかにした事実なのか、自分たちが今回発見したことなのか、自分たちの推測(なんらかの根拠に基づいた)なのか・・・誰か他の人が明らかにしたことなら、誰々がいつどの論文で明らかにしたことなのかというreference(参照)をつけなければなりません。その作業をしていると、膨大な量の過去の論文があってこそ、自分の結果が意味のあるものになっているのだなと実感します。自分のやっていることは重箱のスミかもしれないけれど、過去の論文との「story」にのせると、それはきちんと魅力的なものになるのです。
 普段生活していると、たまに「自分ってなんなんだろう」とセンチメンタルなことを考えてしまいます。「only one」って言うけれど、自分にしかないものって何なんでしょう?着ている服だって既製服だし、考えていることだって、こんなにたくさん人が居たら、誰かは同じことを考えているだろう。顔が違う、指紋が違うって、そんなの「only one」だと、いばって言うようなことじゃない気がするし・・・。そんなとき、自分の歩んできた道を振り返ってみます。自慢できるようなことは何もないけれど、こうやって生きてきたのは、まぎれもなく自分だけです。その歩んできた「story」を思い返すと、なんとなく「only one」だと納得してしまうのです。
 ゲノム、ゲノムっていうけれど、ヒトとチンパンジーでゲノムは98%一緒です。こんなに違うように見えるのに、ゲノムはたった2%しか違わない。本当にゲノムの差なの?と不思議に思います。ヒトが特別だとは思わないけれど、個々のいきものの差をつくっているものは何なのでしょうか。ゲノムに何かが書かれていることは確かでしょうが、もちろん答えはまだありません。どんな「story」にのせたら、その答えに近づけるのでしょう。いきものが誕生してから38億年の、進化の「story」でしょうか?受精卵というたった一つの細胞から私たちの体が作られるという、発生の「story」でしょうか?
 ・・・今自分にできることは、重箱のスミをつついて出てきた「story」(論文)を書くことだけですけれど。



[脳の形はどうやってできるのかラボ 大学院生 山口真未]

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