進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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なぜ言語が石器作りを教える過程で誕生したと思うのか?

2018年3月15日

Wagnerのオペラ「ニーベルングの指環」では、槍や刀がぶつかりあって壊れるという場面が何度も出てくる。例えば鍛えられた強い剣でも人間(ジーグムント)が構えたノートゥングは、神(ヴオータン)の槍にうち砕かれる。これは武器の優劣を示すことで、神の力を示そうとしていると思うが、ともすると私たちはネアンデルタール人と現生人類の間に同じような関係を想像してしまう。しかし前回も述べたが、武器や戦略の差が両者の絶対的な優劣の差の先行原因だとは思いにくい。

事実、ネアンデルタールと現生人類はシナイ半島では10万年近く隣接して暮らしながらも均衡を保っていた。シナイ半島および北上したばかりの現生人類は、使っていた石器(ProtoaurignacianやAhmarian文化とよばれている) でネアンデルタール人(Levalloi文化)から区別されている。しかし、最近の研究でシナイ半島や現生人類が北上したルートではこの区別が明確でない事もわかっている(Hublin, PNAS 109, 13471, 2012)。則ち、石器など道具が優劣の決定的要因になったとは考えにくい。

そこで前回この優劣の鍵となったのが、VerbalあるいはSpeechを媒体とする言語(S言語)であると提案した。S言語獲得により優劣がハッキリした後は、現生人類でさらに大きな文化的変化が起こり、おそらく石器自体もAhmarianやProtoaurignacianからその後急速に発展するきっかけとなったと思われる。

では、なぜわざわざ石器作りを教える過程がS言語誕生の現場となったと考えるのか?今回はこの問題を考えてみるが、せっかくの機会なのでまず石器作りについて勉強する事にしよう。

石器作りに関する本はおそらく他にも数多く出版されているとは思うが、私の知識はもっぱらジョン・シー(John J Shea)著の『Stone tools in human evolution:behavioral differentces among technological primates』 (Cambridge University Press)に頼っている(図1)。ほかの本を読んでいないので、これだけを推薦というわけには行かないが、考古学の論文を読むときにはきわめて役に立つ本だ。勿論ここで述べる事も殆どがこの本を参考にしていることを断っておく。

図1 John J Sheaの著書。
石器について人間だけでなく、サルが使用した跡についての区別の方法にいたるまで書かれている。通読すると、石器が如何に奥の深い話かわかる。
出典:Amazon co.jp

人類が石器を使い始めたのは300万年以上前のことだが、石器は人類の進歩と共に発展してきた(図2)。この歴史はまず旧石器時代と中石器時代に分けることが出来る。中石器時代は、だいたい1万年ぐらいから始まっており、既に弓矢など高度な武器が発達している。私達が問題にするのは、それ以前の旧石器時代で前期、中期、後期に分けられている(図2)。

図2 石器の発達。Sheaの著書を参考にして、筆者が作り直した。
写真の出典:Wikipedia

各時期の石器は代表的発掘場所の名前がついており、そこで発掘される骨の形状から、使用していた人類がわかっている。ただ、示している以外の人類が使っていた可能性を排除することは出来ない。

この発達の歴史はまさに石器の作り方の開発の歴史だが、殆ど二足歩行のサルと言っていいアウストラロピテクスと、常時2足歩行の直立原人の間で大きな変化が起こっているのが図2からわかる。すなわち、直立原人の登場が、様々な点で人類最初の大革命をもたらしたと考えられる。

実際、実験的に石器を作成する実験考古学によると、Oldowan文化では、拾った石を割って、そのかけらをもう一度叩いてみることぐらいしかおこなわれていない。その後、直立原人によるAcheulian文化がはじまると、急速に石器製作の工程が質量ともに増加し、複雑度が増していく。この結果、後期Acheulian文化では、1)石器に適した石の採石、2)砕石、3)破片の選択、4)破片の加工、5)加工する対象の最終的選択、6)様々な調整による形作り、などかなり複雑な過程が石器作りに使われていたことがわかる。おそらく、実際に使用した後の使い勝手についてのフィードバックも行われただろう。すなわち、デザインの構想とそのための加工技術の発達が石器の発達を支えたと言える。

このように、石器を見ていると、直立原人が既に高度な文化をもっており、石器製作に必要なExplicit memoryやゴールを共有して協力する能力、すなわち言語能力を十分備えていたことを実感する。

石器作りでもう一つ重要な点は、このような工程を、個人が個別にやっていたというより、一種の工房でまとまって行われていた点だ。このような工房で石器や他の道具を作り、後進に教えるという作業は、当然高いコミュニケーション能力が前提となる。すなわちこの能力が高さに応じて、石器の機能が発展したと想像される。

これらの点を考慮すればするほど、この工房で石器作りを教え、また習おうとする過程こそが、音節を単語として用いるS言語の発生場所に違いないと私には思えてくる。その理由をさらに説明しよう。

理由1:音はexplicit memoryに必要な連合を助ける。以前「コミュニケーションと言語」で述べたように、おそらく人類は、重要だが複雑なイメージを記憶する際、単純な表象と連合させることを自然に行っていたはずだ。この時、常にまわりで繰り返して聞こえてくる音節は、連合相手として利用価値が高い。

理由2:石器作りの現場では様々な繰り返す音で満ちている。これについては想像してみるだけで十分だろう。先にまとめた過程で石器を作ろうとすると、各過程で違った音が発生し、それも繰り返して何度も聞こえる。

理由3:石器作りの現場には表現するべき具体的対象が多く存在する。石器作りには多くの工程が必要だが、そのおかげで現場にはその工程を代表する具体的なモノ・・が存在しており、複数の個人で同一のモノ・・を対象として共有しやすい。

理由4:石器作りを教え、教えられる関係には、個人的な表象を他の個体に共有させる階層性がある。個人が、自分の頭の中で特定の音節を複雑なイメージの表象として連合させることは特に難しい話ではない。しかし、個人的な表象を、他の個体と共有するためには、表象されている具体的モノ・・を先ず共有することが必要で、それを共有した上で、誰かがそのモノに対応する(表象する)音節を提示し、他の個体にもモノ・・と音節の関係を共有してもらう必要がある。理由3に述べたように石器作りの現場にはこの具体的モノ・・が存在し、指差しでそれを共有できる。

その上に、教える側と、教えられる側の階層が存在することも重要だ。具体的モノ・・を前にしても、それぞれが勝手な音節を提案するのでは収集がつかない。しかし、教える側がはっきりしている場合は、主導権を教える側が持って、モノ・・と音節を関連づけ、相手に共有させることが可能になる(図3)。

図3 具体的なモノの共有、上下関係、様々な音がある現場でこそモノと音節の対応が共有される

イラストの出典:無料サイトPixabay

理由5:石器造りで発生する音は時に音楽的だ。道具を作る過程で出る音を音楽に取り入れる能力でワーグナーは天才と言えるが、道具作りも手馴れてくると、自然にリズムに合わせて工程を進めることも行われただろう。音楽が感情を表現し伝える手段だとすると、道具を作る時の音を聞きながら、音楽を思わず口ずさむこともあっただろう。

一方、音節が中心の言語が生まれるまでは、コミュニケーションにはジェスチャーとともに、スティーヴン・ミズン(Steven Mithen)のいうような音楽的フレーズも感情を伝えるために使われたと考えられている。例えば「オーケー」とか「グーーーッド」とうなづくような感じだ。とすると、この現場には声もあふれていたと思える。

もともと、石器作りを教えるためには、高いレベルのコミュニケーションが必要になる。このため、S言語発生前から、音楽的発生でのコミュニケーションを図ろうとする努力は日常的に行われていたと思える。

理由6:石器作りの現場には自然に文法が生まれる。石器作りでは、プランに基づいてどう身体を動かすかが問題になる。既に文法のルーツの一つは身体の動きの手順だと提案したが、その意味で石器作りを教える過程で音節を使った単語が生まれたとすると、それを並べる統語も自然に生まれたのではと考えられる。

以上、私が石器作りを教えていた工房こそが、S言語発声の現場だと考える理由について述べたが、全て私の妄想として聞いておいていただきたい。

大事なことは、このように音節を用いてコミュニケーションが図れることが理解されると、S言語は急速に仲間に広がることだ。これは、すでにニカラグアのろうあの子供達の手話が共有されていく過程の解析から明らかになっている。最初、2−3人の少人数の中で生まれたサインが瞬く間に集団全体に広がり、今度はあらゆる場所で新しいサインが作られ、広がっていく。

手話と比べた時、音節を用いるS言語は、表現力だけでなく、表現のスピードでも高い能力を発揮する。この便利さが一旦認識されると、石器作りの現場以外でも新しいボキャブラリーを形成する過程が進み、集団で共有するボキャブラリーは急速に拡大できると考えられる。

この結果、より複雑なコミュニケーションが可能になれば、もちろん優れた石器を開発する能力も高まるだろう。しかし石器の機能に差がないとしても、音節を単語として複雑なコミュニケーションを迅速に行える能力は強い武器として、それを持った集団と、持たない集団の間には、大きな優劣が生まれるはずだ。

もちろん、それまでのジェスチャーや単純な発声だけでは表現できない高いコミュニケーション能力を手にしたいという必要性と、ここに述べたような条件が揃えば、S言語の誕生は石器作りを教える現場である必要はない。

最後にもう一つ妄想を述べると、同じ現場では、絵を使うコミュニケーション手法も誕生しただろう。実際、多くの職人さんも、技術を伝える時、絵を使うことが多いと思う。とすると、石器作りを教える現場は、S言語とともに将来の文字誕生のきっかけになったのかもしれない。

これでようやく言語誕生について終えることができる。次から、言語と文字の統合の問題をかんがえる。

[ 西川 伸一 ]

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