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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【「みんな」って誰?】

今村朋子 先日、芸大で行われた「科学と芸術の交差」というシンポジウムに出席しました。4年ぶりに訪れた上野公園はすっかり整備されて様変わりしていましたが、芸大の門の前に来ると、この時期の風物詩である銀杏の匂いが母校であることを思い出させてくれました(よく友人と作業場で銀杏を洗って怒られたものです)。さて、シンポジウムの内容はというと、第一線で活躍する科学者と芸術家が集められながら、互いに表面的に似ている部分を列挙するに留まったことをとても残念に思いました。両方の現場に身を置いた私にとって、本当に聞きたいのは「心の豊かさ」や「感動を理解する」というたいそうなスローガンではなく、なぜその研究をするのか、何が大事なのか、自身の仕事が社会にとってどんな意味をもつと考えるのか…という、一人一人にとっての具体的な仕事の「意味」でしたが、そこまでの深掘りはありません。会場には、再生する神経細胞の研究写真をプリントしたスニーカーが展示してありましたが、それがどんな意味をもつのだろう。何を伝えたいのだろう。確かに研究写真は美しいけれど、それだけの理由で生きものをデザインの素材として使うことには、学生の時分なら気にならなかったでしょうが、生命誌に取り組む今はちょっとこわいなと抵抗があります。具体的にやりたいことが見えないままに、「社会のため」というスローガンが先行して大きなお金と人が動くことに、危惧を覚えた一日でした。
 話題は変わって、私が取り組んでいる仕事の一つが新しいBRHパンフレットの制作です。表現するのは「生命誌研究館」そのもの、今回もゼロからのスタートです。館長とデザイナーの山下さんと半年前から相談を重ね、時に激論を交わし、試行錯誤を経てようやく完成に近づきました。苦労話は野暮なので、年内に刷り上がる予定の完成品を見ていただくとして、この制作を通して、気になることがありました。それは、世の中の様々な機関や組織では、「みんなのため」という匿名性で語られていることがとても多いことです。SICPスタッフは、SICPディレクターを兼任する館長をはじめ、個人が責任をもって発言(表現)し、作品には個人名を表記しています。もちろん研究の社会では、記名のない論文はありえないわけで、責任の所在を明らかにすることは当然でしょう。「みんなのために」と言った時に、発言者が明らかにされていない、何をどう具体化するのかわからない、実は「みんな」って自分のことじゃないのかな…という無責任なメッセージが横行しているように思えました。
 新しいパンフレットの表紙の生命誌研究館のロゴの隣には、<すべての人に開かれ すべての人に参加を求める 「生きている」を考える場>という研究館を表すメッセージを入れました。「すべての人」は、顔の見えない「みんな」ではなく、具体的に生命誌に関心を持ち、ともに考えて下さる人をイメージしながら、一つ一つのイラスト、構造を考えました。ぜひ研究館を訪れて、手にとってみてください。そしてご意見もお聞かせ下さい。


 [ 今村朋子 ]

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