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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【激動の春に向けて】

2015年2月16日

吉田幸弘

関西の2月は1年のうち、もっとも寒い時期です。この時期は、生命活動の基盤の「化学反応」が遅くなることから、一部の動植物は「冬越し」をします。

当研究館の4階にあるΩ食草園では、鱗翅目の昆虫(チョウ)の幼虫が食べる食草と、親のための蜜源となる植物を植えることで、チョウと植物の営みを観察することができます。しかしΩ食草園の動植物たちもこの時期は「冬越し」体制となり、残念ながら活発な生命活動の観察は難しくなります。

Ω食草園の対象動物であるチョウは、変温動物のために代謝が落ちること、そして多くのチョウにとっての餌資源である植物自体の活動量も落ちて少なくなることなどから、様々な発育段階で冬をやり過ごすと言われています。卵、幼虫、蛹、成虫…種類によって様々な形態ではありますが、しかしいずれも冬には活動量を落し、暖かくなるのを待ちます。

一方でΩ食草園の植物も、種類によって様々な形態ではありますが、冬を越します。

まず、チョウの卵にあたる、つまり次世代の最初の状態である種子で冬を越す植物たち。例えばアサガオなどの「一年草」と呼ばれるタイプの植物がこれに当たります。

次に、チョウの幼虫や蛹にあたる、子孫を残すための形態とは異なる発育段階の形態で冬を越す植物たち。カラムシやヘクソカズラなどの一部の草本植物は、地上部は枯れますが、地下部には芋状の栄養を蓄える組織があり、暖かくなるまでその状態で越すことが知られています。光合成しにくくなる冬に光合成器官である葉を落すことで、維持コストを削減しようとする落葉樹も、この仲間と言えるかもしれません。

最後に、子孫を残すことの出来る成虫の形態にあたる、つまり夏とほとんど変わらない姿で冬を越す常緑の植物たち。タンポポなどの一部の草本植物は、「ロゼッタ」と呼ばれる、葉を地面に寝かせた状態‐この方が積雪などに強く、また温度変化の少ない地面に近づくことで葉が痛みにくくなる‐で冬を越すことが知られています。また常緑の植物の一部は、赤みがかった葉にすることで、光合成しにくい冬でも葉が痛みにくい工夫をしているものも存在します。

もっとも、多様な生態を持つ植物たち。上記のように冬にあまり活動を抑制しないものも存在します。例えばカンアオイの仲間は冬に地味な虫媒(蟻媒?)花を咲かせますし、北アフリカ~ヨーロッパ原産のシクラメンの仲間も、冬に花を咲かせます。

様々な形で寒い冬を過ごす動植物たちですが、しかしいずれも春という暖かく激動の季節に向けてそれぞれの準備をしていることに違いはありません。これらの動植物たちは、全ての個体が元気に活動し、子孫を残すという目的を果たせるかは分かりませんが、その目的に向けて春には元気に動き出すことでしょう。

さて、話は変わりますが、私はこの3月で生命誌研究館のガイドスタッフを辞めることになりました。また、3階の研究室からも一人の学生が新たな活躍の場へ旅立ちます。私たちは恒温動物のヒトであるため冬越しはしませんが、春からは多くの動植物たちと同じように、新たな場でしっかりと働いていけるよう、少しずつ心の準備をしていきたいと思います。

今まで多くの方々に付き添って館内をガイドしてきましたが、残念ながらどれも100点!!といえるガイドをすることはできませんでした。しかし、生き物について深く考え、「楽しんで」ガイドすることを目標としてきたこの数年間は、少なくとも私にとってはかけがえのないものでしたし、また一人でも多くの人たちに生き物の奥深さと「生きる」とは何かという問いを印象付けるお手伝いが出来たなら、満足です。

生命誌研究館での経験がそのまま生かせる訳ではありませんが、この経験を糧に、次につなげていきたいと思います。今までありがとうございました。


紅葉する植物
(左)ベンケイソウ科 ゴーラム (右)ベンケイソウ科 虹の玉

(左)ガーデンシクラメン (右)カンアオイ

[ 吉田 幸弘 ]

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