なかい・けんた/1963 年大阪生まれ。あまり運動が得意ではなかったこともあって、小さいときから本を読むのが大好きでした。ただし、勉強の方はあまり好きではなく、中学時代までは国語以外の成績はあまりよくありませんでした。しかし、高校に入ってから、大げさにいうと各教科の背後にある学問体系の美しさに気づくようになり、次第に自分で勉強することが楽しくなりました。たとえば、物理学は「この世の中にある根本的な法則とはどういうことか?」という疑問に答えるものでしたし、生物学は「生命とは何か?」という疑問に答えるものだったわけです。そんなわけで、自然に大学では理学部に進み、物理学的に生命の謎を解明したいと志すようになりました。大学院進学に当たっては、何を専攻するか、かなり迷ったのですが、ちょうどその年に京都大学化学研究所に「理論生体高分子学」という講座が新設されたので、そこに進むことにしました。4回生の夏に研究室訪問をしたときには、まだボスになる金久實先生はアメリカにおられたため、ボスに会ったことのないまま、進路を決めたことになります。今考えれば、ずいぶん大胆なことをしたものです。京大化研では、活字中毒が本を読むように、自然な感じで「コンピュータを使って生命の設計図を読んでみたい」という方向で研究を始めました。その目標は、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所、大阪大学細胞生体工学センターなどを転々とした後、現在のポジションに就くまで、一貫して変わっていません。私の専門分野は、今でこそバイオインフォマティクス(生命情報科学)です、と言うことができるのですが、私がこの道に入ったときには、まだそんな言葉さえなく、かなりマイナーな学問分野でした。その後、ゲノム研究の嵐のただ中であっぷあっぷすることになろうとは、当時は夢にも思いませんでした。
|
|