新日本フィルの「第九特別演奏会」のカーテンコールで(中央が筆者)。

1997年と98年の年末、新日本フィル「第九演奏会」にテノールソリストとして招かれ、オーチャードホールやサントリーホールなどで歌わせていただいた。幸い、最高の出来栄えで、ホールを埋め尽くした観客の拍手喝采に迎えられてのカーテンコールの瞬間、正直言って、自分でも「よくぞここまで来た」と観客席を隅々まで見渡し、そして、何度も深々と頭を下げた。まさに、この一瞬があるからこそ、忙しい時間をやりくりして練習時間をひねりだし、本当に怖い思いをしながらも舞台に立っているんだと、言葉では表現できない充実感を味わっていた。

「あれだけたくさんの観客の前でオーケストラと一緒に歌えれば、さぞかしストレス解消になるでしょう」とよく言われるが、本番前の重圧は大変なものである。国際的に活躍するトップクラスの指揮者、歌手、オーケストラとの共演であるうえ、お客様も、医学という別の世界にいる私が歌うもの珍しさからではなく、高い入場料を払ってプロの演奏として聴きにいらっしゃるわけで、「僕は素人だから」の言い訳は通じない。しかし、無事歌い終わり、拍手喝采を浴びると、これがもうこたえられないわけで、リスクの大きいものほど「おもしろい」のである。

最初はただの趣味と思っていた声楽だが、86年、もっとも憧れていた指揮者の井上道義さんからの指名を受け、NHK教育テレビ「第九をうたおう」に二期会の歌手とともにソリストとして出演した頃から、プロの歌手と共演することが多くなった。『第九』はかなり難しいので、一流の指揮者や歌手が出演することが多い。普段はテレビでしか見られない演奏家と運命共同体となれるのだ。そんな「出会いとご縁」は、私にとって大変幸運なものであり、また、楽しみなものである。

(よねざわ・すぐる/鹿児島大学医学部病理学第二講座教授)