ボルボックス胚のインバージョンが、細胞シートの変形を研究するよいモデルになると考えた理由は二つある。まず、ボルボックス胚の構造は単純だ。十数個の生殖細胞を除けば、同じ種類の体細胞が一層に並んでいるだけで、細胞シートとして見た時、動物の胚と比べて非常に単純だ(基底膜などの細胞以外の構造が無い)。ほぼ究極の単純さと言ってよかろう。実はこれに加えて、ボルボックスならではの利点がある。インバージョンに異常をもつ突然変異体が容易に得られることである。細胞シートの変形は形づくりの最も基本的なしくみであるため、動物ではそこに関わる遺伝子が欠損すると生存すること自体が難しい。しかしボルボックスでは、インバージョンより前に生殖細胞ができているので、インバージョンができなくても次世代を残すことができるわけだ。これでなぜボルボックスを研究材料に選んだかはわかっていただけたと思う。
私が師事するD.L. Kirk博士(米国Washigton大学・教授)のグループは、四半世紀ほど前にボルボックスのインバージョンの研究を精力的に進めた。まず、インバージョンを始めた細胞シートでの一つ一つの細胞の形態を走査型電子顕微鏡で観察した。反り返る前の細胞は紡錘形をしており、隣り合う細胞は中央で接着している(図5-1)。ところが反り返りが起きたところでは、細胞の一端が胚の外側に向かって伸びて瓶型に変形し、その柄の先端で隣の細胞と接着している(図5-2)。つまり、紡錘型から瓶型へと細胞が細長く伸びる形の変化と、隣り合う細胞をつなぐ接着部位(ブリッジあるいは原形質連絡と呼ぶ*図5矢印)の移動という、2つの段階が共役してはたらいていることがわかる。この移動は、中央にあったブリッジが切れて先端に新しいブリッジが生まれるのではなく、ブリッジに対して細胞がずれていくことで起きる。このようなはたらきが十字型の穴の部分から順番に起こることで細胞シートが徐々に反り返り、最終的に裏返しになるのだ(図6)。
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| (図5)インバージョンを引き起こす細胞の変形とブリッジの移動 |
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| 図5-1 |
図5-2 |
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反り返る前後の細胞の電子顕微鏡写真。反り返る前の領域(図5-1)の細胞は紡錘型で、隣り合う細胞は中央でつながっている。一方、反り返りの起こっている領域(図5-2)の細胞は長い柄を持つ瓶型で、隣り合う細胞は瓶型の柄の先端でつながっている。矢印 は、細胞間の接着部位(=ブリッジ/原形質連絡)の位置を示す。 |
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| (図6)インバージョンの運動モデル |
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| インバージョンの始まった開口部では、細長く伸長する細胞の変型とともに、ブリッジ(モデルの赤い部分)に対して細胞がずれていく。その結果、細胞シートは折れ曲がる。このような細胞の変形とブリッジに対する細胞の移動が開口部から順番に起こればインバージョンをうまく説明できると考えられる。 |
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