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(佐藤)
いやいや、最近だって少しは進んではいますよ。私がインフレーションを議論している時には、弱い力と電磁気力を統一するワインバーグ・サラムの理論※註18というのが出ましたね(図2)。ノーベル賞だからそれが本物だと主張するつもりはありませんが、少なくとも4つのうち2つの力を統一したわけです。最近の超ひも理論※註19が、すべてをすっきり説明することに成功しているとは言えませんが、いつか究極の極みに達する理論が出るだろうという信念が私にもあるわけです。
(中村)
解けた。という喜びを共有したいですよ。
(佐藤)
では、例えば、その究極の方程式ができたとしましょう。その微分方程式の中にある定数があるとしましょう。 そこで、なぜ、その定数の値はその数値なのかという疑問が出たとき、中村さんはどう答えを出しますか。
(中村)
アハハ。私は教養学部の頃の高木貞治の『解析概論』で止まっている人ですから。そんなこと聞かれたって知りませんよ(笑)。
(佐藤)
いや、究極の方程式が完成して自慢する理論物理学者がいたと仮定して、ですよ。「先生、でもどうしてそんな数値なんですか。」という質問を受けた時にどう答えるかという問題なのです。
その答えの1つが、「宇宙はいくらでもあって、この数値はその宇宙ごとに違っていいんだよ。しかし、この数値でなければ、あなたは存在できなかったんですよ。」ということです。「この宇宙では、この数値であったがゆえに、こうした世界の構造が生まれ、生物が生まれ、知的生命体が生まれたわけで、ほかにもなんぼでも宇宙はありますが、世界を認識する主体が生まれるのは、あなたが知っているこの数値のこの宇宙だけなんですよ。」これが人間原理ですね。
(中村)
なるほど。よくわかりました。
(佐藤)
重力、強い力、電磁気力、弱い力と4つの力が本当にうまく調節されているから、原子や分子が生まれて、生命体も生まれてきた。ちょっとでも狂ったら生まれません。究極は、そのすべてを統一理論としてすっきりさせたいのです。ところが、確かに、ある数値が狂うと人間は生まれないとしても、あまり早い段階から人間原理を言うと、それで説明がつくなら、もう研究せんでもええやないかとなり、それは学問の放棄につながります。
しかし、究極の方程式にそんな数値があると、それはもう、本当にほかに説明の手だてはないでしょう。だから、最終的に、人間原理を言うなら正しいと思います。
(中村)
なるほど。人間原理は、究極の統一理論が出た時、初めて口にすべき言葉なんですね。
(佐藤)
究極の統一理論が本当にあるのか、それはわかりません。
(中村)
わからないけど、それが解けると信じて、その時まで口にしないというのが理論物理学の立場ですね。
(佐藤)
 私たちを含むこの世界は、神様が思いつきできめるようなことじゃなく、きれいな方程式で統一的に規律され、究極の法則によって動いているはずだということです。
(中村)
そこまで行ったら本当に「真理」だと私も思います。
もう一つ、サスカインドの超ひも理論のエピソードに触れてお聞きしたいのですが、彼は、屋根裏部屋に、ある期間こもりっきりで、食事時にも考え続けてろくすっぽ話もせずに、家族からも嫌われながら、考えに考え抜いていたところ、ある日突然、クォークがゴムひものような物として、つるつるつるっと動いているイメージが浮かんだ。次に、イメージを数式で表そうとがんばったと。私には、難しい数式のことはわかりませんが、彼が書いた言葉をその本で読んだ時に、私にも、そのイメージが浮かんだ瞬間がわかった気がしたのです。
佐藤さんの場合は、やはり日常は、まずイメージを浮かべ、思い浮かんだものをホワイトボードやノートにいろいろ書いたりなさるのですか。マルチバースという発見なども、やはりイメージが大事なのですか。
(佐藤)
理論物理学というと、即、計算という印象をお持ちかもしれませんが、まさにイメージを作り、イメージに基づいてモデルを考え、そして計算してみるわけです。
(中村)
やはり計算するきっかけはイメージなのですね。
(佐藤)
私はそう思います。イメージに基づいて計算をする。うまくいかなければ、モデルかイメージが間違っている。そのくり返しです。数学的な多次元空間は、日常の生活世界とは、何も関係ありませんが、間違った、正しかったと、訓練を重ねる過程で、そのような世界の直感がはたらくようになるものなのです。
(中村)
ある意味で、多次元空間が見えるようになるのですね。それが見えていないところで計算しても駄目なのでしょうね。
(佐藤)
やはりモデル化して単純にしないと方程式は解けません。単純化はイメージがあるからこそできるのだと思いますね。
(中村)
イメージがどう湧くかが勝負でもある。
(佐藤)
直感とは、神がかったものではなく、訓練の中からできてくるある種の技能なのです。
(中村)
専門家であるがゆえに生まれる。悩みに悩んだからこそ生まれるイメージということですね。
(佐藤)
ええ。常にそうですよ。悩み、間違える経験をしなければ、絶対に直感は生まれてこないですよ。
(中村)
さっきから、時々愚痴っぽく言ってるのはそれなんです。生きものを考えるために、いま生物学の中に溜まってきた膨大なデータから、誰かが、生きものの理論のためのイメージを湧かせる仕事に専念する必要があると思うのです。生物学の場合、どうしても具体的な形ある生物が目の前にあるので、つい手を動かして充足してしまいがちですが、実は、非常に抽象的な生命体というイメージを皆で思い描かなくてはいけない時に来ていると思います。
浮かんだイメージを計算し、もちろん間違いもあるでしょうが、だんだん生きものの基本が見えてくる。理論物理学に相当する生物を理論として究める学問分野があって然るべきだと思うのです。
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