走化性の分子メカニズムは、このように解明されてきたが、情報伝達系を構成する個々のタンパク質分子の構造や性質がわかっても、それらが集合してできるシステムのはたらきは、必ずしもわかったとは言えない。「細胞は、どのように細胞外の情報を受け取り、細胞内へ伝え、処理するのか」、生命現象理解における基本的課題がここにも存在する。例えば、走化性受容体のアスパラギン酸に対する解離定数Kdの値は約1×10-6Mなのだが、菌はそれの100分の1という低い濃度、つまり〜3×10-8Mのアスパラギン酸に応答し、アスパラギン酸のついている受容体が1%以下でも応答できる。つまりシグナル増幅が起きているのである。受容体が、細胞膜内でばらばらに存在しているのではなく、細胞の極に多く集合していることで何らかの共同性を示し、増幅が起こるのだろうと考えられている(図3)。
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| 図3 受容体の極局在を示す蛍光顕微鏡画像。蛍光タンパク質GFPで標識した受容体遺伝子を発現させた。どの菌も受容体が極に集まっているのがわかる。なお、電子顕微鏡下による観察では、受容体が片極に多いことが観察されている。(右)受容体脱メチル化酵素CheBの片極局在を示す蛍光顕微鏡像。受容体と結合している情報伝達系タンパク質CheAなども片極に局在するものが多く見られる。 |
極に高性能なセンサーが集積しているということで、発見当初「大腸菌にも鼻がある?」と話題になった。「分子が集まったときに、生物として重要な性質が、どの階層でどのように現れるのか」という大きな疑問について実験的に取り組むには、システムを構成している素子が詳しく解析されている大腸菌の走化性は、非常に有利な系だと考えている。
では、この「鼻」=「受容体集団」はどのようなしくみではたらくのだろう。今のところ、さまざまな実験から大腸菌の極の受容体は、単なる集合体ではなく、受容体3つでひと組となった“二量体の三量体(六量体)”が、規則正しく配列したクラスターとなっているというモデルが出された(図4)。
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| 図4 右写真では、鉛筆1本がホモ二量体からなる走化性受容体1つを表している。受容体は細胞膜の外側でも内側(細胞質側)でも3つでひと組となり、規則的に配列してクラスターとなる。 |
最近、クラスターを可視化し、条件によってはそれが極の1割以上もの領域を占めることを示す結果が他の研究グループから報告されている。受容体どうしが会合部分で相互作用しているので、一部の受容体がアミノ酸と結合すると、そのまわりのアミノ酸の結合していない受容体も巻きこんで反応すると考えている。また、細胞質の情報伝達系タンパク質はすべて受容体クラスターに(少なくとも一時的には)結合することが報告されている。つまり、大腸菌の極には受容体クラスターを核とした超巨大分子集団があり、一種の細胞小器官として、効率のよい情報伝達を可能にしていると考えられるのである。
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