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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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核によるゲノムの構造化

2015年7月15日

A対T、 C対Gの結合をベースにした2重らせん状の分子構造と、4塩基の並びで表現できる情報の無限性を考えると、DNAほど情報媒体として優れた物質はちょっと思いつかない。この線状に並んだ塩基対が持つ情報としての可能性に圧倒され、塩基配列を線状のコードとしてだけ見てしまうと、ゲノムが2次元、3次元と構造化されていることを忘れがちになる。しかし、遺伝子の配置、ヌクレオソーム形成、クロマチン構造、そしてtopology associating domains(TAD)と見てくると、ゲノムが1次元の配列情報だけでなく、構造化することで新たな情報を担えることを理解してもらえたのではないだろうか。ただ、構造化はこれだけにとどまらない。ミトコンドリアDNAを除くと我々のゲノムの全ては核の中に折りたたまれて存在している。今回はゲノムが収納されている核の構造とゲノムの関係について見てみたい。

クリエーティブコモンズに登録されている画像をchromosomal paintingで検索すると、Robert MayerらがBMC Cell Biology 6:44, 2005に発表した論文を見つけることができる。以前私の研究室に在籍していたTimm Schroeder君も著者に加わっているのを発見し、意外な出会いに喜んだが、この論文では染色体の核内の位置がランダムに決まっているわけではなく、細胞の種類に応じて特定の位置に収まっていることを示した論文だ(図1)。この写真に見るような染色体の核内での位置はクロモゾームテリトリーと呼ばれている。

図1ES細胞(上図)とマクロファージ(下図)の1番と14番(左図)、あるいは2番、9番(右図)染色体をin situ hybridizationにより染めだしている。(Mayer et al, BMC Cell Biology 6:44, 2005)

図1は各染色体が、細胞の種類に応じて異なるクロモゾームテリトリーを形成していることを教えてくれる。すなわち、全体(核)が部分(染色体)の単純な集まりではなく、部分(染色体)が全体(核)によっても組織化される生命特有の特徴が、核と染色体の関係にも言えることを示している。もちろんクロモゾームテリトリーが染色体の位置を完全に決めているわけではない。細胞が分化して特定の遺伝子の発現が必要になると、その遺伝子が位置する領域はクロモゾームテリトリーから飛び出してくることも知られている。例えば、これまで幾度も登場したHoxD遺伝子の核内の位置をFISHと呼ばれる方法で調べた研究では、ES細胞分化に伴いクロモゾームテリトリー内に収まっていたHoxDがクロモゾームテリトリーから外れて存在することがわかっている(Morey et al, Development 134:909, 2007)。核全体から見たときの、このようなゲノム構造化を調節する仕組みはよくわかっていないが、他のゲノム領域と同様、次世代シークエンサーの開発により、核内に存在する構造とゲノムとの関係を直接調べることが可能になった結果、この分野は大きく進展しつつある。単純に見える核も複雑な構造を持ち、核酸以外にも多くの分子がこの構造を支えている。したがって、核によるゲノムの構造化についての研究は、ゲノムがコンタクトしている分子や構造の数だけ存在することになる。これではきりがないので、ここでは研究が進んでいるlamina associated domain(LAD)とnucleolus associated domain (NAD)について簡単に見ておこう。

・LAD(lamina associated domains)

図2 核膜直下の構築。青く染まるのは核酸、赤く染まるのは核膜孔。ここではLaminBを示しているが、核膜直下はLaminA, LaminBが寄り合わさったラミナにより裏打ちされている。
(Wiki Commonsより)

電子顕微鏡を用いた核の解析から、核膜直下にはヘテロクロマチン構造が多いことは古くから知られており、このことから核膜直下に位置する遺伝子の発現は抑制されているのではないかと想像されていた。核膜はLaminA,Bを主成分とするラミナに裏打ちされている(図2)。ラミナとコンタクトしているDNAを標識するDNA adenine methyltransferase identifyication(DamID)と呼ばれる方法が開発され、これによってマップされる領域をlamina associated domain (LAD)と呼んでいる。DamIDは哺乳動物には存在しないアデニンメチル化酵素を利用して特定のタンパクと接する DNAをメチル化標識する方法だ。LADを検出するときはラミナの主成分であるLaminB1にアデニンメチル化酵素を融合させた遺伝子を細胞に導入、この細胞のラミナとコンタクトを持つDNAのアデニンをメチル化させる。哺乳動物のDNAにはメチル化アデニンが全く存在していないため、この細胞のゲノム中のアデニンがメチル化された領域を特定することで、LADを定義することができる(図3)。


図3 LAD決定のためのDamID法。DamIDとLaminB1のキメラ遺伝子を作成して細胞に導入する(黄色の丸印)。DamIDの作用によりラミナとコンタクトしているゲノム領域のアデニンがメチル化される。これを抗体で精製して配列を決める。

これにより、ヒトやマウスでは0.1−10Mbの大きさのLADが1300程度存在し、全ゲノムの4割を占めることが分かった。LADはcoding遺伝子が少ない領域が濃縮されており、75%程度は細胞の種類を問わず保存されている。逆に言うと、残りの25%は細胞種に応じてLADだったり、なかったりしておりで、LADが発生によりダイナミックに変化する構造であることを意味している。LADに存在する領域に結合するヒストンの構造などと比較する研究から、LAD内の遺伝子は一般的に抑制されていると考えられている。最近の研究で、TADと領域が重なっている場合があること、あるいはCTCF (CCCTC-binding factor,抑制性の転写因子)がLADの境界に結合していることなどが明らかになり、両方の構造化はメカニズムを共有していることが想定されている。しかしLADの研究は始まったばかりで、TADやクロモゾームテリトリー、あるいは次に取り上げるNADとの関係や、ラミナとコンタクトをとるメカニズム、あるいは発生過程でダイナミックに組織化されるメカニズムなど、まだまだ研究が必要だ。とりあえずこれまで分かっていることを単純化して、図4にTAD,LADの関係が細胞分化で変化する様子を示しておく。


図4 細胞分化時にはLADの位置が変化することでTADの活動を変化させる。一般的にTADの境界はLADとオーバーラップすることが多い。LADの影響を受けるTADはより強くラミナの影響を受ける。

・Nucleolus associated domain (NAD)

核小体はリボゾームRNAが転写され、リボゾームが形成される核内の一種の構造物だ。この構造とコンタクトしているゲノム領域を網羅的に調べる研究も行われ、NADと呼ばれている(図5)。


図5 LADとNADの位置関係。NADは核小体とともに精製されるゲノム領域を指す。

NAD領域の特定は、核小体と共に精製されてくるDNAを採取し、次世代シークエンサーで調べることで行われる。従来、核小体にはRNAポリメラーゼのうち、Pol I, Pol IIIが選択的に存在していることが分かっていたが、NAD領域にも、Pol I, Pol IIIによって転写される遺伝子が濃縮していた。このことから、確かに核小体の構造と密接に関わっているDNAが濃縮されていることがわかる。ゲノム全体の40%近くを占めるLADと比べると、NAD領域ははるかに小さく、ゲノム全体の5%に満たない。もっともはっきりしたNADの特徴は、染色体分配や細胞分裂時に重要な細胞小器官である中心体近くの繰り返し配列(次回紹介する)が濃縮されていることだ。実際染色体上にNADをマップすると、中心体と接した領域にNADが存在するのがわかる。このように、NADもランダムに決められているのではなく、どの領域が核小体とコンタクトするのかも一定のルールで制御されていることが理解できる。ヒトHeLa細胞のNAD内には1300近くの遺伝子があるが、NAD内にある遺伝子の全般的傾向としては、LADと同じで、遺伝子密度の低い領域が濃縮されていると言っていい。またNADに結合しているヒストンの修飾を調べると、H3K4me3やH3K27me3などの抑制性のヒストンが濃縮されており、LADと同じようにこの領域の遺伝子発現は抑制的に支配されているといえる。NADに存在する遺伝子で最も特徴的なのは嗅覚遺伝子だが、ほとんどの細胞で発現が抑制されている嗅覚受容体遺伝子が濃縮されていることも、NADが遺伝子を抑制するための構造化の一つであることを示唆している。一方、ヘテロクロマチン構造により抑制されているトランスポゾンは、特に領域を限らず均一に分離している。NADも研究が始まったばかりで、今説明した現象の分子メカニズムはほとんど分かっておらず、今後の研究が必要だ。

3回にわたって、遺伝子の配置、ヌクレオソーム、TAD, LAD,NAD,そしてクロモゾームテリトリーと、ゲノムが様々なレベルで構造化されており、構造化されることで、おなじ塩基配列でも転写される情報とは違った情報を生み出すことも見てきた。また、LAD, NAD,そしてクロモゾームテリトリーのように核の構造との相互作用により決まるケースでは、部分が全体を構成し、全体が部分を組織化するという生命特有の性質を見ることができる。この生命特有の部分と全体、原因と結果問題は、進化過程を通してしか説明がつかないが、幸いそれぞれの構造は進化の異なる段階で誕生したことが、これら構造の系統学からわかる。この意味で、ゲノムを様々なレベルで構造化し、新しい情報を開拓してきた進化過程の研究は重要分野になる気がする。

[ 西川 伸一 ]

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