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RESEARCH

ところ変われば頭でっかち

エゾサンショウウオの表現型可塑性
-そのしなやかな生存戦略

若原正己北海道大学大学院生命科学院 生命科学専攻

4匹のオタマジャクシは、北海道に棲むエゾサンショウウオのふ化後3週目の幼生たち。同じ「エゾサンショウウオゲノム」を持っているのに、小柄でスマートな仲間から、大柄な「頭でっかち」が現れました。ゲノムは大事だけれど、それだけですべてが決まるのではないのです。

現在多くの生物のゲノムプロジェクトが進行中であり、いくつかの実験生物ではそのゲノムの全塩基配列が解明されている。しかし、ゲノムの塩基配列が全て決定されたとしても、もちろんその生物の生き方のすべてが解明されるわけではない。例えば、同じ遺伝情報でも、発現時の環境次第でその表現型がいろいろ変化し、生物の形質が変わることがある。表現型可塑性とよばれる現象だ(註1)。

(註1) 表現型可塑性

チョウの翅の紋様の季節型、社会性昆虫のカーストの形態の違い、捕食者存在下でのミジンコの防御形態、多くのサンショウウオで知られている環境依存的なネオテニー 等々、同じ遺伝子型をもちながら環境依存的にさまざまな表現型が出現する現象のこと。ポストゲノムプロジェクトの課題の一つである。


1.エゾサンショウウオの表現型可塑性

今から80年前、登別温泉近くのクッタラ湖に棲むエゾサンショウウオ(Hynobius retardatus)が、幼生のまま変態せずに生殖を行ういわゆるネオテニー(幼形成熟)を示すことが報告された。これらの個体を札幌に持ち帰って飼育したところ全て変態したため、これは環境依存的なネオテニーだったと考えられている(図1)。

(図1) エゾサンショウウオのネオテニー

エゾサンショウウオのネオテニーを発見した佐々木望博士が描いたエゾサンショウウオのネオテニー個体。1937年の論文にもかかわらずカラーの図版が掲載されており、いかにこの発見が重要であったかがうかがえる。左上の個体(1)がクッタラ湖で採集されたネオテニー個体、右上(2)がその個体を札幌で飼育したら変態したというもの。下の幼生(3~5)は通常の幼生。ネオテニー個体と通常幼生個体とでは大きさが全く異なる。
Sasaki, M. and H. Nakamura, Annot. Zool. Japon. 16: 81-97 (1937)より

ネオテニーといえばメキシコサンショウウオのネオテニー個体であるアホロートル、そのアルビノのウーパールーパーが有名である。有尾類のネオテニーには、環境依存的ネオテニーと永久ネオテニーがあるが(註2)、表現型可塑性の観点から言えば、同じ遺伝子型をもちながらも環境依存的に変態をしたりしなかったりする環境依存的ネオテニーが興味の対象になる。

残念ながらクッタラ湖のネオテニー個体群は湖への養殖魚の導入により絶滅してしまい、現在では標本が残っているだけで、生体を見ることはできない(註3)。そこで私は、他地域の個体を実験室で飼育し、ネオテニーを再現できないか研究を始めた。実験的ネオテニーの誘導にはまだ成功していないが、その過程で思いがけず、エゾサンショウウオが持つもう一つの表現型可塑性を発見した。

(註2) ネオテニー

環境依存的なネオテニーとは、同じ種でも生息環境に応じて変態をせずに生殖活動を行う場合と、変態をしてから生殖活動を行う場合があるような種を指す。たとえば高地ではネオテニー現象を示す個体群、低地では変態して成熟する個体群が生息するような種類(北米ロッキー山地に生息するトラフサンショウウオなど)が知られている。永久ネオテニーは読んで字のとおり、全く変態することなく幼生のまま生殖活動をおこなう種類 (Necturus, Sirenなど)である。アホロートルはこの二つのケースの中間的な性質を示し、自然条件下では変態することはないが、人為的に高濃度のサイロキシンを投与すれば変態を誘導することが出来る。

(註3) クッタラ湖のネオテニー個体

エゾサンショウウオのネオテニーは1924年に北大医学部の佐々木望教授によって発見された。その時にすでに、クッタラ湖には養殖魚(ヒメマス)が導入されており、湖面には魚に食われたネオテニー個体の頭部が浮いていたという。佐々木教授はエゾサンショウウオのネオテニーに関する2本の論文を発表し、ヨーロッパの学会で報告した後当地で客死し、その研究は中断されてしまった。その後北大理学部の牧野佐二郎教授が採集した個体を最後に、ネオテニー個体は絶滅したと考えられる。



2.共食いと「頭でっかち」

もともと肉食性であるエゾサンショウウオの幼生には、同じ水槽に高密度で飼うと「共食い型」が現れることが知られていた。正常型と比較して顎の幅がひろがった、共食いに有利に見える形態の個体である(図2)。しかし後述するように、共食いをしなくてもこの形態は生じることがわかり、今ではこの形態を broad-headed morph すなわち頭でっかちと呼んでいる。

(図2) 頭でっかちと標準型

エゾサンショウウオ幼生の頭でっかちと標準型の外部形態のちがい。頭でっかちは攻撃的で、大型の被食者をも捕食できるように顎が大きく発達し、その結果頭部が異常に大きくなる。標準型は顎が比較的小さいので「とんがった」顔をしている。

そこで、頭でっかちが出現しやすい飼育条件を探ってみた。幼生密度、餌の量、幼生間の血縁度を変化させたところ、餌の量は関係なく、幼生密度と血縁度が関係していた(図3)。まず、密度が高くなると頭でっかちの出現頻度は高まる。ところが、まわりが全て非血縁個体(自分とは違う卵嚢から孵化した個体、非兄弟)であれば、幼生密度が高くなるほど頭でっかちの発生率が高くなるのに、まわりが兄弟姉妹(自分と同じ卵嚢から孵化した個体)の場合は、ある密度以上に幼生密度が高くなると逆に頭でっかちの発現は抑制されるのである。

(図3) 飼育密度で変わる頭でっかちの出現頻度

非血縁間での実験(白)では、実験幼生密度が高くなるにしたがって頭でっかちの出現頻度が増加するが、血縁間での実験(黒)では、幼生密度が高くなると頭でっかちの出現が抑制される。


兄弟間では、高密度では頭でっかちの誘導が抑制されるという結果は、進化生態学的にみて興味深い。頭でっかちの個体は、血縁・非血縁に関係なく共食いを始める。もし兄弟間で過密になったときに頭でっかちが頻繁に誘導され共食いが起これば、血縁関係で共有されたゲノムが生き残る機会が減少することになるので、それは抑制されるように淘汰が働いたのだろう。個体間のゲノムのつながりの重要性を示す良い例である。

3.機械刺激で頭でっかちを誘導する

血縁度や幼生密度でその発現が左右されるエゾサンショウウオの頭でっかちを誘導する要因は何なのだろうか。これまでの先行研究の多くは、被食者から放出される何らかの化学物質が捕食者の表現型可塑性を誘導すると想定しているが、そのような物質が特定されたことはない。そこで、密度により頭でっかちを誘導する刺激の実体を調べるため、まず被食者の種特異性を調べた。

エゾサンショウウオと同所的に生息するエゾアカガエルの幼生と、自然界では全く分布が重ならないアフリカツメガエルの幼生を用意し、それらの大型と小型の幼生、および正常個体と尾を切断した個体を使用して、頭でっかちの誘導率(出現頻度)を調べた。その結果、エゾサンショウオ幼生の頭でっかちの誘導には、1)種に関係なくアフリカツメガエル幼生でも有効で、2)両種とも極端に大きい幼生では誘導されず、3)両種とも尾を切断した個体では誘導能が低いことが確かめられた(図4)。これらの実験結果は、化学物質による誘導よりも幼生の尾の物理的な振動が原因であることを示唆している。

(図4) 異種との混合飼育による頭でっかちの誘導

エゾアカガエル (Rana pirica) とアフリカツメガエル (Xenopus laevis) の幼生はともにエゾサンショウウオ幼生の頭でっかちを誘導することが出来る。しかし、人為的に尾を切断して短くした幼生(■)では、頭でっかち誘導能は少なくなる。この実験から、幼生の尾の振動が頭でっかちの誘導因ではないかと推測した。

この仮説を確かめるために、エゾサンショウウオ幼生に人為的な機械刺激を与えてみた。ステッピングモーターに連結した回転軸にビニールテープで作成した似せ尾びれ(模擬尾)を張り付けて適当な振動数(10 kH)を与えたところ、はたして頭でっかちを誘導することが出来た(図5)。これは機械的・物理的な震動により脊椎動物の表現型可塑性が誘導できることを示した最初の例である。

(図5) 頭でっかちを誘導する機械的刺激

幼生を単独で飼育し、機械的な振動を与える実験装置。特注の実験装置(a)。10個の飼育容器にエゾサンショウウオの幼生を入れ、ステッピングモーターに連結した軸でビニールテープで作った模擬尾を振動させる。(b),(c)実験の様子の模式図。それぞれ、側面図と平面図を示す。



4.生息環境と頭でっかち

ここで、実験で得られた結果を踏まえて、北海道各地のエゾサンショウウオの生育環境を眺めてみよう。自然条件下での幼生密度と血縁度の多様性を考えて、襟裳、当丸、野幌、小沼という地域の4集団をえらんだ。これらの集団は、密度と血縁度に関してそれぞれ高・低の典型的な組み合わせをもった集団である(図6)。たとえば大きな池にたくさんの個体群が生息する襟裳は、生育密度自体は高いが、幼生が泳ぎ回って卵嚢から離れるので低血縁度の状態と考えられる。逆に狭い池で少ない個体群の野幌は、低密度で高血縁度だ。

(図6-1) 4集団の地図と名前

実験に使用したエゾサンショウウオの4集団(襟裳、小沼、当丸、野幌)の地理的配置図。

(写真1) 小沼の風景写真

非常に大きな池(3200m2)に約100個の卵ノウが産卵される。低密度で血縁との遭遇頻度が低い集団の代表。

(写真2) 当丸の風景写真

非常に小さな池(12m2)に約800個の卵ノウが産卵されている。一部の水面が光ってみえにくいが、池のほぼ全域に卵ノウがみえる。高密度で血縁との遭遇頻度が高い集団の代表。

(図6-2) 4集団における幼生密度と飼育密度の関係

襟裳、小沼、当丸、野幌の4集団を幼生密度の高低、血縁との遭遇頻度の高低で分類すると、襟裳(高密度で低血縁度)と野幌(低密度で高血縁度)が対称の位置に来ることが分かる。

これらの池から卵嚢を持ち帰り同じ実験条件下で飼育すると、頭でっかちの出現頻度は極端に異なっており、襟裳個体では高く、野幌個体では低かった(図7)。つまり同じエゾサンショウウオの幼生でも出身池によって頭でっかちになりやすい集団となりにくい集団があるということである。そして襟裳と野幌の中間には、襟裳と同様に高密度で池が狭いために血縁個体に出会う確率も高い当丸(高密度・高血縁度)、広い池に少ない卵嚢が産卵される小沼(低密度・低血縁度)の集団が存在する。

(図7) 4集団の頭でっかち出現頻度

それぞれの集団由来のエゾサンショウウオ幼生の頭でっかち出現頻度。襟裳由来の幼生が一番高く、10個体平均して約4.5個体が頭でっかちになるが、野幌由来の幼生では約1個体しか頭でっかちにならない。小沼・当丸由来の幼生はその中間的な値を示す。

幼生密度が高い環境は、身の回りに沢山の被食者(同種・他種の幼生)がいるわけだから攻撃的な頭でっかちの適応度が高く、逆に密度の低い環境では頭でっかちの適応度は低い。多分維持コスト(註4)がかかりすぎるのだろう。また、血縁度の低い環境では、まわりには血縁が少ないので攻撃的な頭でっかちは有利で適応度が高いけれど、高い血縁度を示す環境では、頭でっかちの存在は血縁を攻撃することになるので不利になると考えられる。頭でっかちという表現型可塑性は、さまざまな生息環境を生き続けてきたエゾサンショウウオの生存戦略の一つなのだ。

(註4) 維持コスト

ある形態(表現型)の維持にかかる費用(投資)がその個体の適応度を減少させる場合をいう。逆に適応度を増加させる効果を持つとき利得(ベネフィット)と見なす。頭でっかちの維持には一定の費用がかかるので、その利得が期待されない条件下ではその形態は維持されない。



5.卵サイズと頭でっかち

一般に親の保護のない動物では、幼生期の生存率は孵化時の体の大きさに依存している。孵化時の大きさは卵サイズに比例するので、幼生期の環境が厳しいと卵は大きいほど有利であると考えられる。そのため母親が環境依存的に、自ら産む卵のサイズと卵数を決定している可能性がある。母親が卵(子供)に投資する資源には限りがあるので、卵サイズと卵数(クラッチサイズ)は逆相関することが知られている。

エゾサンショウウオでは、大きい幼生は大きな餌を食べるのに有利であると考えられ、大きな餌が豊富にある環境では大きな幼生、すなわち大きな卵が有利であると予想される。逆に言えば、適当な餌があまりないような環境では、大きな卵を産むのは無駄である。また同じ飼育条件下では、大きな卵からは頭でっかちが出やすく、小さな卵からは頭でっかちの出現率は低いことも確かめられた(図8)。つまり、血縁との遭遇頻度の高いところでは前述のように頭でっかちは不利なので、小さい卵の方が有利だと予想される。そこで先程の4つの池から卵を採集して、卵サイズと卵数を正確に比較した。

(図8) 卵サイズと頭でっかちの出現頻度の相関関係

4つの池から採集した卵のサイズと、その卵を同一条件で飼育した時の頭でっかちの出現頻度の関係。ここでは、血縁との遭遇頻度が高い条件での結果のみを示した。血縁 との遭遇頻度が高い場合、10mm3以下の小さい卵(野幌)からはほとんど頭でっかちは出現しないが、30mm3以上の大きな卵(襟裳)ではその半数ほどが 頭でっかちになる。

統計学的な解析から、卵サイズと卵数は集団間で有意に異なることがわかった。卵サイズを例に取ると、襟裳と野幌の卵サイズには2.5倍もの差があり、襟裳の集団は圧倒的に大きい卵を産む。幼生密度が高く血縁との遭遇頻度が低い襟裳では、大きい卵を産む個体が有利であり、そうした個体が選択されると考えられる。襟裳と当丸の差は、血縁者との遭遇頻度、襟裳と小沼の差は、池の幼生密度、当丸と野幌の差は、池の幼生密度、小沼と野幌の差は、血縁者との遭遇頻度の差に依存していると考えればまさに予測通りの結果と言える。

このように、エゾサンショウウオの卵サイズの変異と頭でっかちの発現率は相関して進化してきたらしい。これを確かめるには、野外で採取した卵をさまざまな環境で飼育し、次の世代がどのような大きさの卵を産むかを調べる必要がある。残念ながらエゾサンショウウオは成熟するまで10年近くかかり、世代をつなぐ実験はできない。卵サイズはどの程度遺伝的に決まっているのか、あるいは母親はどのように環境を予測して卵サイズと卵数を操作するのか、研究すべき課題は多く残されている。

6.表現型可塑性とEVO-DEVO-ECO

地球上に生息する1000万種とも3000万種ともいう生物種がいかに進化してきたか。その多様性の説明は、従来の進化論(学)、系統分類学、発生学、生態学などが別々に研究していてはとても解明できない。そこで、生物多様性の研究には、進化学、分子発生生物学、生態学の学際的研究枠組みが必要だとするEVO-DEVO-ECOの概念が提唱されて久しい。

表現型可塑性の問題は、同じゲノム(遺伝情報)をもちながらも環境依存的にその発現が変化するわけだから、まさにEVO-DEVO-ECOという研究枠組みでなされるべき大きな課題である。北海道の多彩な環境を生きるエゾサンショウウオが、このような新しい研究を展開する一つの入り口になってくれることを期待している。

若原正己(わかはら・まさみ)

1970年北海道大学大学院理学研究科博士課程中退、理学博士。北海道大学理学部助手、同助教授を経て2006年より北海道大学大学院生命科学院助教授。

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