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生命誌年刊号2010「編む」

季刊「生命誌」65〜68号の内容を1冊の本にまとめました。

はじめに

今年の言葉は「編む」です。毎年一つずつ動詞を選び、それを切り口に考えていると、ふしぎなことにどの言葉もこれこそ生きているという課題を考えるための最も大切な言葉なのではないかと思えてくるのです。今年も同じです。

「編む」は、「一本の長いひも状のものを打ち違えに組んで平面や立体を作りあげていくこと」です。毛糸でマフラーやセーターを編む、竹でかごを編む、ひもで網を編む、髪を三つ編にする・・・身のまわりにさまざまな編まれたものがあります。編むという行為がいつから始まったのか、詳しくはわかりませんが、石器時代には一本のひもで編み上げた魚網があったということです。糸から布を織り上げる以前にまず編むという技術があっただろうとは容易に想像できます。鳥取県で弥生時代の地層にマタタビで編んだかごが見つかったともあります。形を作りあげる最も基本的な方法として編むがあると考えてよいのではないでしょうか。若い頃、夜一人になった時、よくレース編みをしました。一目一目針を動かしながらいろいろな事を考える時の頭と手が連動する感じが好きでした。一次元の糸から二次元、三次元とさまざまな形ができ上がっていく過程はつくることの原点だと思います。

ところで、編むにはもう一つの意味があります。編集です。すぐに思いつくのは本の編集ですが、それ以外にもさまざまな事柄をある切り口で体系づけていく作業はたくさんあります。生命誌では、細胞内の分子がDNA(ゲノム)に書き込まれた情報を読みとっていく過程は、まさに編むだと受けとめています。さまざまな個体が関わり合う生態系もやはり編まれていきます。

生きものはすべて常に関わりの中にあります。しかもその関わり方にはあるきまりがあります。それは数式で表現されるような固定したきまりではなく、ある枠です。周囲の状況と関わりながら物語りを紡いでいくのです。その物語りを読み解きたい。そしてそれを人間の生き方につなげる「知」へと編み上げたい。そんな思いで生きものを見つめる研究とその表現をしていこう。今年はとくにこの気持を強く持ちました。

昨年、「めぐる」という言葉で考えながら、生きものに眼を向けることを忘れているために社会が生きにくくなっていると感じました。今年もそれは変わりません。私たち人間が生きものであるという事実を再確認したいと強く思います。生きていることを感じ、そこから得たものを体系づけ編み上げる「知」には、この生きにくい社会を変える力があると信じています。

中村桂子

第47回造本装幀コンクール
日本書籍協会理事長賞受賞

『編む』生命誌年刊号 vol.65〜68
中村桂子 編集
(A5版変形サイズ・297ページ)
定価:1,905円+税
発行:JT生命誌研究館
発売:新曜社
発行日:2012年3月1日
ISBN:978-4-7885-1272-6

もくじ 語り合いを通して 研究を通して 人を通して
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