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Column

オサムシからさらなる展開は?

中村桂子

約10年間にわたるオサムシとの濃密なお付き合いに一応の終止符を打つ時が来た。DNAを基本にした生物研究は面白いけれど、DNAへの還元ですべてを説明するのは無理だろうという気持ちが日に日につのる中で、ケノムに書き込まれた歴史の解読という視点を入れ、より豊かな知への展開を求めて始めたのが生命誌だ。しかし、それを具体的に示す研究は何かと考えると難しかった。

実験は、研究レベルは高いけれど日常性があること、実験室だけでなく自然を意識したものであること、という条件を満たしたものでなければならないと思い、それには研究対象は昆虫が良いというところに辿り着いた。ところが、当時DNA研究者で昆虫を対象にしている人などいなかったので博物誌的な研究の中からDNAにつながりそうなものを探さなければならなかった。体系的に進められている研究の中でテーマを選ぶのなら論理で探すのだが、海のものとも山のものともわからないことを始める時は、犬も歩けば式になる。1991年に東京・虎ノ門に準備室を開いた時にあたった棒は、チョウとオサムシだった。チョウのほうは、翅(はね)の形成の際のアポトーシス(発生途中で細胞が死んで形を整える)がテーマとなり、オサムシは、これまでの形態分類を踏まえたうえでのDNAによる系統樹づくりとなった。分子生物学でも、発生と進化を結びつけた仕事が増えた今となっては、どちらもあたりまえだが、10年前には自然界での昆虫の研究とDNAとを結びつけた発想は他にはなかったと思う。

生命誌研究館の研究のもう一つの特徴として、大学を終えたシニアの研究者に、競争から離れて独自の研究をゆったりと進めていただくという発想があった。幸い、名古屋大学を終えられた大津省三先生がいらしてくださることになり、生命誌研究館ならではの研究が進んだことは、これまでにもたびたび報告してきた。

手作りで始めた研究が、分子生物学と昆虫の両方に強い大津先生のおかげで、最初に望んだ以上の成果が出た。研究は発想と人だと思う。アマチュアとの協力、地史との関連で自然そのものを知ったという実感、進化のメカニズムの解明など、まさに生命誌の構想の具体化だ。進化を、環境要因より先に、ケノムのもつ可能性の表現として見ていくことは生命誌の基本になる。

こうなると次のテーマは、発生、進化、生態系をつなぐものとなるのだが、さてその具体は何だろう。たくさんのことを教えてくれたオサムシに相談しながら、また10年前と同じ気持ちで考えている。

(なかむら・けいこ/JT生命誌研究館副館長)

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オサムシ君宇宙へ

毛利衛さんから電話があった。「飛行の時に家族や友人からの小さな品を記念として持っていけるのです。1回目は家族のものでしたが、今回は友人のものをと思って」との思いがけないお誘いだった。即座に「オサムシの標本」と答えたところ、毛利さんもまさに同じことを考えていらしたとか。早速、大津省三顧問の名を冠した種Shenocoptolabrus osawaiをプラスチックに入れてNASAに送った。

ある時翅を失って地面を歩くことしかできなくなったからこそ、私たちに生命の歴史の一端をみごとに語ってくれたオサムシ君。宇宙まで飛んでいって、君の祖先が何千万年もの問に歩いた地球を見ておいで。そんな気持ちだった。

毛利さんも2回目の余裕でじっくり地球を見つめていらしたとか。生き物の故郷である地球のもつポテンシャルを生かして、これからの社会をどう作っていくかが生命誌の課題だ。宇宙飛行士署名入りのNASAの証明書と一緒に展示してあるオサムシ君に会いに来て、彼の話を聞いてやってほしい。

エンデバーに乗って宇宙に行ったオサムシ。

NASA発行の証明書。2000/2/11~2/22地球の軌道を182周したと記されている。

(写真=松尾稔)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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