生命誌の広場

生命誌は“生命“を基本に置き、最先端の生命科学の知見に基づき、「生きる」について考えています。このホームページを読んで思ったこと、研究館の活動について、みなで語り合う場を設けました。いろいろな方の考えを出し合ってこれからの生命誌につなげていきたいと思います。あなたの考えをお聞かせ下さい。

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みなさんからのご意見

その他

世界はそんなに単純じゃないけれど

投稿日:2014.04.12 ニックネーム:hon no mushi

…またおかしな夢を見てしまい、早ければ明日にもきれいさっぱり忘れてしまうので、恐縮ですがこの場にて書き残しておきます。

…こちらが立っている所は〈向こう側〉と、足もとからガラスか何か透明で頑丈な板壁で仕切られていて、こちら側はとても快適で生暖かい空気が漂っています。しかし、なぜだか気持ちがよくない。あちら側は、その澄明ガラスを通して見たところでは、薄暗い霧の中に大小さまざまな湖沼が、平べったい野山に棚田のように入り組んで点在している…風景で、直径2mはあろうかという大きなパンジーだかビオラだかが手前に群生している。そしてなぜだかわからないけれど、強烈に肌を刺す寒さが(中にいても)感じられる…。
私は手に水の入ったコップを持っていて、そこからひも状の細長いものを取り出している。…そしてこれもなぜだかわからないけれど、底の見えないコップの中にまだ残っているその物質は、外の湖沼のどれかにつながっている…

…ここまでです…

追伸になりますが、中村館長は〈時間〉を上手に稼ぎますね…。時間のなかを泳ぎ回る悪くない腕前…失礼な物言いですね(…ヒトは思ったより自由には動けないものなんです…今、白揚社の「なぜ他の人類は絶滅したのか」というような訳題の本を読み始めていますが…)

お返事

投稿日:2014.04.14 名前:中村桂子館長

私は泳ぎまわるのは下手で、プカプカ浮いていると適切な流れが運んでくれるのだと思います。その時、あまり大きくない、きれいな流れに乗るという選択はしていますが。

その他

ふんぎりがつかない話

投稿日:2014.04.10 ニックネーム:hon no mushi

昨日録画機の容量を増やすため、撮り貯めた内の『告白』という映画を消去ついでに観たのですが(主演の松たか子さんは、笑うと…憎めない愛らしいお嬢さんといった地が出てしまって…素質的にはすごいものをお持ちなんでしょうが…)その影響もあってか、今朝は鼻血が久しぶりに出て…そんな中でまた、(昨日投稿して諦めのふんぎりをつけたはずなのに、よりによってこんな時に)気付いたことがあります。間抜けですが以下の通りになります…

…先の方程式の加法についてです…

遺伝子の最短領域をつなげたもの…と簡単に言い切ってしまいましたが、とても甘く考えていたようです。

…そう、「つなげたもの」です…それは正しいのです。でも、ただの物質だけではなかった…それは時間をかけてつながったものだった…、と気付いたのです。
それは掛け算の意義を問い直したのがきっかけになっています。掛け算は「仮想的な、干渉(影響の与え合い)」で、「今、この時」の話です。材料が「昔、むかし」にそろっていても、それを現前に表出させて、今動いているものとして感じ捉え、考えることです。

…なんで今頃こんなことに気付いたんでしょう…
宮沢賢治だったら、「おまえは相当な能なしで、使い走りにもできんわい」とか叫びそうで、本当にこれでは命がいくつあっても足りないです(そのうちの幾つかがプールや冷蔵庫に投げ込まれそうで怖い…)


その他

実は一番愛想が尽きているのは自分だったり…

投稿日:2014.04.09 ニックネーム:hon no mushi

連日のように…書けば書くほど意見が聞き入れられなくなるのは目に見えてわかっていて、それで自己矛盾に陥りながら…自分にほとほと愛想をつかしているのですが、ここは大切なヤマ場のように、固めるだけ固めておいた方がよい…と思えてならず、それだけこのテーマがおもしろいと思っていると解釈して頂ければ…(まあ、私もドジの見世物みたいなものですから…悪しからず…)

…先に挙げた方程式は、働いている遺伝子の箇所がわからないものと想定して、X(それは幾つもの独立したゲノム領域が同時に働いている時はそれらの和)としていますが、例えば、未知の領域をX、Y、Z…などとして、それらの係数倍の和を等式に持ち込んだ連立方程式の方が、ゲノムの場合には合っているではないか、と言われそうで…

そこで、なぜ自分でもXの多次多項の方程式にこだわっているのか、問い直してみました…
そしてそれは「掛け算」の意味を問うことでもありました。

ファスナー型掛け算を導入しましたが、もっと広い意味で、掛け算を用いるということと同意義かその裏返しとして、干渉作用が働いている遺伝子領域、言い換えると、周りの環境要因から、生命誌マンダラでいえば色々な階層(階層内にも種や個体ごとの多様性があり…)から呼び出しを喰らっている領域…を指したかったのだと思います。ですから、上の型の掛け算のように実際にゴチャゴチャ組み合わせて…というのは仮の想定であって、エピゲノムのように「何らかの干渉がその領域になされている」ということを表現したかったわけです。(解として出てくるときは、噛み合わさった状態で出てくるわけではなく、現実的なものとして現れるわけですから)
そしてそれが多次多項になるのは、いろんな階層…からの要請が同時に起きて重なってしまっているから…というのを式に籠めたかったのだと思います。

本当に自分勝手な言い分ですが…御免なさい…

中村桂子のちょっと一言

生き物の柔軟性に学ぶ

投稿日:2014.04.08 ニックネーム:hon no mushi

先の投稿で掛け算の処理はキチンとなんか…していませんでした。
分配法則(a(b+c)=ab+ac、…)を満たしていませんでした。

…そこで言い訳がましいですが、
明らかに数の世界とゲノムの在り方を切り離して考えているからおかしくなる…と思われるので、生き物の柔軟性にあやかって、要素の条件として、「ゲノムとして働きうる…」というゆとりを持たせてみました。

それによって加法の定義も微妙に変えて、例えば「要素同士がそれぞれ独立しているが、直列につないでも新たな別のゲノムとして働くことはない…」とかいう文言を加え、乗法も、「ゲノムで、直列にした複数の要素全てに(掛け合わせるものが)影響を与えるときに掛け算がはじめて成り立ち…その時、それら全てに組み込まれる形で…」などと、大変ズルイ(全体として)大枠の結わえ方をしてしまいます。
(上のような提案には、逆元についても「ゲノムになりうる…」という含みを持たせると柔軟に対処でき…必ずしも完璧でなくてもよいと思うのですが…)

数の世界に生き物の世界から揺さぶりと縛りを掛けるのです(本当に言訳じみてます…)。

中村桂子のちょっと一言

自分は間違っていない、勘違いだった、と立証するときの難しさ

投稿日:2014.04.08 ニックネーム:hon no mushi

『見てわかるDNAのしくみ』のコドン表を見ていて…決定的な勘違いをしていることに気付きました。それは以下の通りです…

先にご紹介した本には「体」の事が詳しくなく…確か「群」などより縛りが強くて規則が相当うるさいはずだ、と見直してみたら…

 その通りでした

私が何を勘違いしていたのか。
3つのDNA塩基を一つの元(要素)とみたことです。正しくは、それら塩基の「数(アミノ酸に対応するために最小単位は3、ゼロ元もあり)」が体をなす、のです。
和の定義には、交換法則(a+b=b+a)も満たさなければならない、という縛りがあって、塩基の種類まで考えてしまうと、これは満たせない、です。でも、対応する数(3の倍数という設定で)は満たすことができる。

…数による塩基の制限が可能ではあるが、それで塩基全てを決定することはできない、ということです。しかも、コドン表を見る限り、このやり方で数量方程式からのゲノムの確定は無理でしょう。絞り込むことも難しく、体の拡大をしてどれくらいの多様性や可能性が出てくるかを楽しむ…ぐらいのもののようです。

あと、掛け算にファスナー型を挙げましたが、これに対応する「数の世界」では、逆元(ここでは元の一単位が3なので、例えば12(個の塩基)の逆元は、その列の最初の9個の塩基にkとして(-1)の繰り返しを施して「掛ける」と、一単位の数に戻ります)や、結合法則(a(bc)=(ab)c、これは数の世界では単純に足し算になる)も満たし、体を成り立たせる掛け算にキチンとなっています。

つまり、私の挙げた数の世界…方程式や体の拡大といった限定の枠組みは、ゆる~い、ぼんやりとしたまとまりを示すにとどまって…目の粗い「ざる」といった所でしょうか…(私が見ていたのはこのざるなのですね…甘く見るな、気をつけなさい、という教訓とともに…それがわかっただけでも幸せです)
数学のように厳しい普遍性を導入すると、スルッと逃げていってしまうものなのかも…生命現象というのは…


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