生命誌の広場

生命誌は“生命“を基本に置き、最先端の生命科学の知見に基づき、「生きる」について考えています。このホームページを読んで思ったこと、研究館の活動について、みなで語り合う場を設けました。いろいろな方の考えを出し合ってこれからの生命誌につなげていきたいと思います。あなたの考えをお聞かせ下さい。

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みなさんからのご意見

中村桂子のちょっと一言

くりかえしてほしくないのに

投稿日:2015.01.24 ニックネーム:kaipan

このところ、何気なく聞いたラジオで、なんとなく見たテレビで、石牟礼道子さんと出会って「ハッ」としています。
「苦海浄土」は、水俣病の理不尽と、汚染される前の不知火海の豊かさや、そこに暮らす人々の姿が、夢のように描かれていますね。
それは、対比しているというよりも、包み込まれる感じ。
その世界に包み込まれて、何も出来なくて、あこがれたり悔しかったりしています。
「かなしい」
それなのに、今も同じことを繰り返している。時と場所を変えて、繰り返している。
いのちをくりかえすことが出来なくなるようなことを、くりかえしてほしくないです。

お返事

投稿日:2015.01.27 名前:中村桂子館長

おっしゃる通りですね。「神は細部に宿る」であり、水俣も東北も沖縄も日本全国あらゆる場所でそこにいる生きものたちや暮らす人々の日常があります。それを無視した大雑把で乱暴な行ないを「地方創生」と呼ぶのですから恐いです。小さな日常から出発し、小さなことを積み上げていきたいと思っています。

中村桂子のちょっと一言

寛容と公共

投稿日:2015.01.20 名前:足立隼

今年のテーマが「寛容」であることには同感です。日本の政治だけでなく、世界の問題の様々なところで、「寛容」があったなら争いにならなかったことが最近頻発しているように思います。トールキンの『ホビットの冒険』『指輪物語』では、古き善きイギリスの田舎人を表象するホビットの一人ビルボが、自分を殺そうとしたゴクリを哀れに思って殺さなかったことが、物語の終盤で主人公のフロドが結局一人ではなし得なかった指輪の破壊を結果的にサポートすることになります。「寛容」がなければ世界は滅びていたということだと思います。そもそもオークという種族もエルフの拷問という「非寛容」から生まれたものです。第二次大戦を経験したトールキンが戦争と平和への思いからこのような設定を差し挟んで行ったことが伺えます。私もイギリスに1年半ほど滞在していましたが、先生の仰るようにイギリスでもトールキンの理想は失われ行くようにも感じました。一方トールキンの世界でも終盤でサルマンがホビット庄に現れて自然を破壊し、内輪で暮していたホビットたちも中つ国の争いに巻き込まれて行く描写があります。科学者にも「公共」の精神が必要なことが、段々と傾き行く日本の国勢や世界の秩序を見るに付け思います。自分たちの考えを何らかの形ではっきりと発信したり、異なるコミュニティとの対話や社会活動を丁寧にして行くことも大切だと思っています。

お返事

投稿日:2015.01.21 名前:中村桂子館長

御投稿ありがとうございます。
「寛容」の大切さを共有し、それをホビットの物語を例に語って下さり、なるほどと思いました。そして「公共」という言葉もおっしゃる通りです。私が学んでいた頃の研究室では、常に科学が公共のものとして語られていましたし、先生方はいつも全体を考えていらしたことを思い出します。
寛容についてヴォルテールの哲学辞典には、「それは人類の持ち分である。われわれはすべて弱さと過ちからつくりあげられているのだ。われわれの愚行をたがいに許しあおう、これが自然の第一の掟である」と書いてあるそうです。さまざまな背景あっての言葉でしょうが、私にはとても素直に受け止められます。また投稿をお願いします。皆で考えたいテーマですので。

中村桂子のちょっと一言

「この道しかない」への違和感

投稿日:2015.01.11 ニックネーム:石ちゃん

「この道しかない」という言葉を聞き続けた時期、違和感と怖さを感じました。阪神大震災や東日本大震災など、信じられない規模の自然災害を何度も受けている日本、そして原発事故という取り返しのつかない事故を起こした日本で、「この道しかない」という言葉ほど虚しく響く言葉はありません。私は震災時に、必要最小限のものがあれば足りるということを実体験として学びました。また、人はいざという時、分かちあうという心が出てくるということも経験しました。不安な子供たちに笑顔を与えたのは、全国から送られたくさんの絵本であったことを、『一冊の本をあなたに』に書かれている末盛千枝子さんたちの活動が教えてくれます。「この道しかない」という言葉に対する違和感・不安感を言い換えれば、息詰まる感じ、行き詰まりの感じと言ったらよいでしょうか。「この道」もやがて行き詰まると思うからです。この社会にはたくさんの道があり、「この道」を行けない人や行きたくない人も多いと思います。耳を澄まして「この道」ではない人たちの、温かな声、励ましの声、小さな声、弱々しい声、誠実な声を聴くことのできる寛容な社会になってほしいと思います。

お返事

投稿日:2015.01.14 名前:中村桂子館長

「この道しかない」と思い込んだ時、想像力を失ないますね。他の生きものにはない人間だけがもつ能力である「想像力」で、さまざまな立場の人、時には人間以外の生きものの中に入っていくことが豊かな生き方を支えるのだと思うのです。「寛容」は「想像力豊かに」ということでもあると思っています。

中村桂子のちょっと一言

寛容て大事ですよね

投稿日:2015.01.05 名前:元島愛一郎

寛容で思い出すのは免疫寛容ですね。これがほどほど無いと新しい生命が誕生出来ませんよね。ここの一番大事なポイントを説明できないという口実でうやむやにしてきた人間の傲慢さが、どうも世の中に繁栄している気がします。
いのちの本質を生物学者や医療者が目に見えないけど確かに存在するものとして語っていかないと、効率一辺倒の経済が生活を押しつぶして行きますね。
そういうなつかしい風が吹く2015年になるように誰もが祈念していると思います。

お返事

投稿日:2015.01.07 名前:中村桂子館長

寛容ですぐに免疫寛容を思い起こされるとはなんとすばらしい。おっしゃる通りこれは、生きものの生きものらしさ、複雑さ、時にへんてこりんさを感じる現象ですね。このようなところをじっくり考えることでゆとりが生れるとよいのですが。

その他

新年あけましておめでとうございます

投稿日:2015.01.02 ニックネーム:hon no mushi

毎度お世話になっております、ホンのムシです
昨年はいろいろと…、本年もまた何とぞよろしくお願い致します

ところで、昨年暮れに骨…について投稿しましたが、西川先生の進化研究のお話をつい先程、年始用にとっておいたのを拝見致しまして、ナ~ンニモ自分は知らんかったんだなぁ、と我ながら呆れてしまいました。どうぞご容赦…
また、そばに置いてあった『人の心はどこから生まれるのか(生物学からみる心の進化)』(ウェッジ選書、2008年刊)をパラパラめくっていて…血縁選択について、アリやらハチの具体例を出して述べられたチャプターは知らなかったことばっかりで…大変心を奪われてしまいました。自分にとって血のつながりの濃い方を優先して守る、という考え方が系統だてられていたのが大変ショックで…
本当はお正月用には手塚治虫さんの『ブッダ』を一つの柱に、と思っていたのですが…そのなかで、ブッダ(シッダルタ)の婚礼の場面に昨日さしかかり、結婚相手が父(スッドーダナ大王)の妹(シャカ族と大変仲のよいコーリヤ族)の子ヤショダラ…と書いてあったので、ものすごく上の血縁の話とダブって映ってしまいました…

でも、何にも知らなかったコト、何にも知らなかったコトとコトとのつながりに、偶然出会えたときの感動は何物にも代えがたいもの…
 

お返事

投稿日:2015.01.07 名前:中村桂子館長

今年も生命誌から何かを得ていただけるとありがたく思います。
よろしくお願いいたします。

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