中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2016年6月1日

「しかし」という詩

中村桂子

今年は水俣病正式認定から60年。五月初めに開かれた水俣病を考える会に参加しました。そこで改めていろいろなことを教えられましたが、その中にとても印象的な詩がありました。

「しかし」

しかし・・・と
この言葉は
絶えず私の胸の中でつぶやかれて
今まで、私の心のたった一つの拠り所だった
私の生命は、情熱は
この言葉があったからこそ
私の自信はこの言葉だった

けれども
この頃この言葉が聞こえない

胸の中で大木が倒れたように
この言葉はいつの間にか消え去った
しかし・・・と

もうこの言葉は聞こえない
しかし・・・
しかし・・・
何度もつぶやいてみるが
あのかがやかしい意欲、
あのはれやかな情熱は
もう消えてしまった

「しかし・・・」と
人々に向かって
ただ一人佇んでいながら
夕日がまさに落ちようとしても
力強く叫べたあの自信を
そうだ
私にもう一度返してくれ

1990年、環境庁企画調整局局長として水俣病和解交渉の国側責任者だった山内豊徳さんが自殺をなさったことは憶えています。この詩は山内さんのものです。御自身の気持は患者側にあるのに、組織の一員としては環境庁長官の水俣訪問を止めなければならない立場に置かれて悩まれ、自らの命を絶ってしまったのでした。とても有能で魅力的な方だったそうです。

はっきりした軸を持ち、それに合わない時は、社会の大勢がどうあろうと権力がどう動こうと、「しかし」と言って行動していらしたのに。「この頃この言葉が聞こえない」という状況になってしまった辛さの中で、絞り出すようにして書かれたのだと思うと胸苦しくなります。今も大事なところで大事なことが言えないと感じている人が少なくないような気がして、昔のことではないと思いながら読みました。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

生命誌から視る循環

投稿日:2016.05.18 / ニックネーム:おかげさま

気仙沼の畠山さんの牡蠣の養殖で有名な名言
『森は海の恋人』があるように

森も川も里も海も、すべて生命があって

私たち人間という種が生きていく上で

他の生命(生き物)の特性をよく知り、活かしてゆく(生態系のバランスを考えて)ことでしか、人間は生きにくいはずなのに

といった視点が元で、私はライフワークで、地元の川でつながる山から海の生態系を調査したり、どのようにしたら、山から海の生き物たちが、バランスを取り戻し、活き活きと暮らしてゆけるか
また、それが人間が活き活きと暮らしてゆける最良の知恵だとも考えています。

けいこ先生から視た、『循環』とは?
また、山から海の生き物たちの循環とは?

学者であるけいこ先生の見解を、参考にしたくて。
お伺いすることで、ヒントがいっぱいあるかな〜と考えました。

率直なご意見を、お聞かせ頂ければ幸いです。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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