中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2016年12月1日

マンダラを生かして新しい美しさを

中村桂子

舞台上にそれぞれの楽器を持って思い思いの位置に立つ人の集まりから、自然に、本当に自然に音が響き出してくるその瞬間がとても魅力的でした。誰がリードするのでもなく、まさにアンサンブルです。

チャイコフスキーの「弦楽のためのセレナーデ」もヴィヴァルディの「四季」も室内楽の定番中の定番で、何度も聴いた曲ですが、それだけに音がより新鮮に響いてきました。指導者の森悠子さんは斉藤秀雄先生に後継者と期待され、ヨーロッパで音楽の演奏と教育を実践する中で、地域に根ざした音楽の場を実感なさった方です。縁あってそれを長岡京で現実にする機会を手になさり、若い人たちを育てていらっしゃいました。それから20年でこれほどみごとな響きを創り出されたことに心からの拍手を送ります。自分の中から湧き出す思いを素直に形にしていくことができにくい社会になっていることを感じていますので、このような活動に接すると、本当に気持がよく、とても嬉しくなります。素晴らしい!

実は、森さんはこのアンサンブルにマンダラをイメージしていらっしゃるとのこと。生命誌マンダラに関心を持って、研究館へいらして下さいました。私も今回の公演にマンダラを感じました。これからのお話し合いによって、現代にマンダラを生かす表現につなげていくことができそうで楽しみです。

芸術も科学も内から湧いてくるものを美しく表現することで、日々を豊かにする役割があります。長岡京と高槻。お近くにすてきなお仲間がいて下さることに感謝し、来年はこれまでにない新しいものを生み出せそうな気がして、今から楽しみです。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

受け継いでゆくこと

投稿日:2016.10.20 / ニックネーム:おかげさま

けいこ先生〜
最近、地元の地質学の先生の講義を受けたばかりで
けいこ先生の記事がタイムリーだったので、筆をとりました。
私の暮らす兵庫県では、阪神淡路大震災が21年前にあり
そのときに、地元の地質学の先生は、酷く酷く甘さに悔やみ、それを教訓に、退職後も地域の地学屋になる!!!と、現在も、フィールドワークを学生たちとされています。

本気だこの先生と思った私は、その先生に地球の生い立ちから、現在に至る地元の地質の生い立ちを、質問し現在、一緒にいろんな見解から紐解くお勉強も楽しんでいます。

「人新世」のはじまり〜は、耳の痛い、私たちの生きてきた移行期でもあるため、申し訳ないと思う気持ちもありますが

行く末の人類完全絶滅は、私は無いと思っていて
それに近い状況が、雪だるま形式に来てしまわないように、今この時代に生きている、気付いた人たちが、それぞれの叡智を持ち寄り、どのような地球生命体を望むのか、縮図で言えば
私はどうするのか、私の周りからどうするのか、ひとりふたりさんにんと・・・微力な叡智を持ち寄り、身近な場所から、立て直し、整えをライフワークにしてゆきたいと、思って人生を楽しみたいと思います。
なぜなら、種としての人類が存在した役割があると、私はおもうからです。
それは、他の生き物に出来ないことができる新参者としての人類が揃って、生態系のバランスは、取れて行くものだと思いたいからです。

けいこ先生の叡智、そして想いを活かし、受け継いでゆける地球生命体であるように!!

つなげてゆきます。



語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

中村桂子のちょっと一言バックナンバー

  • 2016年
  • 2015年
  • 2014年
  • 2013年
  • 2012年
  • 2011年
  • 2010年
  • 2009年
  • 2008年
  • 2007年
  • 2006年
  • 2005年
  • 2004年
  • 2003年
  • 2002年
  • 2001年
  • 2000年
  • 1999年
  • 1998年
  • 催しへ行こう
  • 生命誌の広場

ページの先頭へ