中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子がその時思うことを書き込みます。月二回のペースで、1995年5月から更新を続けています。

2018年2月15日

自由と平和という言葉が普通に使える社会を

中村桂子

生命誌研究館の準備室ができたのが1991年。当時の社会のありようを思い起こすと、その2年前の1989年のベルリンの壁崩壊で、これから普通の人が普通に暮らしやすい社会になると期待していたなあと思うのです。長い間一緒に暮らしてきた人々が、突然高い壁でまったく違う国に分けられてしまうなどという乱暴なことがあってよいわけはありません。分断後の生活の背景には冷戦という形での米ソ(当時はソ連でした)両大国の競い合いがあり、しかもその象徴が核兵器だったのですから、「それが変わる」ということへの期待はとても大きなものでした。

自由と平和という言葉が空々しくなく使える社会になるだろう。ベートーヴェンの第九を聴きながらとても豊かな気持になったものです。朝鮮半島でも、遠くない将来に同じことが起きて欲しいと願いながら。自由・平和という方向へのリーダーはもちろん米国でした。核抑止力という考え方が消えないもどかしさはあっても、核兵器備蓄量を冷戦ピーク時の85%以上縮小したのですから、それは自由と平和を求める普通の人の気持ちに合ったものでした。オバマ前大統領のプラハでの演説に期待を高めたことも思い出します。

ところが、それが急に変わってしまいました。「米国を再び偉大な国に」と言い、戦術核(小型核)がロシアに劣っているのは許せないというわけです。ところで、このようにして浮び上ってきた核兵器について、ロシアの知識人が、「核兵器の製造をやめられないのは製造施設のある地域の住民数千人が職を失なってしまうという側面が大きい。米国も核兵器工場をつくって国内の製造業を活性化させたいのだろう」と言っているのには驚きました。そんなことが理由ですか。もちろん失業者を出してはいけませんけれど、なにか他の仕事を考えて下さいと思います。

なんだかおかしな社会になっています。BRHを始めた頃、21世紀に向けて抱いていた思いを忘れないようにします。

みなさんからのご意見生命誌の広場より

一粒の麦も

投稿日:2018.02.08 / ニックネーム:竹ちゃん

中村館長さんの教材文「生き物はつながりの中に」光村6年の出前授業を1月の最終週の3日間で5時間行いました。6年生は10名小規模校です。当日は、インフルエンザで2名欠席でした。
この教材での授業は4年ぶりです。前は6月頃の教材でしたが、今回は、卒業を前にしての最後の単元の一つになっていました。他は谷川修太郎さんの詩「生きる」とドナルド=キーンさんの「かなえられた願いー日本人になること」です。非常に格調の高い単元構成になっています。前の教科書では、時期が早く、理科の人体の学習が済んでいなかったのですが、今回は、消化・吸収、食物連鎖などについても知識がありましたのでより楽しいものになりました。
今回は、次の3点について報告
Ⅰ 詳しく読みたい段落2つ
 ①「生命の歴史」全員、②「自分の一部」と「一つの個体」に割れた。
Ⅱ この話は「私たち生き物はつながりの中にあるんだなあ。」ということになった。
Ⅲ 授業後の一言感想とお礼の言葉の中に
 「この話は読めば読むほど発見がある。」
 「国語の授業は、奥が深いなあ。」
 があった。 
この授業後に、吉野源三郎・羽賀翔一の「君達はどう生きるのか」を学級に贈りました。自分を振り返る子供たちの感想文を読んで、その気になりました。
中村先生に担任から感想が送られると思っています。欠席の子にも書かせたいという話でした。素直な子供たちの感想をお楽しみください。

語り合いの続きは「生命誌の広場」へ

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