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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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ゲノムの発生学II

2015年11月2日

物理化学現象を人間が解釈するとき現象の情報化が起こるが、本来物理・化学に情報という概念はない(量子力学は少し忘れよう)。従って、生命が誕生するまで、物理化学法則のみが支配する地球に情報は存在しなかった。最初の生命については知る由もないが、生命誕生とほとんど同じ時期に(同時という意味ではない)、DNAを媒体とするゲノム情報が生まれたことは間違いない。これが地球における最初の情報の誕生になる。ゲノムの発生学はもちろんこの誕生から始まる。自信がないが、地球上での情報の誕生について今回は考えてみよう。

発信者なしに情報が生まれるためには、もともと情報でないものを情報として解釈する「主体」が必要になる(41話参照)。ただそんな主体は生物誕生前にはもちろん存在しない。最初に存在したのは物理化学法則に従う分子と分子の相互作用だけだ。しかし、分子間相互作用も一つの分子の側から見てみると、近づいてきた分子と結合するか離れるか、自分の構造に基づいて解釈していると言える。したがって、解釈という行為自体は核酸のような情報分子に限らず、どの分子にも考えられる。しかし私たちの住む大気の中で、酸素、炭酸ガス、窒素は常に衝突しているが、それぞれが反応する(解釈する)ことはほとんどない。すなわち、解釈のような振る舞いは、複雑化した分子構造のほうが生まれやすい。特に有機分子のポリマーは様々な分子と相互作用が可能だ。タンパク質や核酸が様々な高分子と「非特異的」に結合することは、生化学実験の経験者は誰もが知るところだ。

次に考える必要があるのは、この条件を満たす有機ポリマーが原始の地球に存在していたかどうかだ。生命に頼らず有機物を合成する有機化学はヴェーラーの尿素合成までさかのぼる。ただ、生命誕生に関わる化学の先駆は、ユーレイとミラーのアミノ酸の合成実験で(図1)、この研究以後生命誕生の化学について地道な研究が進んできた。


図1 Urey-Millerのアミノ酸合成実験。水蒸気とメタン、アンモニア、水素を混合した反応容器に、雷を模した放電を行い各成分の反応を誘導、得られた化合物を水にトラップし、また加熱して反応容器に循環させる。この方法で様々なアミノ酸が合成できることを示した歴史的実験(Wikiコモンズより)。(Science 130, 245, 1959)

この実験以降に蓄積されたデータを詳細に解説するのは私には荷が重い。都合のいいことに、これまでの研究をまとめると、核酸、アミノ酸、脂質など有機化合物は生命以前の地球で合成されていた可能性が高い(合成できていないと生命は誕生できないことから当然だが)。また、自由エネルギーから見たとき、簡単には起こりえない有機分子のポリマー形成も、熱、濃縮、氷結などの変化が、鉱物や粘土などの自然の触媒と組み合わさると可能であることが示されている。例えば、モンモリロン石は、アミノ酸の重合と、リボ核酸の重合を促進する触媒活性を持っており、アミノ酸、核酸のポリマー形成を誘導できることが示されている。従って、アミノ酸や塩基が重合した様々な長さのポリマーが原始の地球に存在しできた(このabiogenesis, systemic chemistryについては優れた本や総説が書かれており、とりあえずKepa Ruiz-MirazoらのPrebiotic systems chem.istry: new perspectives for the origin of life, Chemical Review 114, 285-366, 2014 を紹介しておく。)。

次の問題は、様々な有機分子が存在するようになった地球で、情報、特に核酸を媒体とする情報が生まれた過程だが、これについては全くわかっていないし、実際に起こったことを特定することは永遠にできないかもしれない。しかし様々な可能性を考えることは可能だ。一つの可能性を考えてみるが、すべて私の頭の中妄想だと思ってほしい。

明確な意図やデザインの元に合成されたわけでなくとも、アミノ酸や核酸がランダムに繋がって生まれた分子同士が、互いに相互作用できることが知られている。しかし相互作用と言っても全ての相互作用は偶然の産物で、ただ分子同士が付いたり離れたりしているだけだ。ただランダムにでも多様性が生まれると、その中から一部が選択され進化が起こることを思い出してほしい。環境による選択は多様な分子反応の間でも起こり、その結果反応が向かうべき目的のようなものが生まれる。すなわち、ダーウィンの進化論を生命のない分子にも適用することができる。例えば分子の安定性と持続性という目的が自然に反応している分子の間に生まれることは十分考えられる。他の分子より高い安定性があると当然存在時間が長くなる。分子の存在時間は環境による選択の結果として現れ、ダーウィン進化での「長い首」と同じ目的性が生まれる。

このような選択が起こることを一番理解できるのがホモキラリティーという現象だ。例えば地球上の生物に存在するタンパク質はL-型アミノ酸だけからできている。一方糖鎖になるとD-型だ。ランダムに合成されるアミノ酸の中からなぜ生物はL型のみを使うようになったのか?すべての生命でこの選択が行われていることから、おそらく生命誕生以前のabioticな過程で、ホモキラリティーが生まれたと考えられ、そのメカニズムの研究が進んでいる。メカニズムはともかく、この現象から生命の関与なしにこのような選択が生物界全体で起り得ることを理解することができる。

分子の安定性は、一つの分子だけでなく、幾つかの分子の組み合わさったセットとして生まれる可能性が高い。例えば、アミノ酸や核酸が重合したポリマーは私たちが考えるよりはるかに壊れやすい。溶液中のイオン構成や、あるいは他のポリマーとの相互作用により少しでも分解されにくくなれば、一つの分子単独ではなく、分子が組み合わさったセットが選択されることは十分考えられる。分子間相互作用の結果、安定性だけでなく分子の増幅ができればなお高い環境への適応性が生まれる。

実際、ランダムに形成されたポリマーの中には、新しいポリマー形成を促す触媒のような性質を持つ場合があることも知られている。例えば、塩基が10個並んだRNAポリマーがあると、さらに長い50個並んだポリマーが形成できることが示されている。他にも、アミノ酸や塩基が長いポリマーを作る段階では、できたポリマーの一部が一種の触媒の働きをして、より長いポリマーを形成するのに一役買っていることも示されている。


図2 脂肪酸膜小胞とAMP,UMPを混合して熱をかけながら、乾燥と水和を繰り返すことでRNAポリマーが形成できることを示した実験。同じような条件で、鋳型になるDNAを存在させると、10%のエラー率で複製が起こることがその後示された。

中でも興味を引くのが、脂肪酸と核酸が相互作用する状況では様々な反応の効率が上がるという実験だ。例えば、AMP,UMPのようなリン酸塩基をフォスファジル酸から作った小胞と混ぜ、熱を加えながら炭酸ガスを吹き入れ乾燥させ、その後また1mMHClを加えて溶解するというサイクルをくり返すと、脂肪膜の小胞に閉じ込められたRNAポリマーが合成できることが示された(Orig Life Evol Biosph 38:57、2008)。普通、実験室で核酸を重合させるとき、重合が自然に始まるよう核酸モノマーを活性化するのだが、この実験で使われたのはAMPとUMPで全く活性化されていない。熱と乾燥による濃縮が繰り返す条件さえ外部から与えれば、脂肪酸の助けでRNAが重合化することが示されたことは、後でのべるRNAワールドの可能性を示す重要な貢献だと考えられている。DNAの複製についてはさらに驚くべき結果が報告されている。50merの鋳型と、AMP,GMP,CMPなどをPOPA (palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphate)と混合して、熱を加えながら乾燥と水和を繰り返すと、10%程度のエラーはあるものの、鋳型に合わせたDNA複製が起こることが、2011年カリフォルニア大学サンタクルズ校のグループによって示された(Biochimei 93, 556, 2011)。以上のように、ランダムな有機分子の相互作用が脂肪膜に囲まれたRNAやDNAのポリマーの形成にまで発展できる。

このようなシステム化学の研究と、現存の生命に見られる有機高分子の機能分担を合わせて考えると、例えば複製にはDNAが適していること。一方、化学反応の触媒としてはタンパク質、脂肪が適していること。そして、RNAは両方の機能を持ち得ることや、タンパクとDNAの両方と相互作用が可能で、両者の機能を結びつけることができる分子であること。そして、必要なすべての化学エネルギーは核酸の構成要素にもなるATPを介して行われる、などの条件が整って行ったと考えられる。また、このような性質を持った有機高分子を含む分子混合物は、生命以前の地球の様々な場所に存在し、互いに反応しながら主に存在持続時間という点から選択が行われたと考えられる(図3)。


図3 原始生命誕生までの過程

しかしこれだけでは安定な個別の分子セットが選ばれるという過程の繰り返しで、発信できる情報や生物の誕生には至らない。この過程で生まれるのは脂肪酸膜で囲まれた安定で、場合により増幅可能な有機物に過ぎない。中でDNAが複製したとしても、結局は安定な分子の集合でしかない。次の段階に進むためには、有機体(生物)の語源になっている、Organize(組織化)が何らかの目的のために行われる必要がある。この目的こそが、生物が生きるという目的を示すルーツであり、また生命の基本条件になっている。この生きるという目的の一つは、生きるためのエネルギー収支を可能にする分子ネットワークで、これが何よりも最初に必要だとする考えがenergy firstモデルだ。これに対して増える・複製できることがまず必要だとするのがreplication firstモデルだ。次回から順にこの二つの考えについて見ていこう。

[ 西川 伸一 ]

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