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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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参照情報と記号情報の誕生

2016年4月1日

前回、RNAワールドでは、自分を鋳型として新しい分子を複製できるシステムが可能になっていることを説明した。同じような現象は、プリオンなどでも見られるため、RNAワールド以外でこれが起こらないことを証明することは難しい。もちろん私はこの分野の素人だが、それでもRNAがランダムに合成されているうちに、リガーゼやリプリカーゼ活性のあるリボザイムが生まれ、それによりRNA自体が情報として独立するとする考えは理解しやすい。また、ここで議論しているRNAの特徴を利用して、アプタマーなどRNAテクノロジーが進展しているのをみると、特定の機能が塩基の配列として解釈され、塩基配列から生まれる機能分子を複製することが可能なRNAワールド仮説は極めて魅力的だ。

また分子の機能を塩基の配列として解釈し複製できることは、RNAワールドでは情報が環境から独立したことを示す。例えばOttoの複製子も同じ分子を複製するが、この時の情報は前にも述べた偽情報で、複製子自体の物理化学的性質と環境条件によって形成されており、環境が変わると、情報の内容も変化する。一方RNAワールドでの情報は、もちろん大きな意味で物理化学法則(RNAという媒体を使う点)に従い、条件によっては情報として読み出せないこともあるかもしれないが、原則として塩基の並びとして表現されており、周りの条件からは独立できている。

このようにRNAワールド仮説は、機能を周りの条件から独立した情報として表現できることを示してくれたが、この情報はRNAワールド内だけでしか働かない。現在のような、アミノ酸、タンパク質、リボゾームRNA、mRNAなどが入り混じったセントラルドグマが成立するためには、まず特定のRNA分子がアミノ酸と対応する参照関係やコドンとアミノ酸の対応のような記号化が必要になる。現存の生物を眺める時、アミノ酸との参照関係と記号化(コドン化)が最もはっきりと見られるのがトランスファーRNA(tRNA)だ。次に、tRNAとアミノ酸との参照関係がどのように生まれたのか、またtRNAが塩基配列を記号として認識できるようになった過程を見てみよう。

まず大学生時代に戻って、トランスファーRNAとはどんな分子だったか思い出してみよう。


図1 tRNAの構造。ミニヘリックスとT-ArmはアミノアシルtRNA合成酵素が認識する。一方、D-ArmとAnticodonarmはリボゾームと相互作用する。(Wikicommonsを改変)

図1に tRNA共通の構造を示すが、平均76塩基からなるRNAで、ミニヘリックスを形成する3'末端に特定のアミノ酸が結合し、アンチコドンループでmRNAと結合する。この構造から、tRNAがアミノ酸と核酸の参照関係を成立させている分子であることがよくわかる。すなわち、アミノ酸とtRNA自身の対応関係を、mRNA、そして最後にはDNA上の塩基配列へと拡大する役割を担っている(後述のように実際には簡単ではない)。

このtRNA自身と、アミノ酸との参照関係の成立には、各アミノ酸に対応して存在するtRNAを認識して、それに対応したアミノ酸を結合させるアミノアシルtRNA合成酵素が関わっている。

図2に示すように、アミノアシルtRNA合成酵素(aatRNA合成酵素)は、1)ATPによりアミノ酸を活性型に変え、2)そのアミノ酸に対応したtRNAと結合して、3)アミノ酸を3'末端に共有結合させることで、tRNAとアミノ酸の参照関係を成立させる。すなわち、各tRNAとアミノ酸の特異的な参照関係を決めているのは、まさにこのaatRNA合成酵素ということになる。しかし、こんな都合のいい酵素は最初から存在するはずもなく、アミノ酸と特定のRNAの対応関係を成立させるための単純で自律的なシステムを構想しなければならない。1982年これを可能にするシステムについて清水幹夫はC4N仮説を提唱した。


図2: アミノアシルtRNA合成酵素によるアミノ酸とtRNAの結合プロセス(Wikipediaを改変)

図3 清水幹夫の論文(J.Biochem. 117, 23-26, 1995)に書かれていたC4N仮説が想定している、原始型tRNA.

図3は清水の1995年の論文(J.Biochem. 117, 23-26, 1995)を改変したものだが、tRNAのアンチコドン部を5'末端に持ち、現存のtRNAのミニヘリックス部分に似たヘアピン、識別塩基、CCA3'末端と続く短いRNA分子(例としてグリシンに対してはGCCGGCGAUGUUCGCAUCGCCUCCA)が、アスパラギンとバリンからできたペプチドと結合すると、特定のアミノ酸(この場合グリシン)に対応した特異的ポケットを作り、Asp-Valの触媒作用でアミノアシル化されたRNAに変換できるという仮説だ。1995年の論文では、合成したRNA、アミノアシル化グリシンアデニル酸、そしてAsp-Valを反応させると、アミノ酸がRNAに転移できることを示している。さらに、アンチコドン部分をアラニン(AGC),バリン(GAC)に変更すると、今度はそれぞれのアミノ酸が特異的にRNAと結合することから、アンチコドンが3'末端の識別塩基と協調することで特異性を発揮できることも示している。すなわち、アミノ酸ダイマーが共存しておれば、RNAが自律的にアミノ酸との参照関係を成立できる可能性を明らかにした画期的な論文といえる。

もともと、Gly-Glyのようなアミノ酸のダイマーは、RNAの分解を阻害する能力があることが知られていた。したがって、アミノ酸ダイマーと特定のRNAが安定的な組み合わせとして選択されていた可能性は十分考えられる。ただ残念なのは、2013年の東京理科大学の田村さんの総説を読むと(Viva Origino 41, 29-33, 2013)、「C4Nは非常に画期的なアイデアであるが、今後、この仮説を実験的に検証していく必要がある」と書かれており、1995年の実験がまだ再現されていないことをうかがわせる。とはいえ、C4N仮説は一石二鳥のアイデアで、RNAワールドに、アミノ酸への参照関係性を成立させ、この参照関係をコドンとして記号化することまで視野に入れた独創的な仮説だと思う。

ただ、ここまでうまく話が進まなくとも、NCCA配列を3'末端に持つRNAが、それ自身で、あるいは他のリボザイムの助けを借りてアミノアシルRNAを合成することは十分可能だろう。一方アミノ酸との参照関係を記号化するコドンの誕生については、アミノ酸自体の化学的性質と、塩基配列で表現されるコドンの間に物理化学的・自律的な対応関係が存在しており、少なくとも一部のアミノ酸に対するコドンルールの誕生は化学的に説明できると考える人は多い。

ただ、tRNAに存在するアンチコドンは、アミノ酸の並びを指示するmRNAなどの指令が存在しなければ意味を持たない。すなわち、アミノ酸とRNAワールドをつなぐ媒体はできたとしても、この媒体を使って指示を行う情報はまだ全く存在していない。では、原始tRNAは何をしていたのか?

tRNAの原始型はアミノ酸を濃縮するために誕生してきたのかもしれない。生命誕生前でも、アミノ酸が生成し、その重合が起こりうることは示されているが、重合するにはアミノ酸の濃度が一定以上である必要がある。しかし、実際にはランダムに作られるアミノ酸濃度を高く保つのは難しかっただろう。したがって、アミノ酸を一定の場所に拾い集めることが重合の条件になり、この役割を原始tRNAは担っていたのかもしれない。。言い換えると、原始型tRNAの持つアンチコドンはあくまでも特異的アミノ酸を拾うための仕組みで、アミノ酸をくわえたRNAがヘアピン構造を介して特定のマトリックスに結合し、ランダムではあってもアミノ酸を特定の場所に濃縮することで、ペプチド合成の可能性を高めていたと考えても不思議はない。すでに述べたが、アミノ酸ダイマーの一部はRNAを分解から保護する作用があり、その合成を促進する系は進化的優位性がある。

こう考えると、図3のC4N仮説でヘアピン構造として示されているアームは、ひょっとしたら、マトリックスに結合するためのアームとして使われたのかもしれない。そしてこのマトリックスがDNAであった可能性も十分ある。おそらく生命誕生前に最も多く存在した高分子の一つがATPだろうが、それが重合すれば安定度抜群のマトリックスDNA鎖ができる。また、DNAはRNAともタンパク質とも相互作用可能な高分子だ。アミノアシル化されたRNAを濃縮して、ペプチドを合成するには最適の高分子と言っていいだろう。今述べたのはただの妄想だが、DNAとRNAの関係はこんなところから始まったのかもしれない(図4)。

図4:DNAをマトリックスとして、原始型tRNAが集合してペプチドの合成が促進する可能性を描いた図。

この段階では(図4)、アミノ酸と特定のRNA分子が参照関係を形成し、(C4N仮説が正しいなら)、さらにアミノ酸とコドンとの関係まで成立していたためかもしれないが、まだtRNA上のアンチコドンと対応させる情報はどこにも存在しない。この場合、ペプチドはあくまでもランダムに作られる。こうしてランダムに合成されたペプチドを環境との適応性を指標に選択したとしても、その選択結果を記録する逆セントラルドグマが可能であることを示す証拠は現在のところ見当たらない。

いよいよ問題は核心に入ってきたが、最後に残る課題はこの段階から、DNAへの情報の移転がどう起こったのかを説明することになる。

この過程に関してはおそらく2つの説明が可能だろう。一つは、選択されたペプチドのアミノ酸配列を記号として解釈する方法が存在するとする考え方と、アミノ酸を濃縮するためのマトリックスとして使われてきたDNAが非特異的マトリックスから、コドンでアミノ酸と対応する媒体へと変換をはたし、このランダムな配列から合成されたペプチドの選択を通して、DNA配列が選択され、遺伝子が生まれるとする考えだ。

この問題をさらに掘り下げるため、次回はアミノ酸の重合を支えるリボゾームRNAについて見て行こう。

[ 西川 伸一 ]

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