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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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記号、イコン、インデックス、シンボルと情報

2016年6月1日

しつこいようだが、今回もこれまでの話を繰り返してまとめ直すことにした。もともと生物がどう誕生したかについては、本当の答えを導き出すことは難しい。従って、理論的に説明可能かどうか、何度もなんども考えて納得できるシナリオを書いていくしかない。また説明するときも、これまで議論した過程を表現し直して、なんとか読者の皆さんにも理解していただきたいと思っている。もちろんまったく同じ説明を繰り返すつもりはない。様々な視点から同じ過程を説明し直すことが重要だ。

今回はLUCA誕生へのプロセスを、情報と記号論の観点から見直してみようと思っている。すなわちLUCA誕生の過程でどんな情報がいつ誕生したのかまとめてみたいと思っている。この作業は、ゲノムの誕生を説明するのが目的だが、生物進化とともに新たに現れてきたまったく異なる情報、例えば人間の言語の誕生も視野に入れている。

テレオダイナミックス系の誕生

これまで生命誕生へのスタートラインを、エネルギーと有機物が持続的に合成される熱水噴出孔に生まれた多種類の散逸系の誕生と考えて来た。この過程で有機高分子が発生すると、様々な分子間の相互作用が起こりやすくなり、本来は無秩序な物質やエネルギーの流れに一定の秩序がもたらされる。ただこの分子間の相互作用による秩序や規則性の誕生には、どのような意味でも情報と呼べるものは存在しない。Ottoの複製子で見たように、偶然発生した有機分子が、エネルギーや分子の合成過程を制約して、自己複製まで可能になることもある。しかし、これは分子と分子の直接の相互作用による制約であり、情報とは呼べない。渦を持続的に発生させる流れの中に置かれた石と同じと考えればいいだろう。ただ、この制約は偶然の産物で、物理法則による制約とはまったく異なる。熱水噴出孔で起こっていることをもう一度まとめると、比較的安定な様々な制約要因と、それに制約された「傾向」が生まれ、この傾向が蓄積することで一定の秩序を持った系が生まれるといえるだろう。傾向は情報ではない。これをDeaconはテレオダイナミックス系と呼んだ(図1)。


図1:テレオダイナミックス系の誕生(2月15日の記事とほぼ同じ)

イコン的記号の誕生

この制約された有機物合成システムからヌクレオチドが合成され、それが重合してポリヌクレオチドが生まれる。RNAポリヌクレオチドの中には様々な酵素活性を持つ物が存在し、リボザイムと呼ばれており、現存の生物の中でも実際にリボザイムが働いている。このリボザイム活性は、反応の制約要因としてはより高度の制約活性を持ち、様々な分子の合成過程に秩序をもたらす。それぞれのリボザイムは塩基が並ぶことでできている。この塩基配列は記号と呼んでいい。しかし、記号だから情報というわけにはいかない。RNAが結局限られた数の異なる塩基の並びでできているため、リボザイムがこの塩基配列に支持されてできているように見えてしまうが、合成自身はランダムに起こっており、何かを指示する情報は存在しない。

このように、塩基配列という記号が直接分子の物理的構造を決める場合、記号論的にいうと、イコン的記号性が発生したと言える。


図2イコン的記号の誕生。 リボザイムは塩基配列により物理特性が決まることから、配列(記号)が分子構造や機能と対応する点でイコン的記号の誕生と言える。

情報とインデックス記号の誕生

ところが、リボザイム活性を持つRNAポリヌクレオチドの集団の中に、特定のRNA配列を認識してRNA鎖を結合させるリガーゼ活性や、更には塩基配列に従って複製するRNAポリメラーゼ機能を持ったリボザイムが生まれると、RNA鎖の塩基配列が突如反応を指示する鋳型としての機能を持ち、鋳型に従って同じ分子や構造を正確に再生産することが可能になる。具体的には、同じ分子構造を、塩基配列(記号)を鋳型(情報)として繰り返し合成できるという点で、記号がついに情報になったと言える。

このシナリオからわかるのは、リボザイムを構成する塩基配列が分子の構造を決めているとしても、この違いを解釈する仕組み(すなわちRNA ポリメラーゼ)が誕生するまではイコン的記号で、情報性は持たないことだ。言葉を変えると、塩基配列を鋳型として使って、その鋳型に合わせて合成を行う酵素やリボザイムが誕生すると(解釈者の誕生)、塩基配列(記号)に情報としての機能が生まれる。 ではなぜこの塩基配列を情報と呼べるかというと、この鋳型はRNAだけでなく、DNAでも表現できる。しかし同じ配列がDNAを媒体として表現されると、RNAで表現できる構造とはまったく異なる構造が生まれる。一方、鋳型としての機能はRNAでもDNAでも同じだ。この物理的媒体を選ばない点で、複製される塩基配列は情報と呼んでいい。

まとめると情報の誕生とは、塩基配列という記号の誕生ではない。記号が解釈されて初めて情報になる。この意味で、地球上で最初に情報が誕生した時とは、RNAポリメラーゼ活性を持ったリボザイムが誕生した時と言えるかもしれない。こうして誕生したRNAの構造と塩基配列の関係は、塩基配列(記号)が、リボザイムの持つ構造や機能のインデクスになっている点で、記号論でいうインデックス記号と言ってもいいのではと思っている(パースなどのインデックス記号の定義とは異なるが)。


図3:インデックス記号と情報の誕生

ただこのインデックス記号は、まだ化学的に無関係な物質同士が対応関係を持つ、すなわち本来のRNAとはまったく無関係のアミノ酸がRNA配列と対応する段階、すなわちシンボル的記号には到達していない。(シンボル的関係の代表は言語で、サクラという音の並びと実際の桜には全く実体的な対応関係はない。)

シンボル的記号の誕生

ここで現存の生物が全て持っているDNA-RNA-タンパク質というセントラルドグマを考えてみよう。DNAの塩基配列(記号)は、RNAの塩基配列に転写される。これは、RNAワールドでの複製機能と特に変わることはない。しかし、転写されたRNAを鋳型としてタンパク質が作られる過程は、DNAの塩基配列とtRNAと結合するアミノ酸配列がもともと何の関係もないという点で、塩基配列がシンボル的記号に転換している。

この塩基配列という記号がアミノ酸と対応してシンボル的記号に転換するためには、まず最初にtRNAの誕生が必須だ。ここでは原始tRNAが、RNAワールドを安定化するための短いペプチドを安定的に供給するため、アミノ酸を捕捉して濃縮する目的で生まれたことにしている。

すでに述べた清水らの説に従えば、原始tRNAが持つアンチコドン配列と、たまたま存在したAsn-Valペプチドが相互作用すると、特定のアミノ酸が捕捉される。ただここで使われるアンチコドン配列(記号)は、決して情報として使われているのではない。ペプチドとともに、アミノ酸を捕捉するポケット構造の部分として使われており、アンチコドンと呼ぶのは、現在の生物と比べて言っているだけだ。したがって、このアンチコドン配列によるアミノ酸把握で配列はイコン的記号として使われているが、情報としての関係はない。

とはいえ、このようなアミノ酸とアンチコドンとのイコン的関係が成立することで、原始tRNAに捕捉されたアミノ酸を濃縮することができ、情報でなくともペプチド合成の効率をあげることができる。この時、原始tRNAが集まるためのマトリックスとして、RNAやDNA鎖が働いていたことは十分考えられる。だとすると塩基配列という記号が、RNAとは全く物理的関係のないアミノ酸と対応したシンボル的記号へ転換するためにはあと一息だ。

原始tRNAがペプチド合成のためのアミノ酸捕捉分子として機能するためには、複数のアミノ酸とイコン的関係を持つ原始tRNA、アミノ酸をtRNAに結合するアミノアシル化活性を持ったリボザイム、集まったアミノアシルtRNAに結合したアミノ酸同士を結合させる、アミノ酸転移酵素活性を持つリボザイムは最低限存在していなければならない。特定のアミノ酸が結合したペプチドが持つRNA保護作用や、一部のペプチドによるリボザイムの機能の効率化などが強い選択圧として働き、このようなリボザイムが化学進化したことは十分考えられる。

この前提が満たされた時、核酸配列という記号がアミノ酸配列と対応するシンボル的記号へ転換する条件が整う。その後のプロセスを順を追って考えてみよう(図4、5)。


図4:本文と同じことを箇条書きにしている。これ以外にも多くの合理的可能性がある。

まず最初ただのマトリックスとして使われていたRNA(ここでは便宜的にrRNAとしておく)とtRNAの関係が、コドンとアンチコドンが持つより強い結合を基盤にした関係へと移行する必要がある。rRNAやtRNAにアミノ酸をコードするコドンを見つけることは難しくないが、実際にはその配列がどこにあってもいいというわけにはいかない。rRNA上の配列をコードとして集まったtRNAに結合したアミノ酸同士が結合するための十分近い距離に保つ必要がある。


図5 原始tRNA誕生からシンボル誕生まで。説明は本文。

例えば、まずアミノ酸転移反応を制御するrRNAと、tRNAの構造がともに進化して、記号対応関係はないがアミノ酸が濃縮できるマトリックス構造が生まれた後、この結合をさらに強い結合にするために、rRNAの一部がコドン配列を特定の場所に持つように進化すると考えてみよう。

この時、清水らの説のように、アミノ酸をキャッチして3'端にエステル結合させる過程で、tRNA5'末のアンチコドン配列が物理的(イコン的)記号の働きができるとかなり話が早い。すなわち、アミノ酸補足後アミノアシル反応が終わり、3'末にアミノ酸が結合した後、フリーになったアンチコドン部分がマトリックス側に現れたコドンと結合して、tRNAの結合を強め、アミノ酸転移反応の効率をあげると考えれば、選択されるのはrRNA側の配列だけになり、考えやすくなる。すなわち、tRNAのアンチコドンは最初からイコン的記号として存在し、rRNA側のコドンが選択された時に初めてシンボル的記号に移行すると考えるのは、そう難しくない。

このシナリオの問題点は、マトリックス側に偶然現れるコドン配列の長さに限界があることだ。実際、2−3アミノ酸分が関の山だろう。とすると、必要なペプチドごとにそれに対応するコドン配列を持ったrRNAが必要になってしまう。

これについての一つの答えは、まず「簡単なものから始めて見る」ではないかと思っている。すなわち、実際多様なrRNAが存在する中で、RNAワールドにとって最も必要なペプチドに対応するコドンを持ったrRNAが選択的に増殖したと考えればいい。短くてもシンボル的記号としてのコドン部分が選択されたrRNA上に生まれれば、この部分は増大し多様化できる。

例えば最初単純な言葉が生まれ、そこから複雑な言語が発達するのと同じだ(この点については後々考察する)。簡単な記号を元にシンボル的関係を成立させることがまず重要だ。

あとはこのコドンを持ったマトリックスを独立させ、DNA化することで生命の情報システムは完成する。この過程についての一つの可能性はすでに前回述べた。

以上のシナリオをもう一度記号論的にまとめると、

  1. 1)有機分子の合成と、分子間相互作用を介する制約による有機ワールド(テレオダイナミックス状態)の成立
  2. 2)分子構造が塩基配列(記号)により決まるリボザイムの誕生(イコン的記号の誕生)
  3. 3)核酸配列(記号)を鋳型として使って複製するリボザイム(記号の解釈者)の誕生=インデックス記号の誕生、
  4. 4)tRNA上の記号(アンチコドン?)とアミノ酸とのイコン的関係の誕生、
  5. 5)tRNA上のアンチコドンを選択圧としたrRNA側のコドンの誕生により、塩基配列のシンボル的記号への移行。
  6. 6)シンボル記号のダーウィン進化。

今回は生命誕生について、生命情報成立をより強調して説明した。次回は原始リボゾームからLUCAへの過程について考えるが、この記号論は、今後様々な生命情報を考えていく上で共通の基準をあたえてくれる。

[ 西川 伸一 ]

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