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2010年3月1日 どの生きものもそのまま完全
先回、上陸作戦を紹介しました。これで考えたかったことはいろいろありますが、まず次の二つです。一つは、生きものっていつも新しいものへ向かって試みを続けてきたんだなあという思いを新たにすること。もう一つは、今年大きな話題になるであろう生物多様性への第一歩だったということです。新しいことへの挑戦も、今の私たちの生き方に参考にしなければいけないと思いますが、今日は多様性の方をとりあげます。10月に名古屋でCOP10(生物多様性条約締結国会議)が開かれるからでしょう。私のところへも多様性に関する会合へのお誘いがたくさん来ます。多様性は生命誌の基本ですから、関心の高まりは嬉しいのですが、ちょっと気になるところもあります。 まず、「生物多様性」という言葉を知らないとか、なんのことだかわからないという人がとても多いのです。生物は生きもの、多様性はいろいろということですから、そのまま「生きものっていろいろいるね」ということ。このあたりまえの感覚を身につけることが大事で、それなしにホテルや会議場に集まって「生物多様性とはなにか」という議論をしている姿を想像すると漫画です。まずは、林でも野原でも庭でも町の公園でもよい、とにかく生きもののいるところで多様性を実感する機会を作ることの方が大事でしょう。 生命誌としては、“いろいろいるね” を実感したうえでもう一歩進めて考えることがあります。多様な生きもの(数千万種いると言われます)は、一つ一つがその生きものとして“完全なもの”であることです。進化という考え方は大事なのですが、それはだんだんよくなることだと誤って受け止められるとまずい。最近は使わなくなりましたが、高等生物、下等生物という言葉もありましたし、時に、生物について語る文の中に“進化の途中の不完全な生きもの”という言葉が見られます。一つ一つの生きものは、それぞれ独自のゲノムを持っており、それが個体をつくるわけですから、それぞれが完全なのです。多様であるということは、いろいろあるというだけでなく、その一つ一つが完全な生きものであり、存在することに意味があるということです。絶滅危惧種への関心も必要ですし、人間に役立つ種を残すことも大事ですが、多様性の基本は、「どんな生きものもみごとに生きている」という実感にあるわけです。「生物多様性年」は、この実感をもつ年にしたいと思っています。 【中村桂子】 |
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みなさんからのご意見
普段使いの言葉で
投稿日:2010-03-02 ニックネーム:tn
言いたいことは「生物多様性」なのに,この用語では場面の雰囲気にそぐわず,表現できない場面がありましたのでご紹介します.
私の暮らしている場所はいわゆる里山,大きな沼に流れ込む支流に沿って田圃と雑木林が続くところです.先日,個人所有の雑木林が整備される機会があり,枯木の撤去によってできた開けた場所に何か植物を植えようという話がもちあがりました.そこで何を植えるか.雑木林の持ち主の方と雑談しました.
庭ではなく一応自然環境ですので,例えばホームセンターで購入した植物を植えてはこの土地の生物多様性が乱れる,つまり遺伝子汚染の恐れがあります.このように文章では書けますが,大学の研究室ならいざ知らず,茶飲み話に専門用語はそぐわないと思えます.結局,植栽予定場所の辺りの雑木林に生えている植物を移植するか,挿し木で増やすのが手軽でいい,と勧めるだけにしました.
生物多様性を普段使いの言葉で表すにはどうしたらいいのか,と考えさせられた機会です.
先回、上陸作戦を紹介しました。これで考えたかったことはいろいろありますが、まず次の二つです。一つは、生きものっていつも新しいものへ向かって試みを続けてきたんだなあという思いを新たにすること。もう一つは、今年大きな話題になるであろう生物多様性への第一歩だったということです。新しいことへの挑戦も、今の私たちの生き方に参考にしなければいけないと思いますが、今日は多様性の方をとりあげます。





