本格的にチョウの研究を始めて、長い歳月が流れた。しかし、まだやりたいことは山ほどある。むしろ新たな疑問が後から後から追いかけてくる。
私は、「種」とは何だろう、と考え続けてきた。一般的に、種は形態で判別される。分類学の基本だが、同じ種でも雌雄や季節型で外見が極端に違う例は無数にある。一方、種は生殖集団だとする遺伝学や生態学の見地からの定義がある。子孫を残しうる集団なら同種、残せないなら別種とする。きわめて的を射た定義であろう。だが、厄介なのは、地理的に隔離された近似グループの関係である。それが別種なのか、同一種の別亜種なのかを形態的に判定することは難しい。
結局、種とは、絶対的な区別ではないのではないか。種は現実に存在するが、すべての種のルーツは元をたどれば同じはずだから、本質的なものではない。長い地質時代を経て、生物はさまざまな方向に進化し、現在私たちが目にすることのできる種が形づくられてきた。なかには進化の途上で絶滅した集団もあろうし、現生の種につながる過去の集団は当然絶滅している。その欠落がなければ、あらゆる種が連続した状態が想定できる。それゆえ、種はあくまで相対的な存在であるといえる。長年の研究生活で到達した一つの結論だ。
現在、日本のチョウ研究は世界最高水準に達し、ファンは数万人といわれる。優れた研究者も少なくないが、大半は余技で研究している。その中で私は公費でチョウの研究をさせてもらった。じつにありがたいことだ。
少年時代の一冊の本、そして人との出会いを、運命と思わざるを得ない。多数の虫屋、虫友との交わりも含めて幸せな生活ができた。どんなに新しいタイプの研究が生まれようとも、自然を見つめる科学が基礎にあるのだということを、次の世代に伝えていきたい。見果てぬ夢をなお追いつつ、心楽しい日々なのである。 |
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蝶の斑紋の
パターンの変化を探る |
| 図は白水博士が60年代に発表に用いてた掛図の写真(図中の番号はその時のもの)。当時学会発表などでは誰もが掛図を使っていた。 |
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チョウにはさまざまな斑紋がある。たとえば、同じミドリシジミ族の中でも、ミドリシジミのように裏に1本白いバンドがあるだけのものもあり、ウラナミアカシジミのようにたくさんの斑紋列をもったものもいる。
斑紋パターンの相同性を探っていた白水博士は、1957年、ウラナミアカシジミの異常型を見て、現生種の斑紋パターンが1筋おきに消えていることに気づいた( )。さらに、いくつかの異常型を比較することで、ウラナミアカシジミの基本の斑紋パターンの模式図を作った( )。
ウラナミアカシジミは、他の多くの形態的な特徴から原始的な種であると考えられるが、博士は、他のミドリシジミ類の斑紋パターンは、ウラナミアカシジミのものが単純化したことで説明できることに気づいた。複雑なものから、単純なものへ特化していく傾向は、タテハチョウのような他のチョウ類の場合にも当てはまる。原始的な斑紋はメスに、また翅の表面ではなく裏面に残るという傾向も明らかになった。 |
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