59年4月、三島駅から満開の桜並木の坂道を上っていくと、遺伝研の古い木造の建物がありました。戦争中に飛行機を造っていた工場を仕切って顕微鏡を持ち込んだだけで、本当に何もない。暖房はおろか少し前まで水も出なかったという。やめて帰ろうかと思ったほどです。
私を採用したのは、ネズミの染色体の専門家で、細胞遺伝部門の吉田俊秀先生です。マウスやクマネズミの遺伝的な変異を生化学的な方法で探究してくれと言われて、びっくりしました。東大とは逆に、今度は変異のあるほうですから。ともあれ、ここでのネズミとの付き合いが私の研究人生をつくりました。
当時の遺伝研は、木原均先生、酒井寛一先生、若かった木村資生先生などユニークな遺伝学者がいて、自由に議論する雰囲気でした。遺伝学は、メンデルの法則を中心に生物学の中で唯一法則をもっている学問ですから、論理的な議論が盛んで、ここならメカニズムの研究ができると期待が膨らみました。東大では生物の複雑性に悩まされていましたから。
まず、遺伝的に脱毛するマウスの、毛が抜ける時の生化学的な変化を調べました。いくつかの酵素が変動することはわかりましたが、結局、何が先に変化するのかがわからず平行現象です。もっと遺伝子に近い発現機構を研究したいと模索していました。
そうこうするうちに、アメリカの国立癌研究所に行っていた吉田先生が、マウス・ミエローマという癌細胞を持ち帰ってこられました。ミエローマは、γグロブリンというタンパク質を大量につくるので、そのメッセンジャーRNAも大量に出していることになります。このメッセンジャーRNAを取り出し、γグロブリンをつくらない培養細胞に入れたら、その細胞もγグロブリンをつくるようになるのではないか…。この実験が成功すれば、遺伝子の発現とタンパク質の対応がつけられるわけですから、メカニズムを明らかにしたいと思っていた私は、ミエローマに飛びつきました。
しかし、実験は非常に難しく、当時遺伝研にはメッセンジャーRNAを採った人などいませんし、器材もありません。外国の論文を読みながら手探りで実験するしかありません。それでも2〜3年の間にデータは出るようになりましたが、再現性が低く、泥沼に入り込んだ感がありました。 |
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遺伝子から見た
マウス亜種の分化と
実験用マウスの起源 |
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パキスタンやインド北部から中国の西部に棲息していた祖先型のマウスが、約100万年前に東アジアグループ、東南アジア〜中央アジアグループ、ヨーロッパグループに分化したことが、ミトコンドリアDNAを調べることでわかった。実験用マウスの遺伝子の9割以上はヨーロッパの愛玩用マウスに由来している。日本や中国の愛玩用マウスの遺伝子も少し実験用マウスに流れ込んでいる。
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MSM
日本産野生マウスから樹立した系統。他の実験用マウスに比べて、活発な行動を示す。 |
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Mol.Ten
北海道手稲山周辺で採取した野生マウス。南方系カスタネウス亜種のミトコンドリアDNAをもつのは、縄文人に付いてきたためかもしれない。 |
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Mol.Mmy
京都市郊外桃山で採取した野生マウス。耳が大きい。 |
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