70年代には、間接的な証拠を積み上げました。頭が動くと目を反対方向に動かして、網膜に映る外界の像がぶれないようにする前庭動眼反射という動きがあるのですが、小脳のプルキンエ細胞がこの反射の中継細胞につながっていることを見つけたのです。小脳でシナプスの可塑性が生じて送られる信号が変化し、それで、ぶれを正確に修正していると考えると、その回路がマーの理論にぴったりでした。
そこで、ウサギの眼球運動を起こさせる装置を苦労して作り、手探りで実験を始めました。細胞に微小電極を差し込んで、何十分も安定した観察を続けるのは難しいので、細胞の外側のいわゆるフィールド電位をとろうとしたのですが、小脳は電位が小さくて変化が見つけにくい。小脳に比べると10倍も電位の大きい海馬では、同じ方法で73年に長期増強と呼ぶ記憶の基礎過程が見つかりました。
80年代になって、発火指数をとることを思いつきました。これだと、、100ミリボルトの大きなスパイク信号を相手にするので非常に記録しやすい。平行線維と登上線維の2つのルートの信号を繰り返しぶつけると、平行線維からプルキンエ細胞への伝達がぐんと悪くなって、しかもそれが続くという結果が出ました。長期抑圧です。シナプスの可塑性はあったのです。
しかし、国際学会の反応はひどいものでした。自分たちが失敗したものだから反対ばかりする。ほとんど孤立状態でした。一つは実験の難しさ。1〜2時間も安定に記録を維持するには高度の技術を要したので、追試をしてもうまく出ない。もう一つは、有力な研究者が反対したので、ドグマができてしまっていた。マーの、ぶつかると強くなる長期増強に対して、その後アルプス(アメリカ)が、ぶつかると抑えられる長期抑圧を主張しており、私の結果は長期抑圧だったので、増強説をとっていたエックルス先生は、何ヶ月も口をきいてくれなかった。本当に認められるようになったのは、ようやく90年代になってからでした。
マーは、82年に白血病で亡くなりました。その少し前にブダペストの国際生理学会での私の発表を聞いたマーの友人のジレズ(ベル研究所)が、病床のマーに手紙で伝えたから喜んでいたはずだと、亡くなった後で教えてくれました。 |
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| 前庭動眼反射の実験 |
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a:二重連動回転装置を工夫して作り、測定した。図は、山本三幸(当時東大研究生)。1973年。
b:その回路。ものを見ながら頭を動かすと、内耳の中にある前庭器官が頭の動きを察知し、その信号が脳を伝わって眼球を動かす筋肉に送られる。この反射に小脳の片葉が直接つながっている。頭が動いた時に、ものがぶれて見えると、網膜から出た誤差信号が登上線維を伝わって片葉のプルキン細胞に送られ、前庭器官から苔状線維を経て平行線維から入る信号を抑えるので、筋肉に送られる信号が変わる。
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