団先生の発生学の授業は3年生になると受けられるので、昼だけでなく夜間部にも出席して軽快な講義を聞いていました。先生は独創的な研究をしなさい、そのためには研究に最適な材料を選び、新しい独自な方法を開発しなさいと教えて下さった。実習の時間には、カエル一匹渡されて、文献を読まずにどんな小さいことでもいいから発見しなさいとか。勉強嫌いの僕の研究姿勢はこれで決まりました。独自に考え最初に発見すれば勉強をしなくてすむ。
この頃、三崎の臨海実験所での実習でウニの卵割をスケッチしたノートに、分裂中の2つの割球の間に矢印をつけて、これは何だ?と書いてある。ウニの発生を観察したら、ほとんどの学生は形ができ上がっていくダイナミックな細胞分化に興味を持つものだけれど、僕は細胞が増える基本的なしくみに興味をもっていたので、分裂の時のくびれに注目したのです。その後、研究の対象は細胞から“細胞内の細胞”であるミトコンドリアや葉緑体へと移りますが、ずっと「くびれ」にこだわって見続けてきたのが僕の研究生活だったな。
二重らせんモデルに続き、ATGCの並びが暗号になってタンパク質が作られることがわかり、生物学に革命が起きていることは学生でも実感しましたね。生命現象を分子、とくに遺伝子で解き明かさなくてはならない。細胞分裂を制御するのも遺伝子に違いないけれど、遺伝子は分裂中は染色体の中にある。これはどういう意味なんだろうと不思議でしたね。そこで、染色体内の遺伝子の正体を知るのが先決と思って、卒研では電子顕微鏡を使って染色体内の遺伝子を観察しました。大学院からは東大の田中信徳先生の細胞遺伝学研究室に移り、染色体数がn=3と少なくて観察し易いキクの一種クレピスを使って染色体の複製機構を調べました。ミクロオートラジオグラフィー(*註2)という方法で調べたら、3本の染色体は小さい方から大きい方へ、1本の染色体内では末端から動原体の方向に向かって複製が進むことがわかりました。 次に未知だった間期核(*註3)の染色体挙動を観察したいと思いましたが、方法がなかったので超高分解能の電子顕微鏡オートラジオグラフィー法(*註4)を開発しました。必要なら自分で技術を開発するんだと教えこまれていますからね。この方法により間期の染色体DNAのダイナミックな弛緩と凝縮を明らかにしました。この時撮った写真にはヌクレオソーム構造(*註5)がハッキリ写っている。この構造をもっと追求していればヌクレオソームの発見者になったのに。もったいないことした。見えてないんですよ、写っているけど。同じようなことは幾つかありました。遺伝子の塩基配列を電子顕微鏡下で決定しようとグアニンに特異的に結合する金属を使ってみたり、核小体の機能を調べようと今でいうin situハイブリダイゼーション法を考案したりと、先駆的な実験を行っていましたが、もう一歩ネバリが足りなかったんだな。大分経ってから外国人によって開発され、今世界中の研究室で使われてますね。
博士課程の終わりには、いわゆる70年大学紛争、そして大学改革と学生運動が盛んになり、僕は代表者として教授との論争の先頭にたっていた。そんな生意気な学生だったけど、博士論文発表会の後、いつもは対立している古谷雅樹先生が君の研究はユニークで面白いと声をかけて下さった。教育者ってこういうものなんだと思いましたね。今も心に残っています。
70歳を越えた両親が東京に留まってくれと頼むので、都立アイソトープ総合研究所に就職しました。配属先が放射線安全課で、所長から基礎研究を止められた。この時は、課長が説得してくれたおかげで倉庫を片付け、ヒト染色体への放射線の影響についての研究を始められました。ここで原子炉と関係が深いトリチウム水が染色体に異常を起こすことをはじめて見つけ、世界的な話題となりました。今では放射線の管理規定に盛り込まれています。
もうちょっと自由に研究したかったので、岡山大学理学部の武丸恒雄教授の助教授に思いきって応募しました。実は、その直前に岡山での講演会の帰りに、旭川に鮎が大挙して遡上しているのを見てしまったのですよ、また釣り熱がでちゃったんだなぁ。もちろん、それが岡山への応募の第一の理由じゃありませんよ。でも鮎も大いに魅力だった。
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| [註2:ミクロオートラジオグラフィー] |
| 細胞内の放射線で標識された物質を写真乳剤に感光させ光学顕微鏡で同定する方法。 |
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| [註3:間期] |
| 1細胞周期は分裂期と間期に分かれる。間期はG1期、S期(DNA合成期)、G2期からなる。 |
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| [註4:電子顕微鏡オートラジオグラフィー法] |
| 細胞内の放射線で標識された物質を写真乳剤に感光させ電子顕微鏡で同定する方法。 |
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| [註5:ヌクレオソーム構造] |
| DNAは核内に裸の2重らせん構造としてではなく、タンパク質とともに規則的に折り畳まれて入っている。真核生物のDNAに共通してみられる、DNAの折り畳み基本単位構造。 |
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大学院時代。手前から2人目。一番手前は東江昭夫氏(東大教授)。左端は磯野克己氏(神戸大名誉教授)。 |
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