アメリカでの研究生活は思う存分楽しみましたし、高次の生命現象の研究への準備もできたのですが、帰国して東大へ戻ればバクテリアの研究室ですから、そのままではテーマを変えるわけには行きません。近藤君は岡田節人先生の下で発生を、坂野君は利根川進さんのところで免疫の研究をバリバリやっていましたから、ちょっと焦っていました。そうは言っても、日本ではまだ分子生物学の手法で多細胞の研究をする場が多くはありませんでしたからそのようなポジションを見つけるのは難しい状況でした。その頃岡田節人先生が基礎生物学研究所の所長になられて、基礎生物と言うからには植物の研究が必要と考えられたのです。分子生物学の流れは多細胞生物に移っていると言いましたが、それは動物の話です。岡田先生は発生研究に分子生物学をとり入れる必要性を早くから主張なさっていた。学問を見る眼のある方です。そこで、植物研究にも積極的に分子生物学をとり入れなければいけないと思われ、志村先生が基礎生物学研究所の客員教授に就任されるに当たって、その具体化を依頼されたわけです。志村先生は学生時代、木原均先生(註2)の弟子になろうとされ、これからは分子生物学だと言われて京大植物学教室の芦田先生(註3)についたという経歴を持っておられます。それで岡田先生は、志村先生が適任だと思われたんでしょう。考えて見れば遺伝学の始まりはメンデルのエンドウの研究。ここから遺伝子という概念が生まれたわけですが、その後モルガンがショウジョウバエで染色体上に遺伝子が並ぶ地図を作るなど遺伝学はショウジョウバエをモデルとして進んできたわけです。植物はイネの品種改良など、実用面で遺伝学が重要視されましたが、基礎研究は主として生理学、とくに植物ホルモンの研究が盛んでした。動物のように分子遺伝学を進め、それを他の生命現象へ活用するという流れは植物には少なかったのです。光合成に関する遺伝子、染色体にあるヒストン遺伝子などの研究は進んでいたのですが、より広い基礎研究が必要で、それに適したモデル植物を探す必要がありました。志村先生がシロイヌナズナに眼をつけられ、基礎生物学研究所の研究室で実際に研究する人間として私に話を持ってきて下さいました。私はこれまで植物とはまったく無縁だったのですが、どうせ変わるなら思いきって新しいことをやろうと思いました。 |