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原始生命はいかにしてたんぱく質をつくったか?:渡辺公綱
Experiment
原始生命はいかにしてたんぱく質をつくったか?
原始生命はいかにしてたんぱく質をつくったか?:渡辺公綱
生命のさまざまなはたらきにとってなくてはならない物質、たんぱく質。
いったい生命は、いつからどのようにしてたんぱく質を使うようになったのだろうか?
大胆な発想で、たんぱく質合成の起源に迫る渡辺教授の研究。
 地球上に生きている生命体は、ごく大まかに言えば、たんぱく質と核酸(DNAやRNA)という2種類の物質でできている。たんぱく質は生命体の形をつくり、その活動に必要な機能を担い、核酸はたんぱく質の生産の情報を担う。
 現存の生物では、DNA上の遺伝情報は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)という形でRNAに写し取られ、それがたんぱく質のアミノ酸へ配列へと翻訳される。この「DNA→RNA→たんぱく質」という流れは「セントラル・ドグマ」と呼ばれ、現在の地球上の生物すべてにおける情報発現の基本ルールとなっている(図)。
 現存の生物のたんぱく質のつくり方
DNAの塩基配列は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に写し取られ、次にmRNAの塩基配列(遺伝暗号)に合わせてトランスファーRNA(tRNA)がアミノ酸を運び、リボソーム内でつなぎ合わされてたんぱく質ができる。
 ところが、最近の研究から、地球上に登場してまもない頃の生命体は、DNAやたんぱく質を使わずにRNAだけでできており、それが情報と機能の両方を兼ね備えていたという説が登場した。それは「RNAワールド」仮説と呼ばれるが、きっかけとなったのは、80年代初めのRNAがたんぱく質と同じような触媒機能をもつ(酵素としてはたらく)という発見だった。
 しかし、酵素としてはたらくといっても、そのようなRNAの種類や効率には限界があったために、どこかでより機能しやすくかつ効率のよいたんぱく質に、その役割を譲り渡したと考えられている。すると、RNAの情報をたんぱく質へと読み換えるプロセスである「翻訳(たんぱく質合成)」のメカニズムの発生が生命の進化に必須であったということになる。
 この状況は実験的に検証できるだろうか?
 細胞の中でたんぱく質ができるとき、素材であるアミノ酸は、リボソームという、たんぱく質とRNAの複合体の上でつなぎ合わされる。そのときに、メッセンジャーRNA上の遺伝暗号に合わせて、アミノ酸を運んでくるのがtRNA(トランスファーRNA)と呼ばれるRNAである。
 私は大学院時代以来ずっとtRNAの構造と機能の研究を行ってきた。その理由は、翻訳に関与する種々のたんぱく質やRNAの中で、tRNAこそが核酸に書かれた遺伝情報をたんぱく質へと変換する役割をもつ、もっとも中心的な「情報変換分子」だと考えたからだ。リボソームは、たとえ多くのたんぱく質とRNAでできていても、結局は2個のtRNAを適切に配置するための場を提供するのが、主な役割なのだろうと考えていた。
 そこで10年ほど前に「RNAワールド」の仮説が現れた。私はその話を聞いたとき、もしも本当にRNAワールドから今のようなたんぱく質に頼る世界への変化があったのならば、必ず翻訳プロセスの大部分がRNAだけで営まれていた時期があったはずだということを、すぐに考えた。ならば、現在のRNAにもそのような機能が隠されている可能性があり、それをうまく発掘することが翻訳系の起源を検証することにつながるかもしれない。
 このような発想から2つの戦略を立てた。1つは現存する生物の中からもっとも簡単な翻訳系を探し出し、そこから翻訳系の原型を類推することである。これは1980年に動物のミトコンドリアで片腕のないtRNAが発見され、こんな不完全なtRNAがどのように機能するのかに興味をもったのがきっかけである(図)。その後tRNA以外のリボソームやmRNAなどもミトコンドリアでは単純化されていることが明らかになり、現在これらについても調べている。
 ミトコンドリアのたんぱく質をつくるのに使われる原始的なトランスファーRNAの2次構造(上)と3次構造(下)。普通のもの(一番左)に比べて、やや2次構造が変わっているもの(左から2番目)や腕の少ないもの(右2つ)が存在するが、いずれも同様の立体構造をとる(コンピュータ・グラフィックス)。(図=渡辺公綱)
 もう1つは、もっと直接的に、現存の翻訳系から、できるだけたんぱく質を除去したりRNAを切り縮めていって、どこまで単純化した系が組み立てられるかを調べるやり方である。
 これは、高分子合成の専門家で、バイオに学んで新しいポリマーをつくろうと、たまたま会社から研究生として参加した新田至氏(現助手)に負うところが大きい。彼が目をつけたのは、有機化学で触媒としてよく使われるピリジンであった。リボソーム上でtRNAに結合したアミノ酸同士を連結する反応は、有機化学反応としてみれば、ピリジンが触媒する反応と同じだというのである。そこで彼は、大胆にもリボソームを含む翻訳系からこれまで反応に必須と考えられていた酵素たんぱく因子とエネルギーを除去し、代わりにピリジンを加えたところ、果たして鋳型(mRNAのこと)を読んでアミノ酸をつなぐ、これまでの水溶液中と同じ翻訳反応が起こることを発見したのである。さらに大部分のたんぱく質を除去したリボソームでも、わずかながら翻訳能を保持している。
たんぱく質合成の主役−トランスファーRNA
リボソーム上で2個のトランスファーRNAが遺伝暗号を読みアミノ酸を連結する様子を示している。
東京大学渡辺研究室・河合剛太博士による。カリフォルニア大学サンフランシスコ校コンピュータ・グラフィックス研究室によるプログラムMidasPlasを用いて作成。
 最近ではこの実験をさらに進め、鋳型の存在には無関係ながら、リボソームから完全にたんぱく質を除去したリボソームRNAでも、ピリジンがあればアミノ酸の連結反応が起こることもわかった。リボソームRNAの代わりに同じ配列をもつ合成RNAを使っても同じ結果が得られるので、少なくともこの部分反応はRNAだけで進行することは間違いない。
 こうして、RNAを主体とする翻訳系が構築できるのではないかという明るい展望が開けてきた。
 すると次の問題は、そもそもRNAを主体とした翻訳システムがどのように地球上に出現したのかである。原始地球上には、簡単な無機物から放電や熱でできた、RNAやたんぱく質の部品であるヌクレオチドやアミノ酸は十分に存在していて、そこから鎖長4-50のRNAは自然にできていたと考えられている。そのような何種類かのRNAが混在した中から、tRNA、mRNA、リボソームRNAの原型ができあがり、やがて原始的な翻訳反応が始まったのではないかと思われる。今はすべて推測にしかすぎないが、同様の状況を実験で再現しようという試みは、すでに多くの研究者によって始められている。
 このように生命の起源という大問題でも、「RNAワールド」仮説やRNAを主体とする翻訳系の実験的検証といった実験レベルの課題を追求していくことによって、科学的なメスが入れられるのではないかという希望を抱きながら研究を進めている。
(わたなべ・きみつな/東京大学工学系研究科化学生命工学専攻教授)
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