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Special Story

雄と雌が決まる仕組み
魚から鳥,哺乳類まで

性転換は魚の得意業:長濱嘉孝

魚類の生殖様式はじつにさまざまである。雌雄異体が一般的だが、卵巣と精巣を同時に持つ雌雄同体の種もある。また、ここで紹介するハワイ産ベラのように、自然条件下で性転換をする種も少なくない。この魚の雌は全長6cmに成長すると(生後1年以内)、成熟し産卵を始める。散乱を繰り返しながら性徴を続け、2年後に12.5cmほどになると性転換し、雄(二次雄)となる。もちろん、生まれつきの雄(一次雄)もいるので、雄には2種類あるわけだ。

一次雄は大きさが雌と同じなので、外見では両者は区別できない。一次雄と二次雄は大きさも体色や尾鰭の形態も違うので容易に見分けられ、さらに両者は性行動にも違いがある。一次雄は群をなして泳ぎ、産卵時には一尾の雌を皆で追って受精させるグループ産卵を行うが、二次雄と大型の一次雄は、サンゴ礁の周辺などに小さななわばりをもち、その中に一尾の雌を入れて1対1で産卵させるペア産卵を行なう。

水槽内で実験的に性転換を起こすこともできる。大きさの異なる数尾の雌を一つの水槽内で飼育すると、1ヶ月あまりで一番大きな雌が雄に性転換する。実験開始後、まもなく大きな雌の卵巣で大型の卵が消失しはじめ、やがて卵巣全体が小さくなっていくと同時に、生殖腺の周辺部に精子のもととなる精原細胞が出現し、やがて完全な精巣が形成される。おもしろいのは、性の転換は、大きい雌が自分より小さな同種の仲間が近くにいることを眼で見ることが引き金になるらしいのだ。小さい魚から性転換促進物質が出るのでもないし、相互の接触によるものでもないことは証明されている。

最近の研究から、性転換には性ホルモンが重要な役割を果たすこともわかってきた。エストロゲン(雌性ホルモン)は、アロマターゼという酵素の働きにより合成される。性転換を起こす前の雌では、この酵素の活性が強く、卵形成に必要な十分量のエストロゲンがつくられている。一方、性転換が起こる条件に置かれた雌では、この酵素の遺伝子の発現が急激に抑制され、エストロゲンの分泌が急激に減少する。その結果、卵が消失し、構造的には雌雄の区別がつかない生殖腺となる。しかし、この状態は長くは続かず、すぐに合成されるアンドロゲン(雄性ホルモン)の働きで精子形成が始まり、成熟した精巣となる。

このように、これまでは生態学的、社会行動学的研究が主流であった魚類の性転換の研究も、分子・細胞レベルで研究できるようになってきた。今後、視覚刺激から卵巣での遺伝子発現調節に至るまでの道筋が解明され、遺伝子から社会行動、生態学までつながるストーリーが書けるだろう。この過程に脳・神経系が関わることを示唆する報告もあり、ベラの性転換の研究が総合的な生物学への一つの道をつくる可能性がある。

①~④性転換にともなって変化する生殖腺の様子。卵(たとえば白矢印)が次第に消失し(1から3へ小さくなっている)、精子が作られるようになる。4の右上や左下に見える小さな点々(たとえば黒矢印の部分)が精子。

性転換中のアロマターゼ(雄性ホルモンを雌性ホルモンに転換する酵素)遺伝子の発現レベルと血中のエストロゲン(雌性ホルモン)の量。性転換にともなって次第に下がっていく。        
(写真およびグラフ原図=長濱嘉孝)

(ながはま・よしたか/基礎生物学研究所教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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