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Special Story

光合成 ─ 生きものが作ってきた地球環境

新しい光合成色素の獲得と植物の進化:田中歩

生物の体内では色素がいろいろな役割をしている。 日焼けすると合成されて太陽光吸収に役立つメラニン。赤血球にあって酸素を運ぶヘモグロビン。 そのなかで葉緑体のクロロフィルは、光エネルギーを生きものが利用できる形に換える。 この色素に注目したところ、新しい植物進化の道筋が見えてきた。

 

光合成色素と進化

地球上には、強い太陽光が直接届くアルプスの岩の上や、地表の1%の光しか届かない水深150mの海中など、さまざまな光環境がある。光合成生物はこのように多様な環境のほぼ全域に生息している。異なる環境の中で生きるには、それぞれの場所の光の色や強度に適応した色素系をもっていなければならず、事実、光合成生物の色素系は多種多様である。それらのもつ色素系を比較し、その進化を知ることは植物の進化の理解にとって大変重要である。植物はどのように新しい色素系を獲得したのだろうか。ここでは、クロロフィルabを例に、光合成色素系の進化をみていこう。

分子系統を調べて色素系の多様化を研究

陸上植物と同じ光合成をする原核生物としては、クロロフィルaをもつシアノバクテリア(ラン藻)と、クロロフィルabをもつ原核緑藻(りょくそう)が知られている。クロロフィルbは陸上植物とその起源となった真核緑藻にはあるが、同じ真核生物である紅藻(こうそう)や褐藻(かっそう)にはない。クロロフィルbはいつどこで生じ、これらの生物の中でどう変わっていったのだろう。

クロロフィルbはクロロフィルaから2つの酵素反応を経てできることがわかっているので、その反応に関する酵素の遺伝子(CAO遺伝子)を用いて系統解析を行なった。その結果 、原核緑藻と真核緑藻および緑色植物のCAO遺伝子は独立に獲得されたのではなく、共通 の起源をもつことがわかった。つまり、原核緑藻やラン藻の共通祖先は、クロロフィルabの両方をもっており、ラン藻、紅藻、褐藻は進化の過程でクロロフィルbを失ったことになる。

これは、従来別の方法で調べられた結果から出た考え方とは異なる。新しい生物群の確立が、特定の光合成色素の獲得ではなく、失うことによって起きたことを示しているのだ。

実験室で光合成の進化を再現する

光合成色素はタンパク質と複合体を形成している。色素配置や種類が変わると、光エネルギーを利用できなくなるので、タンパク質内の色素の位 置と種類は厳密に決まっていると考えられてきた。しかし、よく考えると、進化の過程で、どうやって光合成生物が新しい色素の獲得を予想し、それにぴったりなタンパク質をあらかじめ準備できたのかという疑問が湧く。しかも多くの場合、タンパク質と結合していない遊離の色素は活性酸素を発生するため、生物にとって大変危険な分子なのだ。これらの点が新しい色素獲得過程の理解を難しくしてきた。分子系統学の解析によって、色素系の進化の道筋を知ることはできたが、これだけでは、実際に新しい色素がタンパク質に取り込まれ、機能していく様子を知ることはできない。そこでクロロフィルbやそれと結合するタンパク質をもたないラン藻にCAO遺伝子を導入し、クロロフィルbが初めて入った細胞内で何が起きるかを調べた。

先に述べたように遊離のクロロフィルbは細胞にとって毒性をもつので、CAO遺伝子を入れたラン藻は直ちに死ぬ だろうと考えた。しかし予想に反して野生型と同じように増殖したのだ。そこで、クロロフィルbの細胞内での存在状態を詳しく調べたところ、本来クロロフィルbとは結合しないとされてきたタンパク質に取り込まれ、しかも通 常行なわれているように、捕捉した光エネルギーを近傍の色素に伝達することが証明された。このことから、進化は次のようにして起こったと考えられるのではなかろうか。

最初にクロロフィルaをもった原核型光合成生物(酸素発生型光合成のごく初期のもの)がCAO遺伝子を獲得し、クロロフィルbを合成するようになった。合成されたクロロフィルbは既存のタンパク質に取り込まれ、これまでは使えなかった光の波長を光合成に利用できるようになった。その後、クロロフィルbとより効果 的に結合する現存の結合型タンパク質が誕生し、クロロフィルbはそのタンパク質に取り込まれるようになり、現在のような色素系が誕生した。このようなストーリーだ。

CAO遺伝子を入れてみるという実験から予想もしなかったシナリオが出てきたわけだが、これはクロロフィルbの獲得過程ばかりでなく、光合成の進化途上にみられる他の出来事に応用が可能であり、今後、光合成の全体像を知るための有効な手段になると思う。 

遺伝子の獲得による進化

色素合成遺伝子の複数回の獲得に基づく仮説。

進化の再現実験?

反応中心タンパク質の中の色素の位 置は厳密に決まっている。アンテナ色素は受け取った光エネルギーを反応中心色素(特別 に色素が2つ組み合わさっている)にエネルギーを渡す役割をしている。クロロフィルbをもたないシアノバクテリアにCAO遺伝子を導入し、クロロフィルbを作らせると、反応中心タンパク質に取り込まれ、きちんと機能することがわかった。

田中歩(たなか・あゆみ)

1953年京都生まれ。北海道大学低温科学研究所教授。光合成とくに光合成色素代謝からみた光合成生物の進化や環境への適応機構を研究している。共著害に「生命を支える光」(共立出版)がある。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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