
「呼吸よりも光合成が先にあった
というのが意外です」 |
地球と生命の歩み寄り
川上―――オサムシ展示を見て,虫の歴史を追っていた ら大陸移動と結びついてきた面
白さを知り,地球の歴史 を追っているうちに生物にも眼が向くようになった僕とち
ょうど反対向きで,ワクワクしました。
中村―――当初は予測しない結果でしたが,地面の上 にいる虫を調べれば地面
がわかるのは当然ですよね。 学問が地学だ生物学だと分かれていただけなので,こ
れからはどんどんつながっていくと思います。ところで, 地球への関心はどういうところから始まったのですか。
川上―――卒業研究で木星の衛星イオを扱ったのです が,小さな星ですから全体が対象になる。潮の満
みち干ひは測地学,火山は火山学,天文学はハワイの望遠鏡観 測で行ない,その断片的知識を総合して,イオとはどういう星かを考える研究でした。当時,地球研究はどんど
ん細かいことに向かっていたのですが,イオでは全部つ ながった。
中村―――小さなイオだからこそできたのかもしれない けれど,地球でもできるはずだという感じをもたれた。

「地球環境を大きく変えた
光合成が行なわれる場,
葉緑体を表した作品の前で。 |
時間と空間の積層
川上―――大学院では,惑星誕生のプロセスを知ろうと, 氷や岩石に玉
をぶつけて壊す,天体衝突のシミュレーシ ョン実験をしました。イオの研究とこの実験から,地球に
ついて,その誕生から現在に向かうベクトルと,地層や 化石を使って現在から過去に遡る研究をつないで,筋
が通る物語にしたいという目標が生まれました。
35 億年,38 億年前の古い岩石が採集されて使えるよ うになったのが幸いしました。それが生きものにつなが
ったきっかけは,カナダのストロマトライトの縞々の石を 見て,19 億年前にそれが実際に生きていた様子を知り
たいと思ったこと。幸い日本の温泉に,それを知る手が かりがありました。
長野や岐阜の温泉に,光合成をするシアノバクテリア のマットがあって,温泉の石灰質と共に縞々の沈殿物を
作っている。しかも,生物の層も縞を作っているのです。 表面は生産者である緑のシアノバクテリア,1
枚めくると オレンジのバクテリアが漏れた光を使って生きていて, その下にはまた違ったのがいて,一番下に分解者。微
生物生態系の層構造がありました。
中村―――その場合,空間的層構造が同時に時間的層 構造としても読み解けるのですね。「縞々学」は,自然界
の層構造から空間と時間のつながりの物語を読んでい くわけでしょう。
川上―――そうです。時間にも一日,一年のリズムから, 数万年,数億年の長期間のサイクルがあり,さまざまな
周期の重なりが見えてきます。
中村―――生命誌の場合,ゲノムに層構造を見ていきま す。進化に始まり,個体の一生,生体のもつ周期など,
複数の時間軸があります。複数の時間を組み込むから 「誌」なのですが,現代社会はこういう時間を意識してい
ません。これからの生き方に提案したい視点です。

中村副館長 |
地球と生命の大事件
中村―――生命誌の中で,エポック・メイキングな事件 は,生命の誕生,人間の誕生などいろいろありますが,
最大は真核生物の誕生だと思います。そこから多細胞 生物が生まれ,人間も生まれた。そのポテンシャルは,
最初の真核細胞にあったのです。現実にわれわれはそ こから出ている。原核細胞の共生の結果
,真核細胞が 生まれたことを考えると,共に関係し合いながら生きて
いく生物独特のシステムの原点でもありますし。
川上―――地球の側から生物を見ると,やはり光合成が 大きい転換ですね。地球環境を大きく変えました。それ
より前,まず地球が46 億年前,火星の場所でも,金星の場所でもなく,ちょうど良い所に生まれたこと。次は,内
部が分化し,マントルと核と地殻とに分かれて,水惑星 だったけれど,そこから陸と海ができたこと。大陸はす
でに44 億年前にあったというのが,『Nature 』最新号に出 ていました。
中村―――生命は38 億年前に存在した証拠があるので, そこを誕生と言っていますが,その前にすでにいたかも
しれません。触媒作用を受けやすい陸と海の境目は生 命誕生に結びつきそうですし,大陸誕生と生命誕生の関
係を考えると,大陸がそんなに早くからあったというのは 面白いですね。

川上紳一さん |
スノーボールと生きものの存続
川上―――6 億年前に地球がスノーボールになったとい う面白い仮説が,今盛り上がっています。地球全部を氷
で覆ったら,太陽光をはね返して凍ったきりのはずなの で,そんなことはないと気候学からは否定されてきたの
ですが。
中村―――6 億年前というとカンブリア紀のちょっと前,
そんな時に地球上の赤道付近まで全部凍ったのですか。
川上―――はい。ハーバード大学のポール・ホフマンと いう地質学者の説です。一緒にナミビアに調査に行き,
6 億年前の氷河堆積物を見たら,上に石灰岩が乗って いるのです。石灰岩というと珊瑚礁
のような環境ですか ら,北極が突然赤道太平洋になったような気候の激変が
なければ説明できない。同様の氷河堆積物が世界各地 にあるので,地球が雪だるまになったのだろうと考えら
れます。それが溶けるには,火山のガスから放出される CO2 が今の350
倍くらい大気に溜まればよい。すると一 気に温暖化してサウナ状態になり,CO2
は海に溶け込ん で石灰岩に溜まる。だから,氷河堆積物の上に石灰岩
が乗っているというわけ。でも数百万年間海が凍ったら, 生物はどうなるのかというのが,今最大の問題です。
中村―――池なら氷の下で金魚は生きていますけど, 100 万年は……。
川上―――深海底に熱水噴出孔がありますからね。
中村―――カンブリア大爆発の少し前なので,多様化の 準備はできています。深海の熱水鉱床で,ミネラルや死
骸の有機物を使った安定生態系ができ,100 万年くらい して暖かくなり,多様化し浅海域に上がったというイメー
ジでしょうか。
川上―――そうでないと,今,存続していないことになり ますよね。生物の放散は何が引き金になるのですか。
中村―――オサムシの研究からも,ゲノムに変化が蓄積 し,新しいニッチが生まれた時に,実際に多様化する姿
が見えています。このスノーボールを認めれば,カンブ リア大爆発もこの環境の激変が引き金の可能性の一つと考えることもできますね。形態の多様化に必要なゲノ
ムの多様化は9 億年前にすでに起きていますから。
川上―――地球誌と生命誌の関連から見て面白い地層 といえば,兵庫県,京都北部や岐阜県,愛知県に,古生
代の石炭紀から中生代ジュラ紀の堆積物があります。プ レートの沈み込みでできた地層で,古生代末の大量
絶滅 時に溜まった層が,有機物に富んだ真っ黒い泥岩として 入っている。P/T
境界といって,恐竜絶滅で有名なK/T 境界の1 つ前の地質時代の大境界です。
中村―――そんな面白い所が日本にあるとは。残念な がら知られていませんね。どんな化石が出るのですか。
川上―――2 億5000 万年前頃の放散虫という微化石や コノドント化石です。この時期にはフズリナやウミユリな
ど,海生無脊椎動物が9 割方絶滅したのです。
中村―――大事な絶滅の記録ですよね。そういう場所は 日本だけですか。(注※)
川上―――その時代の地層は,パキスタンやオーストリ アなどヒマラヤからアルプスにかけてたくさんあります
が,皆,浅い海の堆積物で,太平洋の真ん中のような深 海底に溜まった地層は日本にしかありません。

P/ T 境界で海洋が酸素欠乏状態に
なったことを示す暗黒色の地層。
岐阜県鵜沼の木曽川河床。
(写真=白尾元理) |
地球と生命のエネルギー
中村―――生命誌は,社会のありようや,人間が自然の 一員としてどう生きるかという問いも含めて考えていま
す。多様性と複数の時間を意識することは,一本線上で 競争して,一歩でも速く行こうという考えから人々が抜け
出し,生き方や社会の価値観を変える,大事な物差しで すね。自然を見ていると,当たり前のことですけれど。
川上―――地球温暖化を大変だと言う時も,尺度が非常 に短い。地球の気候や環境は常に揺らいできたのです。
それをよく見てその中でうまく生きないと。今は,変動し ないようコントロールしようとしている。
中村―――CO2 濃度や温暖化を騒ぐより,
この100 年間 の生き方,エネルギーの使い方を考え直さなければ。光
合成は,地球環境をも変えた大きな力ですし,分散型で 再生可能エネルギーをうまく使うのは21
世紀のテーマだ と思い,今回取りあげたのです。
川上―――短いスケールで考えて,どんどんエスカレー トしてきた感がありますが,21
世紀の日本は,大量消費, エネルギー浪費ではなく,太陽の恵みや生物が使ってい
る循環型のものをうまくコーディネートしたい。
中村―――地球を埋蔵資源でしか見ていませんが,火 山活動,潮の干満というダイナミズム,そのうえでの生物
の活動を見ると,新しいことがたくさんできますでしょう。 その発想が,地球誌,生命誌から出ていくといいですね。
とくに日本は火山や地熱などのエネルギーにも富み,緑 や水や光も充分にあるのですから。
川上―――生命誌や地球誌が共通のベースとしてあれ ば,40 億年の過去の経緯を理解したうえで,次にどうす
るべきかを考えられて面白いですよね。
(注※)この対談後,この絶滅
は巨大隕石の衝突が原因 らしいというNASA (アメ リカ航空宇宙局)などの
研究成果が『Science 』に 発表された。まだ追試が 必要な段階のようだが,
こんな面白い場所,ぜひ 行ってみたいと思いませんか。 |
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