生命誌ジャーナル 2005年春号
Research ─ 研究を通して ─ :目次>大量絶滅 生物進化の加速装置
「語る科学」
大量絶滅 
生物進化の加速装置
東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学系 磯崎行雄
<プロフィール>
磯崎行雄(いそざき・ゆきお)
1955年生まれ。大阪市立大学出身。山口大学、東京工業大学をへて現職。専門は地球科学(大地の生い立ちを探るテクトニクス・大量絶滅事件などの生命史についての野外地質調査が主体)
 日本列島のでき方を調べていたら偶然みつけた大量絶滅の痕跡。2.5億年前の海底の様子をさぐると、地球の歴史と生きものの歴史が深く関わっていることが見えてきた。繰り返されてきた絶滅という視点から生きものの進化を考える。
  (1) 5回もあった顕生代の大量絶滅
(2) 古生代/中生代境界に起きた3つの事件
(3) 酸素欠乏の証拠を日本で発見
(4) 地球内にあった大量絶滅の原因
(5) 進化のきっかけとなる大量絶滅
(1) 5回もあった顕生代の大量絶滅
 38億年の生命の歴史の中で、化石として残りやすい硬い殻や骨をもつ生物が一斉に現われたのはほんの5.5億年前。ちょうど三葉虫があらわれた頃だ。そこで、それ以降を生物がいたことが明らかという意味で顕生代と呼び、それ以前の約40億年間に及ぶ化石不毛の先カンブリア時代と区別する。
図1:5回あった県政台の大量絶滅
クリックすると拡大図が見られます。
 顕生代はさらに、三葉虫などが繁栄した古生代、恐竜やアンモナイトが栄えた中生代、哺乳類などの新しいタイプの生物が発展した新生代の3つの時代に分けられる。これら3つの時代の間には、地球上のさまざまな環境にくらす多様な生きものが、世界中で、それも短期間のうちに消滅した大きな境界(古生代/中生代境界と中生代/新生代境界)がある。このように陸上の大型動物や植物、また海洋の魚類や各種プランクトンなどが一斉に絶滅することを大量絶滅と呼ぶ。パンダやクジラといった限られた地域の特殊な種の絶滅とは区別されるものだ。顕生代には少なくとも5回の大量絶滅事件が起きた(図1)ことがわかっているが、それぞれ様子が異なり、原因は共通ではなかったようだ。
 恐竜が絶滅した中生代/新生代境界事件の原因が巨大隕石の衝突であったことは皆さんもご存じだろう。衝突クレーターの発見や地層中の特異な元素濃集に加え、衝撃波、津波、山火事などの証拠も確認されている。1990年頃に決着したこの研究は欧米主導で、日本人研究者がほとんど関わらなかったのは残念だ。
(2) 古生代/中生代境界に起きた3つの事件
 5回のうち最も大きい大量絶滅は古生代ペルム紀末の2.5億年前におきた。三葉虫に古生代型サンゴ、ウミユリ、コケムシなどの海底固着型の生物、さらに有孔虫や放散虫といったプランクトン動物など、古生代の多様な生きものの多くがこの時一斉に絶滅した。陸上でも植物や昆虫類が絶滅し、海に暮らしていた無脊椎動物にいたっては90%近くの種が絶滅した。この規模の絶滅は特別だ。
 この背景には、地球規模での環境の変化があったとされるが、その原因はまだよくわかっていない。巨大隕石衝突説もその根拠の大半が疑問視されており、多くの研究者は地球全体の寒冷化による海水準の低下や生息域の減少、海水の組成の変化、大気酸素の減少、二酸化炭素過剰などに注目して、地球内に原因を探っている。
図2:3つの事件
 実はこの約2.5億年前頃とは、顕生代を通して一度きりしかおきなかった3つの大事件が同時におきた時なのである。一つは、巨大な超大陸パンゲアが分裂したことである。約3億年前にできた顕生代唯一の超大陸は2.5億年前に分裂して、現在のバラバラな大陸配置になった。二つめは長期間海洋で酸素が欠乏したこと、そして三つめは史上最大規模の大量絶滅そのものである。これらが偶然同時におきたとは考えにくい。3つの事件の間の因果関係を見つけだすことこそ古生代/中生代境界の謎解きにつながると考え研究をすすめている(図2)。
(3) 酸素欠乏の証拠を日本で発見
 古生代/中生代境界の環境変化を知るには、当時、地球表面の70%を覆っていたパンサラ(海洋)に堆積した地層を調べる必要がある。しかし、海洋中央部の深海に堆積した地層はプレートに運ばれ、やがて海溝へと沈み込むので、現存最古のプレートでさえ2億年前のものという状況である。大量絶滅当時の海洋プレートは地表にはない。
図3:岐阜県の付加体
黒い部分が海洋に堆積したチャート層
ところが、海洋プレートが沈み込む際にプレートの上面の一部が剥ぎ取られて、大陸側にくっついて残ることがある。大陸側に残った部分の中に、2.5億年前の古生代/中生代境界頃の深海堆積物があることが世界で初めて西日本から見つかった。古生代/中生代境界当時の海洋の中央部の深海で堆積したチャート層(註1)はその境界を挟んだ約2000万年間にわたって、海洋に酸素が不足していたことを記録していた(図3)。このチャート層は世界中の海洋底の代表層なので、酸素欠乏は全地球規模でおきたと考えられる。私はこの長期イベントを超酸素欠乏事件と名付けた。現在の海洋では、深海水と表層水とがたえず対流によってかき混ぜられているので、光が届かない深海であっても酸素は十分に溶けている。
(4) 地球内にあった大量絶滅の原因
図4:地球内の要因が絡まって起きた古生代/中生代境界の大量絶滅
クリックすると拡大図が見られます。
 超大陸の形成や分裂は、地球内部のマントルでおきる巨大な対流がひきおこす。対流といってもマントルをつくる固体岩石のゆっくりゆっくりした流動的かつ間欠的な動きである。この動きの大きなものは直径が2000kmに達し、スーパープルームと呼ばれる。マントル深部から上昇してきたスーパープルームは、その先端が大陸を持ち上げ、大陸は水平に引伸ばされて裂けてしまう。またプルームの先端が地表に近付くと、そこで岩石が溶けて大量のマグマが発生するため、超大陸の分裂場所は大規模な火山地帯になる。
 実際にパンゲア大陸が分裂を始めた古生代/中生代境界の地層には多数の火山灰層が挟まれている。スーパープルームが上昇した時、雲仙やピナツボの噴火とは比較にならないくらい激烈な火山活動がおきたのだろう。その結果、大量の粉塵やエアロゾルが大気中に広がり成層圏まで達し、長期にわたって太陽光を遮ったようだ。暗黒化のための光合成の停止や気候の寒冷化、あるいはその後の温暖化、さらに、火山からの有毒ガスの放出と酸性雨など、地球は大きな環境の変化にさらされた。このような急激な気温変化、大気汚染、食物不足などのために世界中の多様な生物が同時に危機を迎え、また未曾有の長期酸素欠乏事件がおきたと考えられる(図4)。2.5億年前の三大事件はこのように関連づけられそうだ。
(5) 進化のきっかけとなる大量絶滅
 大量絶滅と聞くと、生きものにとって嫌な出来事という否定的印象を持つ人が多いように思う。しかし、もし恐竜達が生き延びて、今も大きな顔をして地上を歩き回っていたなら、私達人類がこれだけ繁栄することはなかっただろう。同様に2.5億年前のプルームの活動や超大陸の分裂がなければ、あの恐竜達には出番がなかったかもしれないのである。大量絶滅は、それまでの生物の多くを根絶やしにするかわりに、その後の時代に新しい種類の生物を生み出す。隕石衝突であれ、プルームの活動であれ、環境劣化の原因はやがて消え去り、地球環境は生きものが暮らしやすい元の状態に回復する。すると、生態系に大きな空白がうまれ、幸運にも生き延びたたわずかな生物は、それを埋めるように急速に広がる。そこでの頻繁な遺伝子組み合わせの試みの中で、種の多様化が急速に進んだだろう。このように、大量絶滅は、既存の生物の消滅と同時に、進化の次の段階を促すアクセルの役割をもっている。過去に大量絶滅が、しかも何回もおきていなければ、私達は今ここにこの姿でいないはずである。また、生物が地球上に住む限り、今後も同じことは避けられない。巨大隕石衝突の確率は極めて低いだろうが、数億年スケールで活発化するマントル・プルームの間欠的活動は当分おさまりそうにない。現存生物の未来には、次の「氷河期」、「隕石衝突」そして「巨大プルーム上昇」が待ち受けている。地球は決して生物全体に、そして人類にやさしい惑星ではないが、一方で次々に新しい生物を生み出す活気あるすばらしい惑星とも言える。このような眼で地球や生命の歴史を更に調べていこうと思う。
INDEX
 
共生のしくみ−植物と土壌微生物の遺伝子ネットワーク:林誠
観察と表現:北地直子
Rsearch
 生命誌ジャーナル 2005年春号
CLOSE

Javascriptをオフにしている方はブラウザの「閉じる」ボタンでウインドウを閉じてください。