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(中村)
1910年代に発生生物学者、具体的には前館長の岡田節人先生の先生であるウォディントンが提唱したキャナリゼーション(註26)の考え方に取り組む時代になっていますよね。集団発生学はその具体化。
(倉谷)
ウォディントンの考えを察する研究者は今後増えていくでしょう。彼は、発生を坂道を転げ落ちる球になぞらえた(図3)。様々な遺伝子によって下からひっぱられた道は決して平らではなく、山あり谷ありですが、安定した場所で多少の外的擾乱やゲノムの変化が加わっても経路は乱れませんが、分水嶺に達した時は、わずかな揺らぎが大きく進路を変える。キャナリゼーションは、今の言葉を使えばゲノムが3%変わったからといって表現型が3%変わるわけではない。ゼロの時もあれば50%の時もあることを示したわけですね。
生体内で起こる小規模な変異、例えば高温のためにアミノ酸にごく小さな変異が起きた時などは、シャペロンのような熱ショックタンパク質(註27)のはたらきによって、タンパク質の形は保存されるわけで変異が中立化しますね。ところが外からの撹乱で、それまでに蓄積された中立的変異が全部表現型として噴出することもある。発生経路は安定化しているけれど、閾値を越えた撹乱が非線形の表現型の変化をもたらす可能性があるわけでしょう。
(中村)
より具体的にはなんでしょう。
(倉谷)
昆虫の多型はその可能性が高いですね。ある種のシャクガの幼虫は、タンニンをわずかに多く摂取すると葉に擬態し、タンニンの量が足りないと花に擬態する。生きものが潜在的に複数の発生経路を持っているとすれば、多型こそが本来の姿と言ってもいいと思うんです。ゆらぎは安定化をもたらすと同時に進化の起爆剤になる。ここが面白いですよね。熱ショックタンパク質がはたらかなくなったショウジョウバエの変異体で、いろいろな表現型を起こす実験が成功した時は驚きました。変異がたくさん起きており、それをなんとか抑えて我々が生まれてこられるんだ、生きていけるんだということがわかったわけで。
(中村)
少し前の時代までは、進化は実験的な対象にならないとされて、第一線からひいた年寄りが考えることとされていましたが、発生とつながることで面白くなりましたね。「エボデボ」、進化発生学の時代ですね。
(倉谷)
当事者としては、これからどう盛り上がっていけるのか心配ですが。今やるべきことは、先ほど言われたように、胚が淘汰される対象であるということを見定めて、進化的変化を発生プログラムの変化として捉えて踏み込んでいくことだと思っています。
(中村)
それに、データの意味をきちんと考えていかなければいけませんね。昨年の対談でも、大規模な予算をとって行う実験を1年間お休みして、皆で紙と鉛筆を持ち寄ってデータをきちんと考える時間を持ってはどうでしょうと言ったのですが、これ本気なんです。
(倉谷)
私もそう思います。「スクール」は古代ギリシャ語では「暇」を意味する言葉でしたね。
(中村)
学校は暇、つまり余裕があるから行くところですよね。暇のない人は学校なんて行っていられない。
(倉谷)
 漁や野良仕事といった1日の仕事が終わって、「さあ今日は仕事が早く終わって暇だから、あの変なおやじのところに話を聞きに行こう」と、哲学者と呼ばれる人のもとに集ったのが大学ですね。この社会の中で大学くらいは、多少の暇と余裕をもって研究をしていてもよいと思うのです。
(中村)
説明責任が問われて、専門家として大事だと思うこと、先を見つめたことができませんね。
(倉谷)
研究者を目指す若い人は、他の学生と比べて自分にわがままであると同時に、自分にとっての理想にとても敏感です。彼らの最終目標である大学教授が雑務に忙殺されているというのはあんまりです。以前に一緒に岡山大学へ赴任した阿形さんともそういう話をしていて、彼は「学生の前では嫌そうな顔をしてはいけない。教授が嫌そうな顔をしていたら、学生は何のために努力をしようと思うんだ。」とよく言っていました。
(中村)
阿形さんは、どんなにつらくても楽しそうな顔をしている。それはすばらしいことだけれど、本当はもう少しゆっくり考えることができる状況にならなければいけないと思っています。
(倉谷)
アカデミズムをしっかり作り上げたのは、ヨーロッパ、特にイギリスやフランスですね。その国の学者が皆、偉大かというとそうでもなく、名前が残っている人は数えるほどです。
(中村)
それで良いわけでしょ。一人もいないのは困るけれど、ある割合ですばらしい仕事が出るためには、ゆとりが必要です。
(倉谷)
例えばニュートンやダーウィンには、彼らの知見に賛同して広めていく人も必要ですし、反対の立場から議論を重ねていく人も必要です。
(中村)
歴史に残る著名人はわずかでも、そこに関わる人がたくさんいたから、学問ができたのですよね。もちろん、よい仕事をしたいというのが研究者の願いですが、それはお金と効率で生まれるものではないということ。カメやヤツメウナギからの面白い結果を期待しています。
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| 研究館実験室フロアーに掛けられたヘッケルの系統樹の前で。 |
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