生命誌ジャーナル

2012年間テーマ 変わる

化学合成生態系の進化を追う 
ロバート・ジェンキンズ 金沢大学

 水深200m以深の深海は海洋の90%を超えますが、暗黒、高圧、低温、貧栄養であり、従来生きものは少ないと考えられてきました。しかし、海溝域に点在するメタン湧水には、海底下から湧き出るメタンを微生物が有機物に変え、それを食べる貝やエビなどが生息する場である化学合成生態系が存在することがわかってきました。初期地球からの環境進化を追う手がかりと考えられます。
 化学合成生態系の移り変わりを化石で調査してきた古生物学者のロバート・ジェンキンズさんは、化石と現在の深海調査の知見とを合わせることでこの生態系の全貌を知ろうと考えました。新開発の深海巣穴型取り装置を用いたところ、海底の内部は思いがけず生きものだらけでした。

1. 深海の海底下を目指して

写真1:メタン湧水のようす

相模湾初島沖の深海底。シロウリガイなどの貝類が高密度で生息する。

 深海とは、水深200mよりも深いところを指し、その面積は全海洋の90%を超える。海洋の平均水深は約3800mと富士山が入る深さだ。深海は高圧、低温のうえ、到達する有機物は海洋表層でつくられる有機物量の数%に過ぎない貧栄養なので、砂漠のような生物のいない世界である。ところが、そんな深海砂漠の中、海洋プレートが生まれる海嶺や、逆にプレートが沈み込む海溝域に"オアシス"が点在している。海嶺には熱水が、海溝にはメタン湧水がある。"オアシス"と言ったが、実は、毒性の強い硫化水素が充満しているので、シロウリガイ(二枚貝)など、それに耐性のある生物しか棲めない(写真1)。シロウリガイでは、エラの細胞内に共生するイオウ酸化細菌が、硫化水素と酸素との反応による化学エネルギーを用いて有機物を合成している。シロウリガイはこの有機物を利用しているのである。まさに毒をエネルギー源にしているわけだ(図1)
 このように、無機物の反応で得られる化学エネルギーから有機物を作り出す微生物を化学合成微生物と呼び、それを一次生産者とする生態系を化学合成生態系と呼ぶ。化学合成生態系は初期の地球から存在し続けているだろうと言われており、私はその全貌を明らかにしようと研究を始めた。シロウリガイは海底から顔を出しているので潜水艇で比較的簡単に発見できるが、それ以外にも海底下に潜っている生物はたくさんいる。そこで、相模湾の初島沖水深1173mで海底の巣穴の型取りに挑戦した。

図1:メタン湧水生態系のしくみ

メタンから始まる独自の生態系が深海底には点在している。

2. 地質時代のメタン湧水生態系の復元方法

 研究成果に入る前に、地球の時間を遡り、研究の意味を語っておきたい。私の専門は古生物学であり、普段は、海底が隆起して陸になった場所で化石を採集している。日本は数億年にわたってプレート境界に位置しており、地球の変動の歴史を刻みこんでいるので、海溝に点在するメタン湧水の記録も豊富にある。そこから化学合成生態系を復元したいと考えたのである。

図2:化石として残るもの

化石や微生物起源の有機物、石灰岩などを調べることで生態系を復元することができる。

 化学合成生態系の存在を示すものとして、シロウリガイなどの化石と微生物の細胞膜脂質など有機物の化石を探した。有機物の化石(註1)には、その構造や成分から、その有機物が由来した生物を特定できるものがあり、バイオマーカーと呼ばれる。メタン湧水にいる微生物のうち、メタンを食べる嫌気的メタン酸化古細菌のバイオマーカーは特にわかりやすい。一般的にメタンの炭素の安定同位体比(註2)は海洋中の他の炭素の安定同位体比より低いからである。特にメタン生成菌がつくったメタンの炭素の安定同位体比は極めて低いため、メタン生成菌の関与も推定できる。嫌気的メタン酸化古細菌と硫酸還元菌との共同体がメタンを取り入れて、硫化水素を放出し、これをシロウリガイの共生細菌が用いるのである(図2)。実はこの時、硫化水素だけでなく炭酸イオンも放出する。炭酸イオンは海水から海底下に染み込んだカルシウムイオンと結合して炭酸塩鉱物を沈殿させるので、砂や泥だった地層が石灰岩になる。こうしてできた石灰岩は炭素安定同位体比が低いので、メタンやメタン生成菌の関与がわかる。つまり、肉眼で観察できる殻などの化石と共に、微生物起源の有機物や石灰岩などを丹念に調べることによって、地質時代の化学合成生態系を微生物レベルから復元できるのだ。

註1:有機物の化石

分子化石もしくは化学化石と呼ぶ。

註2:安定同位体

化学的な性質が同じで質量がわずかに異なる物質のことで、ある一定の割合で自然界に存在していて、たとえば炭素原子のほとんどは質量が12だが、1%ほどの割合で質量13の安定同位体が含まれている。なお、安定同位体に対して、放射線を出して崩壊する不安定な同位体は放射性同位体と呼ばれる。

3. 白亜紀から古第三紀のメタン湧水生態系

写真2:白亜紀のメタン湧水に生息する貝の写真

北海道中川町に分布している約8300万年前に深海で堆積した地層から産出した化石。

 そこから次のようなことがわかってきている。化学合成生態系での大きな変化は白亜紀から古第三紀に起きた。白亜紀は陸では恐竜、海では首長竜などが繁栄していた時代だ。その後、恐竜を絶滅させたといわれる隕石衝突(約6600万年前)を経て、古第三紀になる。この時代にもメタン湧水はあったとされている。我々はまず、北海道中川町に分布している約8300万年前に深海で堆積した地層を調べたところ、直径数メートルの小規模な石灰岩が点在していた。そこで石灰岩とその周辺の地層から化石を取り出し、有機物を抽出して石灰岩と有機物の炭素同位体比(註3)を測定した。こうして当時のメタン湧水生態系を復元した結果、メタン湧水の中心部には海底面にいるホッカイドウコンカの仲間(巻貝・表在性)や海底下にいるツキガイ(二枚貝・内在性)の仲間がおり、縁辺部の海底下にはキヌタレガイの仲間がいた(二枚貝・内在性)(写真2)。キヌタレガイは、二枚貝の中でも原始的なグループに属し、約4億年前から地球上に生息する生きた化石である。興味深いことに、このメタン湧水にはシロウリガイなどの海底表面に顔を出す二枚貝がいなかった。同じ時代の他の地域(高知県や熊本県、アメリカのアラスカやサウスダコタ)を調べでも同様の結果であった。そこで他の時代も調べてみると、さらに興味深いことがわかってきた。シルル紀(約4億年前)から前期白亜紀末(約1億年前)までは、腕足類という二枚の殻を持つが二枚貝とは門レベルで別の系統に属する動物がメタン湧水の海底の表面に生息し、一方ジュラ紀後半(1億6000万年前)には、カスピコンカという絶滅二枚貝がメタン湧水の表層部に見られた。ところが、海底表面に生息する腕足類とカスピコンカの両者は、前期白亜紀末でメタン湧水環境からほぼいなくなったのである。その後、約5000万年にわたって、海底面に顔を出す二枚貝はなく、巻貝だけがいる状況が続いた。いなくなった理由はまだわかっていない。そして、古第三紀始新世の約4900万年前に、ようやくシロウリガイやシンカイヒバリガイがメタン湧水に進出して、現在にいたっている。メタン湧水の海底表面は、ダイナミックに変化してきたのである(図3)
 問題は海底下である。ここには、キヌタレガイやツキガイなどの二枚貝の中でも原始的なグループが数億年にわたって存在し、大きな変化をしていないように見える。しかし、肝心の現在の情報が欠けていた。我々は、海底下にこそメタン湧水生態系の本体があると考え、白亜紀のメタン湧水の縁辺に生息していたキヌタレガイは現在も同じ環境に生きているのだろうかという問いを立てて探査を始めた。

図3:化学合成生態系の変遷のようす

前期白亜紀末に海底表面に生息する"貝"である腕足類と二枚貝の両方がメタン湧水からいなくなった。古第三紀以降にシロウリガイなどの二枚貝が海底面に顔だすグループとしてメタン湧水環境に進出してきた。一方、腕足類は古生代にとても栄えた生きものだが、後期白亜紀よりあと、メタン湧水に棲息する腕足類の化石は見つかっていない。生態系の主役の交代劇はどうして起こったのか、その原因はまだわかっていない。

註3:炭素同位体比

質量の異なる炭素のうち、質量数12の炭素に対する質量数13の炭素の割合。化合物の中に取り込まれる際は、そのときの環境によって割合が変動する。化学的にはほとんど同じ行動をとるので、追跡調査の材料として生物現象の解明に広く利用される。

4. 深海巣穴型取り装置アナガッチンガー

写真3:深海巣穴型取り装置アナガッチンガー

東大大気海洋研の清家弘治助教が中心となって制作した装置。樹脂を流し込み(写真上)、固めた巣穴の型を掘り出している(写真下)。

写真4:メタン湧水で穫れた巣穴

深海でこのような縦型の巣穴が取れるとは誰も思っていなかった。

 メタン湧水の海底下を探る具体的な方法として海底下に潜る生物の巣穴の型どりをしようと考えた。浅海で巣穴の型どりをしていた清家弘治助教(東京大学大気海洋研究所)が「海中でも樹脂は固まりますよ」と言ったのがきっかけで、深海底調査の計画を立てたのである。成功すれば深海底での世界ではじめての巣穴型どりになる。そもそも、深海には平面的でシンプルな生痕(註4)しかないと言われていたので、そのような環境で巣穴の型どりを行うなど、常識外とも言えた。JAMSTEC(海洋研究開発機構)の渡部裕美、野牧秀隆ら深海プロフェッショナルに協力を仰ぎ、深海での巣穴型どりを行う装置「アナガッチンガー」を開発した(写真3)。深海の低温環境では樹脂が硬化しづらいため、樹脂と硬化剤の特別な配合比を求め、JAMSTECが擁する無人潜水機ハイパードルフィンで樹脂と硬化剤を深海で撹拌できるようにした。
 2010年10月の相模湾初島沖の航海に参加し、水深1173mの地点、海底にシロウリガイの見えるメタン湧水で巣穴の型どりをした(写真4)。いくつかの巣穴を採集できたが、最も嬉しかったのは、キヌタレガイの巣穴を、キヌタレガイ本体ごと採集できたことだ。狙っていたとはいえ、まさかの収穫だった。キヌタレガイは現在でもメタン湧水の縁辺部に生息していたのだ。穫れた巣穴は貝だけでなく他の生物も利用しているようだ。深海底は生きものが想像以上に多様に存在する可能性が考えられ、過去もそうだったのかもしれない。我々の中で過去と現在がつながった瞬間である。

註4:生痕

生物によって形成された「這いあと」や「巣穴」、もしくは「足跡」などの事を指す。

5. 過去と現在をつなぐ

 生態系は変わる。38億年の地球生命史の中でその姿を変えてきた。現在の生態系は、すべて過去の変化の積み重ねである。つまり、現在の生態系を理解するには過去の生態系を理解しなければならない。近年、同位体地球化学や有機地球化学が機器の進展とともに著しく発展し、微生物のレベルから過去の生態系を復元できるようになってきた。私は、目に見える二枚貝などの化石を研究してきたが、いつのまにか同位体やら有機物やらの肉眼では見えないものの分析も行うようになっていた。従来の古生物学に他の分野の手法を統合することによって、生態系の進化をも明らかにできる時代になったのである。
 いま、注目しているのは、共生の起源である。生命体は、細胞内にエネルギー獲得系を取り込むことによって大きな進化をしてきた(図4)。好気細菌を共生させてミトコンドリアにし、動物誕生の布石とした。シアノバクテリアを共生させて葉緑体にし、植物が誕生した。シロウリガイは、イオウ酸化細菌を共生させて、硫化水素をエネルギー源にした。この共生細菌は、ミトコンドリアと同じように卵を通じて子に母系遺伝する。いずれは細胞内小器官になるだろう。二枚貝や巻貝のいくつかの系統での共生は、何度も生じたと考えられる。最古のものは約4億年前のキヌタレガイで起きたのかもしれない。新しいものではシロウリガイが約4900万年前に獲得したと思われる。この検証はこれからの課題だ。いつから共生し、どのように進化し、どこに行くのか。細胞内共生が進みつつある生き証人が化学合成生態系には数多くいる。これらを通して過去と現在をつなぐのが、これからの古生物学者の役目であると思う。

図4:細胞内共生の進化の道のり

シロウリガイの共生細菌もいずれは細胞内小器官になる可能性が高い。シロウリガイを調べ続けることで、細胞内共生の進化のようすを見ることができると考えている。

ロバート・ジェンキンズ
2006年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。博士(理学)。同大学COE特任研究員、海洋研究所HADEEP特任研究員、横浜国立大学日本学術振興会特別研究員を経て2012年より金沢大学理工研究域自然システム学系助教。

アナガッチンガーのことをもっと詳しく知りたい方はこちらへ。
成果が出るまでの試行錯誤について綴っています。

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