生命誌ジャーナル

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父由来のミトコンドリアゲノムが消されるしくみ

佐藤 美由紀(群馬大学生体調節研究所)

ミトコンドリアには核と同じようにゲノムDNAがある。核のゲノムは両親からそれぞれ1セットが伝わり2セットで一組であるが、ミトコンドリアゲノムは、同じコピーが多数存在し、例えばヒトでは細胞あたり103〜104コピーも含まれ、その全てが母方からの母性遺伝である。父方のミトコンドリアゲノムはいつどのように失われるのか、さまざまな説があり生きものによっても異なるようだ。私たちはモデル生物の線虫(C. elegans)を用いて、このしくみを解明しようと試みた。

目次

  1. 1.ミトコンドリアゲノム
  2. 2.父性ミトコンドリアのオートファジーによる分解
  3. 3.父性ミトコンドリアゲノムの遺伝を防ぐ多様なしくみ
  4. 4.なぜミトコンドリアゲノムは母性遺伝するのか

1.ミトコンドリアゲノム

細胞内小器官の一つミトコンドリアは独自のゲノムDNAを持っている。これは、ミトコンドリアが10〜20億年前に現在の真核生物の祖先である嫌気性真核生物に好気性細菌のα-プロテオバクテリアが共生して誕生したものであるという共生説の裏付けとなっている。共生した細菌がミトコンドリアとなる過程で、細菌ゲノムが持っていた多くの遺伝子は核ゲノムに移動したため、現在のミトコンドリアゲノムには遺伝子がわずかしか残っていない。例えば、ヒトのミトコンドリアゲノムは16.5 kbpの環状DNAであり、そこに37個の遺伝子がコードされているだけである。しかし、この中には呼吸鎖の構成因子やミトコンドリア翻訳系の重要な遺伝子が含まれており、ミトコンドリアゲノムの変異がミトコンドリア病やミトコンドリア糖尿病の原因となることが知られている。

ミトコンドリアゲノムは一つの細胞に多数、例えばヒトでは体細胞あたり103〜104存在し、核様体を作っている。これは、一つの細胞に一つしか存在しない核ゲノムとは異なっている。また、核ゲノムが父方・母方から半分ずつ受け継がれるのに対し、多くの動植物でミトコンドリアゲノムは片親遺伝、主に母性遺伝することが知られている(図1)。母方のミトコンドリアゲノムだけが子孫に受け継がれるのである。これまでの教科書では、受精時に精子の頭部だけが卵子に入り、ミトコンドリアを含む中片部や尾部は入らないからであると説明されてきた。しかし、これはチャイニーズハムスターに見られる特別なケースであり、実際、多くの生物では精子のミトコンドリアが受精によって卵子に持ち込まれていることがわかってきた。ここで、精子のミトコンドリアゲノムはどうなるのだろうという問いが生まれる。マウスやウシなどの哺乳類で、受精によって持ち込まれた父方のミトコンドリアが初期発生の間に徐々に消えてなくなるという観察がされたが、その具体的なしくみはわかっていない。

図1:核ゲノムの遺伝とミトコンドリアゲノムの遺伝
子の性に関係なくミトコンドリアゲノムは母親に由来する。

2.父性ミトコンドリアのオートファジーによる分解

私たちは体が透明で受精卵の解析が容易な線虫C.elegansを使って、精子ミトコンドリアの受精後の運命を調べた。線虫は基本的に雌雄同体で自家受精するが、0.1パーセントの割合で出現する雄個体との交配も可能である。そこで雄の精子ミトコンドリアだけを蛍光試薬で標識し、受精卵における挙動を観察した(図2)

図2:線虫(C. elegans)の雌雄同体と雄の交配の実験
雌雄同体も精子をもつが雄と交配すると雄の精子が優先して受精する。

すると、精子ミトコンドリアが受精卵に侵入し、その後、2〜16細胞期へと胚発生が進行するにつれて徐々に消えていった(写真1)。ここで、父性ミトコンドリアが消えていくしくみとして、オートファジー(自食作用)が関与する可能性を考えた。オートファジーとは、細胞質の一部を膜で囲い込み、オートファゴソームを形成し、その後リソソームと融合することによって内容物を分解するシステムであり、タンパク質凝集体やオルガネラなど大きな構造もまるごと分解できる。これは細胞が飢餓のときに自身の成分を非選択的に分解し再利用するしくみとして発見されたが、その後の研究で特定のターゲットを選択的に分解する経路も存在することがわかってきている。

写真1:父性ミトコンドリア(赤)の消失
青は核DNAを示す.m :母性核 p :父性核

写真2:父性ミトコンドリア(赤)のオートファゴソームへの取り込み
受精直後の1細胞期に父性ミトコンドリアが選択的にオートファゴソーム膜に囲まれる。緑はオートファゴソームを形成するタンパク質LGG-1。
まず、受精卵でオートファゴソーム形成に関わるタンパク質を標識しオートファゴソーム膜の出現を観察したところ、受精後20分足らずの間に侵入した精子の近傍に局所的にオートファゴソームが形成された。そして、そのオートファゴソームによって父性ミトコンドリアが選択的に取り囲まれ(写真2)、その後リソソームへと輸送されることがわかった。また、オートファジーが正常に機能しない変異体と交配した受精卵では父性ミトコンドリアが分解されず、胚発生期を越えて幼虫期まで保持されていた(写真3)

写真3:オートファジー変異体に残る父性ミトコンドリア(赤)
正常個体では父性ミトコンドリアが検出されない16細胞期以降、幼虫にも見られる。
次いで、ミトコンドリアDNAの一部を欠損した雄を、野生型ミトコンドリアDNAを持つ雌雄同体と交配し、欠損変異の遺伝を調べた。その結果、正常な野生型との交配では雄由来の欠損変異を持つミトコンドリアDNAは次世代に遺伝しないのに対し、オートファジー変異体との交配ではミトコンドリアDNA欠損変異が次世代においても検出された。これはオートファジーの働きが、雄由来のミトコンドリアゲノムが消えるか残るかの運命を決めることを示す。つまり、線虫では受精卵に侵入した精子由来のミトコンドリアをまるごとリソソームへ運んで分解するというオートファジーのシステムが、父方ミトコンドリアDNA排除のメカニズムであることが明らかとなったのである(図3)

図3:オートファジーによる線虫の父性ミトコンドリアの分解のしくみ
受精後、卵子に侵入した父性ミトコンドリアは、膜に囲まれ、オートファゴソームに隔離されて、リソソームの酵素の分解を受ける。画像を拡大します

写真1、写真3
M.Sato and K.sato Science(2014)より改変。
文中に移動→

3.父性ミトコンドリアゲノムの遺伝を防ぐ多様なしくみ

解析の過程で、精子ミトコンドリアは体細胞のミトコンドリアとは異なる性質を持っていることもわかってきた。体細胞では、ミトコンドリアは常に融合と分裂を繰り返しており、細胞の増殖にともなってミトコンドリアも増殖する。興味深いことに、精子の分化の過程でミトコンドリアはこれらの機能を失い、オートファジー変異体で分解されずに残った父性ミトコンドリアは分裂も融合も増殖もせずに当初の形を保ったまま存在し続ける。こうして、受精卵内での父性ミトコンドリアの増殖や母方のミトコンドリアとの融合によるDNAの混合を防いでいるのではないだろうか。父方のミトコンドリアDNAの遺伝を阻止するために、何重ものしくみが用意されていると考えられる。

他の生物種での解析から、ミトコンドリアゲノムの母性遺伝しくみにはオートファジー以外のメカニズムがいくつか存在することが明らかになってきている(図4)。ひとつは、父性ミトコンドリアが分解される前に、中にあるDNAが積極的に分解されるというケースである。単細胞藻類のクラミドモナスや真正粘菌では卵子・精子の区別はなく、同じ大きさの同型配偶子が融合して接合子となる。接合子の中では一方の配偶子に由来するミトコンドリアのDNAだけが消失する。また、動物でも父方のミトコンドリアDNAの選択的分解が観察される例がある。日本メダカではまず精子形成の過程でミトコンドリアDNAの量が減少し、受精後には父性ミトコンドリアが形態を維持している時期に内部のミトコンドリアDNAが先に消失する。また、ショウジョウバエでは、精子形成過程でミトコンドリアDNAに特異的に働くエンドヌクレアーゼによる分解がおこり、その結果成熟した精子ではミトコンドリアDNAが検出されない。ショウジョウバエの場合、受精後に父性ミトコンドリア自体のオートファジーによる分解も見られる。マウスでも、精子形成の過程でミトコンドリアDNAの減少が起きることが報告されている。そのうえ、精子ミトコンドリアはプロテアソームまたはオートファジーによって分解されるための目印として働くユビキチンで修飾されており、受精後に父性ミトコンドリア自体もいずれかの分解システムで排除されると考えられる。哺乳類については、母性ミトコンドリアに対して父性ミトコンドリアは数が少ないため希釈され消滅するという説も提唱されており、今後の解析が待たれる。

図4:父性ミトコンドリアゲノムの遺伝を防ぐ多様なしくみ
ゲノムDNAの分解、ミトコンドリアの分解など複数の方法を使い、父性ミトコンドリアゲノムが次世代に伝わらないようしくまれている。

4.なぜミトコンドリアゲノムは母性遺伝するのか

このようにさまざまな有性生物において、父性ミトコンドリアまたは父性ミトコンドリアDNAを積極的に排除するメカニズムが明らかとなりつつある。一方で、そのしくみには生物種による多様性があること、また複数の機構を併用している場合が多いことがわかってきた。ここで改めて生物はなぜこうまでしてミトコンドリアDNAを母性(片親)遺伝させようとするのだろう、そもそもなぜミトコンドリアはすべてのゲノムを核に渡してしまわなかったのだろうという問いが生まれる。線虫では、父性ミトコンドリアが残りそのゲノムが遺伝した個体でも成育にほとんど異常がみられない。母性遺伝はミトコンドリアが原始の細胞に入り込んでから共生関係を築く間の進化の過程で避けられないしくみとして獲得され、その後進化した生きものの間で広く受け継がれているのだろう。その理由には明確な答えはまだ得られていない。しかし、ミトコンドリアと核のゲノムの関わりは真核生物のゲノムの本質を知る重要な現象なので、その意味を探っていきたい。

佐藤 美由紀(さとう・みゆき)

東京大学理学部卒業。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。理化学研究所基礎科学特別研究員、ラトガース大学研究員、群馬大学博士研究員、助教を経て、2013年より同大学生体調節研究所生体膜機能分野准教授。