DNA複製酵素は、もちろん私の中で大きな位置を占めています。しかしだんだん、この研究を続けていくのは難しいとも感じるようになりました。この酵素にこだわれば細かい働きを調べなければならない。構造生物学です。例えば、結晶解析などの方法を用いて複製装置の構造を実際に調べること。実は、子どもの頃クリスマスプレゼントは「研究室での1週間がいい」、と言っていた長男のロジャー(註4)がめでたく科学者になりその研究をやってるんだが、私にはできないな。個体や細胞に目を向けようか、遺伝や発生といった生物学の問題に向かおうかとも考えました。これらには確かに酵素が関わっているから。でもやはり酵素そのものが研究したかった。それに酵素から離れると、今まで自分が行ってきたペースで仕事ができるとも思えませんでした。理屈ではなく、私はやはり酵素から離れたくないのです。そこで十数年前、ポリリン酸の研究を再開しました。
ポリリン酸は、無機リン酸がATPのような高エネルギーリン酸結合により何十も何百もつながった高分子です(註5)。だから、酵素研究を始めたときに、ATP合成の源かもしれないと思ったけれどうまくいかなかった。またここに戻ったのです。ポリリン酸は火山流や深海の熱水口で無生物的に作られていますが、細胞内でも大量に合成されており、真核細胞では乾重量の2割に達する場合もあります。ポリリン酸の存在は昔から知られていましたが、その機能は全く不明で、生物学の教科書では無視され続けてきました。そのため、「分子の化石」と呼ばれたことすらあります。ポリリン酸を作る酵素は何か、ポリリン酸を使って酵素は何をしているのかを明らかにしたい。つまり、この化石を酵素学でよみがえらせようというのを、新たな目標にしたのです。
ポリリン酸に最初に出会って以来、いつもどこかで気になっていたんだと思う。実は1955年に、大腸菌抽出液の中からポリリン酸を合成する酵素活性を見つけてはいたのです。でも精製はできなかった。それに成功したのは1990年のことです。研究室の若い研究者にこのテーマを出したら、見事に成功。時代が変わり、技術が進んでいたのはありがたかったね。こうなればしめたもの、40年前にはなかった遺伝子工学の技術を利用して、この酵素の遺伝子を取り、生物学的な機能を調べることができました。バクテリアでポリリン酸を合成するのはポリリン酸キナーゼ(PPK)と呼ばれる酵素です。PPK遺伝子を壊すと、ポリリン酸の細胞内濃度が低下し、その結果個体の生存に関わる様々な影響が出ました。例えば、飢餓状態に適応できなくなったり、抗生物質などの薬剤に対する抵抗力がなくなる。細菌が物理的、化学的なストレスにさらされるとポリリン酸の細胞内濃度が上昇し、これがストレスに対応する反応を引き起こす引き金になっているのです。 |
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DNA複製酵素が働く様子。左方向の複製前のDNA鎖がDNAヘリカーゼ(左)によってほどかれ、1本鎖になったDNAを2つのDNAポリメラーゼ(右;手前と奥)が元の2本鎖にする。最初に見つけられたDNAポリメラーゼは実際にはDNA修復に働く酵素であることが後に判明し、正真正銘の複製酵素は息子のトム・コーンバーグが発見した(JT生命誌研究館:『What's DNA』より ) |
【関連情報】
映像『DNAって何? Part 1-3』 |
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| [註4:研究者一家のコーンバーグ家] |
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| 長男Roger Kornberg博士はスタンフォード大学医学部構造生物学科教授。なお次男Tom Kornberg博士はカリフォルニア大学生化学・生物物理学部教授で、現在は発生生物学を研究している。 |
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| 真核単細胞だけれど、飢餓状態などになると集合体を作ることでよく知られている細胞性粘菌(Dictyostelium discoideum)は2つのPPKを持っており、1つは真核生物に特有の酵素、1つはバクテリア型でした。他の真核生物にはバクテリア型のPPKは存在しないので、粘菌を中間型と見ることもできるけれど、原核生物の遺伝子が水平伝達したのだろうと思っています。もうひとつの真核生物型は液胞に存在する別のタイプの酵素で、これを精製して正体を突き止めたら、驚きも驚き。最初は信じられない気分でしたよ。筋収縮に関わるアクチンとよく似た繊維状の分子だったのです。アクチンは、その働きから見ても当然のことだけれど、球状の分子がつながって長い繊維になっています。電子顕微鏡で見た粘菌のPPKはアクチンと同じように繊維状になっている。しかも、酵素の繊維化とポリリン酸合成との間には密接な関係があり、球状分子がつながって繊維状になりながらポリリン酸を合成しているようなのです。つまり、細胞の中では酵素であるPPKと基質であるポリリン酸が同時に伸びていくという現象が起こっているらしい。こんなおかしな酵素は今まで見たことも聞いたこともありません。さっそくサイエンス誌に論文を投稿しましたが、酵素反応のメカニズムをまだ突き止めていないという理由で掲載を拒否されました。論文をチェックしたのが筋アクチンの専門家で、この現象を信じてもらえなかったのだろうな。私だって自分で実験していなければ信じなかったよ。科学の世界は新しいことが認められるのが難しい。論文は幸い米国科学アカデミー紀要の方に採用されましたが。 |
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今もっともエキサイティングな研究、ポリリン酸。細胞性粘菌のポリリン酸キナーゼ DdPPK2 の電子顕微鏡写真(A-C)。ニワトリの繊維型筋アクチン(D)と非常によく似ている。
(M. R. Gomez-Garcia & A. Kornberg: Proc Natl Acad Sci USA. 2004 Nov 9;101(45) より。Copyright 2004 National Academy of Sciences, U.S.A.) |
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| 今ではポリリン酸についての研究成果がかなり蓄積し、自信を持ってセミナーで発表できます。タイトルはもちろん、「分子化石がよみがえる」。もっと簡潔に「化石がよみがえる」でもいいかなと思ったのだけれど、この題だと私が自分の思い出話をするのかと誤解されかねないからね。化石のような研究者がまだ生きてるぞってことかなとね(笑)。 |
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