1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」24号
  4. Experiment 変化朝顔 種子のできない一年草

Experiment

変化朝顔 種子のできない一年草

仁田坂英二

江戸時代から連綿と保存されてきた変化朝顔は,突然変異体の宝庫です。 変化朝顔を現代生物学の眼で見てみると……。


朝顔には一般的に知られている花色・模様を鑑賞するものだけでなく,花や葉の形の変化をも楽しむ「変化朝顔」という品種群が江戸時代から連綿と保存されている。それらは朝顔とは到底思えないものが多い。

最初の朝顔ブームは江戸時代の文化文政期(1804~1830)に見られ,その後,嘉永安政期(1848~1860)に起こった第2次ブームで,より複雑な変異体が出た。とくに牡丹咲きや八重咲きのように花弁数の多くなる変異をあわせもつ豪華な花が人気を集めた。明治中期から昭和初期までは熱心な愛好家がいたが,今ではほとんど栽培されていない。系統維持が煩雑であるのと,珍奇なものを好む江戸趣味が時代とともに廃れたことが原因だろう。

花に変化がある場合,多くは種子ができないので,通常の方法で変異の維持はできない。しかし,江戸時代の愛好家たちは経験上,正常な花を咲かせる変わりものの兄弟株(親木と呼んでいる)の種からもう一度作れるということがわかっていたようだ。その種を播くと,たくさん播いた中からわずかな確率で同じ変化朝顔が採れるということである。

このように,当時の人々は複数の変異を隠しもつ親木から,さまざまな変異の組み合わせが生まれることを観察し,遺伝形質はひとつに融合したものではなく,分離可能なものの組み合わせであるということを知っていたのだろう。江戸の愛好家たちは,メンデルの遺伝法則の発見以前に,遺伝形質が独立に因子のような形で伝わることを知っていたのだから,たいしたものである。

江戸時代後期の園芸ブームは,人々の鑑識眼を高め,金生樹(かねのなるき)を血眼になって探す環境を生みだした。その結果 ,たくさんの突然変異体が選抜され,空前の朝顔ブームとなった。なぜ,このように頻繁に突然変異が現れたのだろう。そこで,江戸時代に起源をもつ,変化朝顔の牡丹(ぼたん)突然変異体を解析してみた。これは,雄しべ,雌しべが弁化して花弁数が著しく増加する変異体で,それが一つの遺伝子の変異によって起きていることがわかっている。変異の原因を探ったところ,トランスポゾンの挿入で,雄しべと雌しべ作りに関係すると考えられている遺伝子が破壊されて働かなくなり,花弁の数が増えていたことがわかった。

変化朝顔“竜田葉紅柿絞風鈴組上車牡丹度咲” 『朝顔三十六花撰』(嘉永7年;1854)万花園編より 江戸時代に由来する朝顔の命名法は,現代生物学から考えても非常に理にかなったものである。この花は竜田(紅葉のような形状の葉/m),紅柿(厚弁で光沢のある柿色の花びら/dymgpr),絞り(絞り模様の花弁/sp),風鈴(花弁の形が風鈴のようになる/cp),車咲き(風車に見たてた花形/mcp),牡丹(八重咲き/dp)の表現型が複合した系統だと推測できる。つまり,交配して分離できる形質に名前をつけていたので,現在でもある程度その名前と遺伝子の対応がつく。 (写真=米田芳秋)

いろいろな変化朝顔

仁田坂博士が保存している変化朝顔。ほとんどは花弁数を増加させる突然変異である牡丹変異をもつ。
①総管弁流星獅子咲牡丹 (fedp)
②紅覆輪獅子咲牡丹 (fedp)
③総風鈴獅子咲牡丹 (fedp)
④針葉采咲牡丹 (mwacdp)
⑤車咲牡丹 (cpmdp)
⑥針先南天石化采咲 (acmf)

トランスポゾンは,動く遺伝子。つまり,ゲノムDNA上のいろいろな部分に出たり入ったりする,ある塩基配列である。ほとんどの生き物のゲノムDNAには複数種のトランスポゾンがあることが知られている。その移動頻度は,高いものもあれば,滅多に動かないものもあり,さまざまである。

ところで,野性型の朝顔の牡丹遺伝子を調べたところ,調べたすべての朝顔で,同じ部位 に同じトランスポゾンの痕跡が見つかったのには驚いた。さらに,朝顔と同属だが,その中では比較的遠縁であるサツマイモにも同じ部位 に同じトランスポゾンの痕跡が見つかった。つまり,属が形成される前に一度,牡丹遺伝子にトランスポゾンが挿入したに違いない。そして,我々が調べた牡丹突然変異では,再び同じ場所にトランスポゾンが挿入したことがわかった。また,今回牡丹遺伝子を破壊していたトランスポゾンは,染め分け朝顔(雀斑変異=モザイク花)を作り出す原因のトランスポゾンとほぼ同じものだった。このトランスポゾンの活性は高いに違いない。おそらく朝顔の突然変異体の多くが,このトランスポゾンによって誘発されているのだろう。

このように,江戸時代後期,朝顔の突然変異体がたくさん出たのは,トランスポゾンの転移活性の高い系統が選抜され,同じ場所で数多く栽培され,自然交雑をした結果 なのだろう。日本独自の朝顔という材料は鑑賞価値が高いだけでなく,植物の遺伝子機能や進化を考えるうえでいろいろな情報を与えてくれるのだ。また古い文献は突然変異体の記録の宝庫であり,まさに温故知新を実感しながら研究を進めている。

牡丹変異の原因

野性型牡丹遺伝子にはトランスポゾンの痕跡が残っている。その同じ部位 に再び挿入し,移動した。しかし,この移動が不完全だったので,牡丹遺伝子が壊れた。

(にたさか・えいじ/九州大学理学部助手)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

その他

4/5(金)まで

桜の通り抜け(JT医薬総合研究所 桜並木) 3/26〜4/5