生命誌ジャーナル 2009年 冬号

CROSS — BRHをめぐる研究 —

胚発生の比較から描き出す昆虫進化の全体像

筑波大学生命環境科学研究科 町田龍一郎

1. いまだ議論が定まらぬ昆虫の高次系統

 広義の昆虫である六脚類は、全動物種の75%を占める地球上で最も繁栄しているグループだ。私たちに最も馴染みがあるのは翅をもつ有翅昆虫類だが、それ以外に少数ながら、土壌を中心に棲息する、いまだ翅を獲得していない原始的な無翅昆虫類がいる。初期の六脚類はまず無翅昆虫として多様化し、その一部から有翅昆虫が派生したことは確実で、その進化過程を明らかにする高次系統の解析は非常に興味深いテーマである。にもかかわらず、六脚類を大きくグループ分けするには、何に注目すべきかという基本的な枠組みすら定まっていない。
 分岐分類学を創始したW. ヘニッヒ(註1)は、六脚類を顎の形態的特徴から分類する「内顎類−外顎類システム」(図1)を提唱し、彼の考えがこれまで広く受け入れられてきた。しかし、近年になって、頭部比較形態学、古生物学、そして私たちの比較発生学のいずれもが、彼の高次系統を問い直す結果を出し始めた。とくに内顎類が進化的な裏付けをもつ分類群であるかという問題点が指摘されている。分子系統学もまた内顎類が単系統であるか、つまり一つの祖先種から派生したグループであるかという疑問を出した。このように内顎類−外顎類システムは再検討されるべき時に来ているが、内顎類として分類されたカマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目の類縁に関して様々な見解が示され、一致にはほど遠いというのが現状である。
図1:六脚類の高次系統:「内顎類ー外顎類システム」
図1:六脚類の高次系統:「内顎類ー外顎類システム」
1969年にHennigにより提唱された、現在最も受け入れられている六脚類の系統。

2. 「葉」や「花」に彩られた進化の樹を描く

 こうした中で、私たちは比較発生学の立場から六脚類の高次系統群の再構築をめざしている。まず複数の種で胚発生を比較し、ある生物群を規定する本質的で統括的な体系(グラウンドプラン)を把握する。次に、生物ごとにそれがどのように変容しているかを整合的に理解するのだ。グラウンドプランとその変容が「正しく」理解できれば、進化の過程を描いたことになる。
 近年、多くの成果をあげている分子系統学も、極めて短期間に多様化した初期の六脚類の系統関係については、有効な議論を展開できずにいる。いずれは分子による高次系統の議論が可能となるかもしれないが、分子だけを頼りに系統関係を築くことは、「葉」や「花」のない枯れ木の幹や枝を描くことに似ているような気がする。私たちは、「葉」や「花」に彩られた豊かな「樹」を活写したいのである。グラウンドプランを想定して議論する方法論は、系統関係を論じながらも生物の個々の「姿」を描いている。いわば純形態学的な「全体論」なのだ。このような立場から、六脚類全30余目の内、23目について検討を重ねてきた。

3. 六脚類の進化を描き出す発生学的特徴

 ヘニッヒの形態学的分類では、六脚類のうち「内顎口」という特徴を共有するグループは、一つの祖先種から派生した分類群として内顎類と呼びならわす。ところが内顎類とされる3目のうち、トビムシとコムシの胚発生を詳細に比較したところ、両目はまったく異なるプランで内顎口を形成していることが明らかになった。さらに、カマアシムシの内顎口も、トビムシ、コムシのいずれとも異なるプランで形成されている可能性が高い。三者三様に形成される内顎口は、異なる祖先をもつ子孫が偶然に獲得した収斂進化だと考える方が自然である。したがって、内顎類という分類群は必ずしも支持されない。系統を考えるうえで、内顎類−外顎類システムという足枷は外れたのである。
 化石記録や分子系統学によれば、六脚類は、淡水生の祖先種が上陸後の短期間に翅を獲得するなどして一気に多様化したと考えられる。無翅昆虫類のイシノミ目、シミ目と有翅昆虫類は、外顎類に分類される。ただし、これらに共通する特徴は外顎口だけではない。私は、外顎類、とくにシミ、有翅昆虫に共通する最も重要な発生学的特徴として、胚膜の構造により卵内の恒常性を保つ「羊漿膜褶−羊膜腔システム」(図2)に注目した。外顎類の胚は基本的に卵内に沈み込み、腹部を胚膜である漿膜と羊膜が対合してできるヒダ(羊漿膜褶)で覆われる。羊漿膜褶と胚の間は羊水で満たされ羊膜腔が形成される。この構造は、胚発生で器官形成が進む間、胚を乾燥や外界の影響から保護しているのだ。胚膜がつくる羊漿膜褶−羊膜腔システムにより、外顎類の発生は六脚類の中でも陸上に適したものとなっている。
図2:羊漿膜褶-羊膜腔システム
図2:羊漿膜褶-羊膜腔システム
胚を包む羊膜と、卵クチクラを分泌し外界を隔てる漿膜が連携して生まれた胚膜構造。
漿膜と羊膜の連結部がヒダを作り胚の腹側に羊水を抱え込み、卵内の恒常性を保つしくみ。
陸上環境に適応した外顎類がもつ。

4. 胚と胚膜の機能分業に注目する

図3:イシノミの胚発生で一時的に現れる羊漿膜褶
図3:イシノミの胚発生で一時的に現れる羊漿膜褶
 外顎類の最も原始的な系統であるイシノミは、羊漿膜褶−羊膜腔システムの成立を探るうえで非常に興味深い。私は、学位論文としてイシノミの発生学研究に取り組んだ際に、羊漿膜褶が発生のごく初期にだけ存在し、その期間は胚ごとにまちまちであることに気づいた(図3)。外顎類の特徴であるはずの羊漿膜褶の形成が、イシノミでは重要なプランとして発生に組み込まれているようには見えなかったのである。
 この疑問から文献を調べていた私の目は、ドイツの偉大な節足動物比較発生学者であるR. ハイモンス(註2)の1905年の論文(妻との共著)*2に釘付けになった。彼はイシノミの発生を理解するために、六脚類の中での比較に留まらず、ムカデの発生まで見ていたのだ。「ムカデのような原始的な節足動物では、胚も胚膜(漿膜)も外胚葉に分化する。すなわち、共に体の形成に参加し、両者の分業がはっきりとは成立していないのである。それが六脚類になると胚膜は体形成に参加せず、胚がこの役割のすべてを担う」とあった。それなら、胚と胚膜の間の機能分業に注目すれば、六脚類の進化に発生プランの変容を見出せるのではないか。そう考えた私は、さらに論文を読み、いくつかの種で胚発生の比較を進めた。その間に、体形成に加え、卵殻の下で卵全体を覆うクチクラ(註3)を分泌するはたらきも、胚と胚膜の間で分業化が進んでいくことに気づいた。この分業化の各段階こそが、それぞれの分類群のグラウンドプランなのである。近年、形態学や記載発生学が軽んじられる傾向があるが、やはり生物学の基本はここにあると実感した。古典に教えられることは多いのである。
 胚と胚膜のはたらきの進化的変遷のなかで、卵全体を包むクチクラを維持し続けるには、ちょうどイシノミの段階でクチクラ産生能力を放棄した胚に代わり、クチクラを分泌できる胚膜で胚の腹側も覆う必要があった。そのためにイシノミは羊漿膜褶を獲得せざるを得なかったのだ(図4)。そして、その後のシミを経て羊漿膜褶−羊膜腔システムへと発展したのである。
図4:クチクラ産生に関する胚と胚膜の機能分業の変容
図4:クチクラ産生に関する胚と胚膜の機能分業の変容

5. 自ずと浮び上がる進化の歴史

図5:胚と胚膜の機能分業の変遷
図5:胚と胚膜の機能分業の変遷
 昆虫の進化を見ると、有翅昆虫での栄養活動(幼虫)と生殖活動(成虫)を分業する変態に象徴されるように、「機能分業の歴史」だったと私は考えている。この分業は、不完全変態から完全変態への進化を描くものである。六脚類全体の進化も同じように見ると、胚と胚膜の機能分業の変遷(図5)と胚膜由来の構造の変化から描くことができる。体形成と卵クチクラの分泌にはたらく胚と胚膜の分業がどのように進展し、羊漿膜褶に始まる新たな胚膜構造の出現に結びついたのか。私たちは胚発生の比較により、原始的な発生プランをもつ節足動物から、羊漿膜褶−羊膜腔システムを完成させた六脚類の有翅昆虫類の間にグラウンドプランとその変容を描き出すことをめざし、それに成功した。系統的な変容の詳細は、図6を見ていただきたい。学位論文で、とまどいを覚えたイシノミの羊漿膜褶のふるまいも、こうして全体の中で捉えると六脚類の祖先が水中から陸へ進出するにあたって彼らが選択した方策の“思い出”を語っていたのだと理解できる。
図6:発生プランの変容から浮かび上がる系統史
図6:発生プランの変容から浮かび上がる系統

6. 揺らぐ節足動物の主要系統群

 最近、生命誌研究館の蘇ラボから報告された分子系統樹は、節足動物の系統内で、遺伝子重複がなく、保存性の高い機能分子を注意深く選択した結果、六脚類の一斉放散した様子を捉えることに成功しつつある。その分岐が示す無翅昆虫から有翅昆虫への進化の道筋は、私たちの見解と一致する。さらに甲殻類の中でも鰓脚類と六脚類の類縁を強く示唆しており、六脚類の祖先種は、海でなく、淡水から上陸したという過程も物語る生きた系統樹と言える。
 六脚類の主要系統群を再構築するには、甲殻類・多足類・鋏角類といった節足動物の主要分類群に関する新たな知見(補足1)を取り入れたうえで、全体を考察しなくてはならない。全節足動物の胚発生を比較して浮かび上がるグラウンドプランの変容が描き出す系統樹は、これまで信じられていたものとは大きく異なる枝振りを見せてくれるのかもしれない。
*1: Uchifune, T. and R. Machida (2005) Embryonic development of Galloisiana yuasai Asahina, with special reference to external morphology (Insecta: Grylloblattodea). J. Morphol., 206: 182-207.

*2: Heymons, R. and H. Heymons (1905) Die Entwicklungsgeschichte von Machilis. Verh. Dtsch. Zool. Ges., 15: 123-135.

解析に用いたハチ目の一つイトウハバチ
DNAから進化を探る >>
昆虫の進化過程でおきた大きなイベントといえる翅の獲得と完全変態のしくみの獲得に注目し、全昆虫類の系統関係を探っている。最近、昆虫の8割を占める完全変態類のすべての目をふくむ系統樹を作った。この中ではハチ目がもっとも祖先的であることが明らかとなった。(蘇 智慧)
まちだ・りゅういちろう
1982年筑波大学生物科学研究科博士過程修了。理学博士。同大学院生命環境科学研究科菅平高原実験センター講師を経て1997年より准教授。35年間にわたり比較発生学的アプローチによる昆虫類の系統進化学に取り組んでいる。
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