生命誌を考える映画鑑賞会ー2018春

残されし大地
水と風と生きものと 中村桂子・生命誌を紡ぐ 藤原道夫 監督作品
日時:2018年3月10日(土)鑑賞無料 会場:JT生命誌研究館展示ホール1階カンファレンスルーム 共催

生命誌を考える映画鑑賞会ー2018春 「人間も生きものであり、自然の一部である。」という考えに基づき、自然・生命・人間を大切にする生き方を描いた良質のドキュメンタリー作品を選びました。

「残されし大地」(76分)

「残されし大地」(108分)

「残されし大地」

ジル・ローラン監督が見つめた、
FUKUSHIMAの「人と土地のつながり」

監督のジル・ローランは、ベルギーを拠点に主に欧州で活躍するサウンドエンジニアだった。妻の母国である日本に二〇一三年に家族と共に来日。元々環境問題にも興味があった事から、「福島」について調べる中で、海外メディアで紹介されていた富岡町の松村直登さんの存在を知り、自らメガホンを取る事を決意。そして選んだ題材が「土地と寄り添いながら生きる人たちの力強さ」だった。三組の家族に寄り添う事で、日常としての福島、そして故郷を愛する思いを紡ぎ出す。「反原発」を声高に語るわけではなく、土地本来の持つ変わらぬ自然の美しさを切り取り、感じ取ってもらうことに、ジル・ローランの監督としてのメッセージが込められている。

初監督作品にして遺作となった、生命の映像詩。
妻の母国・日本で待望の公開。

パリ同時テロ後の十二月、編集作業のためにジル監督は祖国ベルギー・ブリュッセルに一時帰国。編集作業が一通り終わり、内覧試写をする予定だった二〇一六年三月二二日、ベルギー地下鉄テロで命を落とすという思いがけない事件が起こる。映画はジル監督の想いを受け継いだ、プロデューサーや同僚らの手によって完成。そしてベルギーの仲間達、妻の熱い想いが伝わり、NHKおはよう日本や各新聞など多くの媒体でも取り上げられ、京都国際映画祭二〇一六クロージング上映、そして二〇一七年春日本での公開が決定した。

ものがたり

福島第一原発から約十二キロ離れた、福島県双葉郡富岡町。二〇一一年三月十一日福島第一原子力発電所の事故のあと、町に残された動物を保護し育てる為、自分の故郷・富岡町に残る事を決めた松村直登さん。寡黙な父とふたり、いまも避難指示解除準備区域の自宅に留まっている。

「水と土で生きてるんだ。」と穏やかに語る農作業中の半谷さんの背後にはフレコンバックが積まれ、除染作業が淡々と行われている。故郷で生きる事を決意した彼らは、故郷福島に突きつけられた現実の中、たくましく笑顔で日常を送っていた。

お彼岸の墓参りで「来年こそ」は故郷への帰還を先祖に誓う佐藤夫婦の手には放射能測定器があった。南相馬市の自宅の庭に実った、自然の再生、生命力の象徴と言われるイチジクを食べながら、かつてこの町に暮らしていた友人たちと語らう時間。各々が家族の事情を抱え、311以後の国や行政、そして故郷に戻る者、戻らない者の間に生まれる葛藤に揺れ動いていた。

淡々と進んでいく日常生活の中で、彼らが自然体で紡ぐ言葉の中に「ある日」を境に、かつての故郷を失った人間たちの今とこれからが見えてくる。

「水と風と生きものと」中村桂子・生命誌を紡ぐ(119分)

「水と風と生きものと」
 中村桂子・生命誌を紡ぐ(119分)

「水と風と生きものと」中村桂子・生命誌を紡ぐ

中村桂子が旅をします。
大阪、東京、そして東北へ

そこで、自然に眼を向けて、
大切なことを忘れずに暮らしている
人々と語り合います。

「生命誌」を提唱する科学者・中村桂子の日常と、身近な生きものから三八億年の生命の歴史を探る生命誌研究館の活動を追ったドキュメンタリー。

DNAに魅せられ科学者になった。「生命誌」を提唱する中村の日常は、小さな生きものを見つめ、自然の中での新しい文明について考える人でもある。

311の後、宮沢賢治を読み直した中村は「生命誌版セロ弾きのゴーシュ」舞台化に挑戦。リハーサルから本番へ、そして賢治の故郷への旅へと続く活動の中で、自然との関わりの中に「いのちの音」を見出す科学者の眼差し…。

科学者として、生活者として、生きものを見つめる中村の姿から、自然との関わりの中に「いのちの音」を見出す賢治の生命観と「生命誌」の世界が重なります。

[ 主な出演 ]
中村桂子/末盛千枝子/新宮晋/伊東豊雄/赤坂憲雄/関野吉晴ほか。

映画「水と風と生きものと」を観て

生命誌研究館を訪ねるたびに、これと似た空間は世界のどこを探してもないと感じる。生命科学が「生命誌」へと進化して身近ないのちと一気につながったように、研究館ではその最先端の研究と、私たちの驚きや感動がつながり、ともに三八億年の時間に連なっている実感へと誘われる。

日々、生命誌を編み続ける研究者たちと、それを訪ねて集う大人や子どもたちの穏やかに満たされた笑顔と、小さな生きものたちの輝きに出会う幸福な二時間である。

高村薫(小説家)