年度別活動報告

年度別活動報告書:2014年度

分子系統から生物進化を探る 3-1.昆虫と植物との共生・共進化を介した種分化機構の解明

蘇 智慧(主任研究員) 和智仲是(奨励研究員)

佐々木綾子(研究補助員) 宮澤秀幸(大阪大学大学院生 招聘研究員)

南紘彰(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 様々な生物種から構成される地球生態系のなかでの生物同士あるいは生物と環境との相互作用は、生物の多様性を生み出す大きな原動力と考えられる。昆虫と被子植物はそれぞれ陸上で最も多様化した生物群で、その多様化は互いに相互適応的関係を築くことによって促されてきたように見える。その最たる例が「1種対1種」の密接な送粉共生関係を築くイチジク属植物 (クワ科) と送粉コバチ(イチジクコバチ科、以下イチジクコバチ)であり、双方が750種以上の種数を誇っている。我々は現在イチジク属植物とイチジクコバチとの共生関係の構築過程と維持機構およびその共生系における種分化機構などについて研究を行っている。

 イチジク属植物は、東南アジア・アフリカ・中南米など熱帯を中心に分布している。日本はイチジク属植物の分布域の北限にあたり、南西諸島を中心に16種が生息している。イチジク属植物は花嚢とよばれる袋状の閉じた花序をつけ、その内側に多数の花を咲かせる。送粉者であるイチジクコバチは、この花嚢に入り花粉を媒介するだけでなく同時に花に産卵する。ふ化した幼虫は虫こぶ(昆虫が改変した植物の組織)の中で成長する。やがて次世代のイチジクコバチが花嚢内で羽化・交配し、雌成虫が花粉を持って他の花嚢へと移動することで次の受粉が成立する。このようにイチジク属植物とイチジクコバチの二者は、繁殖において互いに強く依存し合った関係と言える。

 イチジク属植物とイチジクコバチとの共生関係は、「1種対1種」という種特異性が極めて高いものと言われている。この「1種対1種」関係を維持しながら種分化が起きるとしたら、同調した種分化や系統分化が起こることが予想される。これまで分子系統学的解析を用いてこの仮説を検証する研究が行われてきた。その結果、イチジク属植物の節(植物では属・亜属・節・種と分類する)レベルの系統関係とイチジクコバチの属レベルの系統関係がおおまかに一致し、仮説が支持されている。しかし種間・種内レベルでの系統関係の矛盾のほかに、イチジクコバチの隠蔽種や1種のイチジク属植物に複数種のイチジクコバチ(あるいはその逆)が共生するなど、不明瞭な点が残っている1-4)。我々のこれまでの研究によって、日本産のイチジク属植物とイチジクコバチでは「1種対1種」関係の厳密性が見られ、同調的系統分化が示唆された5)。一方でメキシコ産のイチジク属植物とイチジクコバチでは、近縁種間で「1種対1種」関係の乱れが見られた2)。また、小笠原諸島産のイチジク属植物の進化・種分化の過程においては異種間交雑が起きていたことが示唆され、雑種形成がイチジク属植物の種分化をもたらす要因の1つであると考えられた6)。また、イチジク属植物が特定のイチジクコバチを自らの花へ呼び寄せるための手段として、花の匂い(花から放出される分子量300以下の揮発性に富んだ化学物質の集まり)が注目されてきた。多くの送粉者は匂いを嗅覚によって捉え花の探索に利用している。イチジク属植物でも、花嚢の外見は緑色で非常に目立ちにくいため視覚情報よりも嗅覚情報としての花の匂いが有効であると考えられる。

 このような背景のもと、昨年度に引き続き、本年度も主にイヌビワとその近縁種およびそれぞれのイチジクコバチの種間・種内の関係に注目して、集団遺伝学的解析、花の匂いを認識する遺伝子の探索を行った。

 

結果と考察

1)イヌビワとその近縁種3種を利用するイチジクコバチの集団遺伝学的解析

 イヌビワ(Ficus erecta)は東南アジアから東アジアにかけて広く分布しており、日本・韓国・台湾・中国から知られている。さらに台湾にはイヌビワに近縁な3種F. formosana, F. tannoensisとF. vaccinioides が分布している。これら4種の近縁な植物種に対して、それぞれ種特異的に共生関係にあるイチジクコバチが知られている(表1)。植物種は形態的・遺伝的に明確に区別ができる。その一方で、F. vaccinioidesを利用するBlastophaga yeniを除くイチジクコバチ3種は、形態的によく似ており、記載時に用いられた種の識別形質も連続的で曖昧である。

 これらの4つの絶対共生系について、これまで下記のことが示唆されてきた。
1) イチジクは、遺伝的にも花の匂い物質の組成も分化している(2011, 2012年度活動報告)。
2) Blastophaga nipponicaに地域的分化が見られる(2013年度活動報告)
3) 限られた地域に分布するBlastophaga yeniに分集団化が見られる(2013年度活動報告)
4) 台湾に分布する3種のコバチは、イチジクに対応した分化が見られない(2013年度活動報告)

 本年度は、イチジクの種間関係・コバチの種間関係についてさらに詳細な解析を行った。解析にはSTRUCTURE, Stacks, pyRAD, RaxMLを用いた。その結果、下記のことが明らかになった。

 

 

1.1. 葉緑体DNAによるネットワーク解析とハプロタイプの分布

 これまで、核DNA遺伝子座を用いた研究によって、種間分化が見られることが示唆されていた。今回、より多型性の高い核DNA遺伝子座(マイクロサテライト 7遺伝子座)を用いて、種間・集団間の分化の検出を試みた。その結果、種ごとに明確に分化することが示唆された(図1)。さらに、Ficus erecta, F. vaccinioidesについては、地域集団間にも明確な分化が見られることが明らかになった(図1)。

 

 

1.2. 台湾に分布する3種のコバチは、ゲノムワイドに見てもイチジクに対応した分化が見られない

 ゲノムの相同な部分を網羅的に調べるために、制限酵素でゲノムを選択的に切断し、ライブラリーを作成する方法(ddRAD-seq)を用いた。昨年度用いた複数個体のゲノムDNAをプールする方法は問題があることが考えられたため、個体ごとに識別して解析する方法を新たに確立した。確立した方法により得られた130個体99,424の遺伝子座の配列情報を用いて種間の系統関係を推定した。その結果、ミトコンドリアDNA・核DNAの解析結果(2013年度活動報告)と同様に、台湾に分布する3種について寄主植物が異なるにも関わらず、明確な遺伝的分化がなく1種対1種の関係が崩れていることが明らかになった(図2)。

 

 

2)イヌビワコバチのゲノム解読の試み

 イヌビワコバチの分子系統的・集団遺伝学的研究を効率的に進める上で、ゲノムに関する情報の取得と解析は欠かすことができない。近縁なイチジクコバチでゲノムが解読されている7)が、公開が限定的であるため配列情報を自由に使える状況でない。そこで、より効率的に研究を展開するために、次世代シーケンサ(Ilumina, Miseq)を用い、イヌビワコバチのゲノム解読を試みている。昨年度までに得られた、無作為に断片化したゲノムDNAから構築したライブラリー(Nextera)を用いたMiseq 2ラン分の情報にさらに、ddRADseqの配列情報を加えた。CLC Genomic Workbenchを用いて、これらの配列のアセンブル(相同な配列をまとめること)を行った結果、コンティグ配列(ゲノム上のひとつながりの塩基配列)が157,000個(最大で12.2万塩基)得られた(表2)今後、さらに異なる断片長(1Kb, 2Kb, 5kbなど)のゲノムライブラリを作成し、より網羅性の高い充実したゲノム情報にできればと考えている。

 

 

3)イヌビワコバチとその近縁種の寄主植物認識遺伝子の探索

 イチジクコバチはそれぞれ特異的なイチジク属植物を利用するために形態的にも生態的にも適応しているように見える。そして、寄主植物種を認識するのには嗅覚情報を利用しているのではないかと考えられている。しかし、イチジクコバチにおいて、寄主植物認識にどのような遺伝子が重要な役割を担っているかという具体的な機構は十分には明らかになっていない。この寄主植物認識遺伝子を明らかにすることができれば、イチジクコバチがどのようにして寄主植物を認識し、どうやって適応してきたかという共生の進化についての重要な知見が得られることが期待される。昨年度に引き続き、イヌビワコバチとその近縁種(1参照)の頭部で発現している遺伝子群を網羅的に解析することにより、主に嗅覚情報の認識に関与している可能性のある遺伝子の探索・同定を試みている。イヌビワコバチとその近縁種の雌の生体頭部からRNAを抽出し、cDNAを合成した。RNAから合成したcDNAをライブラリー化し、次世代シーケンサ(Miseq)で解析を行った。得られた配列データの解析には CLC Genomic Workbench、blast2go、pythonスクリプトを用いた。その結果、2500-5100万配列が得られ、8万-26万のコンティグ配列が得られた(表3)。予備的に、キョウソヤドリコバチNasonia vitripennisの嗅覚受容体の配列をもとにtblastxを用いて相同性検索を行ったところ、数十から数百の配列が見出された。今後、種間・組織間で発現の比較を行い、寄主植物認識に関わる遺伝子群の探索を行っていきたい。

 

おわりに

 イチジク属とイチジクコバチとの共生・共種分化機構を解明するために、これまで主として分子系統学・集団遺伝学・化学生態学の手法を用いて研究を行ってきた。昨年度に引き続き、本年度も主にイヌビワとその近縁種およびそれぞれのイチジクコバチの種間・種内の関係に注目して、集団遺伝学的解析を行った。ゲノムワイドに見た場合でもイヌビワと近縁種2種とそれぞれ共生している「3種」のイチジクコバチは遺伝的分化が見られないことが判明した。このような、1種のコバチが複数種の植物を利用している「多種対1種」の例は世界的にもまれである。また、Blastophaga yeniの分集団構造も、ゲノムワイドな情報からも示唆された。今後、B. yeniについて形態的な分化の有無を詳細に調べる予定である。本年度、ミトコンドリアDNAや核DNAの断片的な情報から推定されたこれまでの結果をゲノムワイドな情報を用いることによってさらに補強することができた。昨年度に引き続き、まだ確実な成果をあげることができていないが、今後の研究を効率的に進めていくうえでの重要となる実験系を確立し、またそれにより多くの有益な知見が得られた。これらの新たな取り組みをイチジクとイチジクコバチの種分化機構の解明に繋げて行きたい。

 

 

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