年度別活動報告

年度別活動報告書:2011年度

分子系統から生物進化を探る 3-2. 六脚類の起源と節足動物の系統進化

蘇 智慧(主任研究員) 岡本朋子(奨励研究員)

佐々木綾子(研究補助員) 石渡啓介(大阪大学招へい研究員)

宮澤秀幸(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 現生の節足動物は、分類上節足動物門に属し、記載されている種数においては動物界最大の分類群であり、鋏角亜門 (Chelicerata)、多足亜門 (Myriapoda)、甲殻亜門 (Crustacea)、六脚亜門 (Hexapoda) の4つの亜門に分類される。この節足動物門に属する生物は、地球上の至る所に分布しており、人類にとっても身近なものが多い。しかし、節足動物門内の系統関係は未だ明確になっていない点が多い。従来、鋏角類は節足動物門の中で祖先的な位置にあり、六脚類は多足類と近縁であると考えられていたが、最近の分子系統解析により、六脚類は多足類ではなく甲殻類と近縁であることが明らかになった。さらに、ミトコンドリア遺伝子を用いた研究では、無翅昆虫の内顎類(カマアシムシ目+トビムシ目+コムシ目)は甲殻類より前に分岐した可能性が示唆され、六脚類の単系統性にも疑問がもたれた。しかし、これまでの我々の研究結果では六脚類が単系統である可能性が非常に高いことが判明した。一方、鋏角亜門と多足亜門の節足動物門内での系統的位置については、多くの研究が行われてきたが、結論には至っていない6, 7)。特に各亜門における「綱」間の系統関係が混乱しており、明確になっていない。六脚類内部の「目」間の系統関係については、様々な研究が行われてきたにも関わらず、明快な答が少なく、我々の研究8)によって理解が大きく前進した。しかし、完全変態類以外ではまだ不明なところが多く残っているのも事実である。地球上においてもっとも多様化している昆虫類を始め、節足動物の進化を理解するには、これらの生物群の系統関係を明らかにするのが基礎であり、極めて重要である。昆虫類を始め、節足動物の系統関係について、これまで多くの研究が行われてきたにもかかわらず、なぜなかなか解明できないのか。これまでの解析において使用していた分子情報の不適切性と情報量の不足がもっとも大きな原因であると考えられる。そこで、我々は六脚類或いは節足動物全体の系統解析に適切であると思われる核ゲノム上のタンパクをコードしている複数の遺伝子を比較して、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化の解明を試みている。今年度は主として多足類と昆虫の起源に関わる無翅昆虫類の系統解析の結果について報告する。

 

結果と考察

1)多足類の系統関係

 多足亜門は、ムカデ綱、ヤスデ綱、コムカデ綱、エダヒゲムシ綱の4綱からなる。多足亜門と鋏脚亜門との関係については、両者が姉妹群を形成するMyriochelata説と、多足亜門が汎甲殻類と姉妹群を作る大顎類 (Mandibulata) 説が提唱されている。近年の分子系統学の研究により、節足動物門における多足亜門の単系統性や各綱の単系統性についてはおおむね支持されているが、まだ結論には至っていない。また、多足亜門の綱間と綱内の目間の系統関係については明確になっていない。本研究では核DNAにコードされた3種のタンパク質遺伝子RNA polymerase II largest subunit(RPB1), RNApolymerase II secondlargest subunit (RPB2) とDNA polymerase δ catalytic subunit (DPD1)の分子情報を用いて、最尤法(RAxML)とベイズ法(MrBayes)で系統解析を行った。ムカデ綱4目(ゲジ目、イシムカデ目、オオムカデ目、ジムカデ目)とヤスデ綱7目(ヒメヤスデ目、フトマルヤスデ目、オビヤスデ目、ツムギヤスデ目、ヒラタヤスデ目、フサヤスデ目とタマヤスデ目)、それぞれの目から1種ずつを用いて上記の3遺伝子の塩基配列を決定した。推定したアミノ酸配列に基づいた系統解析を行った結果、ムカデ綱とヤスデ綱の単系統性が強く支持され、ムカデ綱の4目の関係は昨年度の結果と一致した。ヤスデ綱ではヒメヤスデ目、フトマルヤスデ目、オビヤスデ目、ツムギヤスデ目とヒラタヤスデ目の5目がクレードを形成し、さらにその内部ではフトマルヤスデ目とヒメヤスデ目、ヒラタヤスデ目とツムギヤスデ目がそれぞれ姉妹群を形成した。また、フサヤスデ目は解析したヤスデ目のうち、もっとも最初に分岐した目であり、その次に分岐したのがタマヤスデ目であることが示唆された(図2)。

図2.3つの核遺伝子による多足亜門の系統関係

 

 

2)無翅昆虫類を中心とする六脚類の系統関係

図3.3つの核遺伝子による六脚類全目の系統関係

 無翅昆虫類とは、六脚亜門 Hexapoda (広義の昆虫)の進化過程において、翅を獲得する前の分類群の総称である。六脚亜門は、内顎綱 Entognatha と外顎綱 Ectognatha (昆虫綱 Insecta 、狭義の昆虫)とに二分されるが、無翅昆虫類には、内顎綱全3目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目)と外顎綱2目(イシノミ目、シミ目)とが含まれる。最近の分子系統解析より、六脚亜門は水生の甲殻亜門 Crustacea から分岐したことが明らかになった。水性の祖先をもつ六脚亜門は、無翅昆虫類の中から有翅昆虫類のグループが分岐、適応放散して爆発的な分化を遂げたと言える。したがって、六脚亜門がいかに陸上進出し、新しいニッチを開拓してきたかは非常に興味深いテーマであり、それを理解するには無翅昆虫類の系統関係の解明が必須である。しかし、無翅昆虫類の系統関係は諸説あり、統一見解が得られていない。特に、内顎綱はその単系統性にも疑問が生じている。本研究では、六脚類全目についてタンパク質をコードする3つの核遺伝子 (DPD1, RPB1, RPB2) の塩基配列を決定し、推定アミノ酸配列を用いて最尤法とベイズ法で系統解析を行った。その結果、内顎綱3目の単系統が支持されなかった。さまざまな解析を行ったところ、いずれの系統樹もカマアシムシ目がもっ¬とも最初に分岐した系統であることを示唆した。コムシ目とトビムシ目の系統的位置は一致した結果が得られなかった。一方、外顎綱に分類されるイシノミ目とシミ目は、従来どおり有翅昆虫類と姉妹群の関係になった。また、有翅昆虫の目間の系統関係は我々のこれまでの結果8)と一致した(図3, 表1)。これらの結果より、内顎類は共通祖先から派生した単系統群ではないことになる。この結果は従来の分類と一致しないが、比較発生学や古生物学の研究から得られた知見とは矛盾しない。従って六脚亜門の系統進化は、内顎綱と外顎綱の2分岐から始まるのではなく、内顎綱の一部から外顎綱の祖先が分岐し、その後、イシノミ目、シミ目、有翅昆虫という順に進化したと言える。今後は、コムシ目とトビムシ目の系統的位置を明確にするために、更なる分子情報の追加が必要であると考える。

表1.系統樹(図3)の Bootstrap値(RAxML)と Posterior probability(MrBayes).

 

おわりに

 本研究の結果により、鋏脚亜門と多足亜門単系統性がそれぞれ示され、また多足亜門内では、ムカデ綱とヤスデ綱もそれぞれ単系統群であることが明らかになった。さらに両綱の目間の関係も一部解明できた。今後、多足亜門に属する大きいな分類群であるヤスデ綱の材料を増やして全目の目間の関係を解明し、鋏角類と汎甲殻類のデータも加えて節足動物全体の系統解析を行い、その進化を探りたい。また、六脚類の起源と系統進化において、コムシ目とトビムシ目の系統的位置を明確にするために、分子情報を追加した更なる解析を進めていきたい。

 

 

引用文献

1) Herre E.A., Jander K.C. and Machado C.A. (2008) Evolutionary ecology of figs and their associates: recent progress and outstanding puzzles. Ann. Rev. Ecol. Evol. Syst. 39: 439-458.
2) Su Z.-H., Iino H., Nakamura K. Serrato A. and Oyama K. (2008) Breakdown of the one-to-one rule in Mexican fig-wasp associations inferred by molecular phylogenetic analysis. Symbiosis 45: 73-81. 
3) Cornille, A., Underhill, J.G., Gruaud, A., Hossaert-McKey, M., Johnson, S.D., Tolley, K.A., Kjellberg, F., von Noort, S., Proffit, M., 2011. Floral volatiles, pollinator sharing and diversification in the fig-wasp mutualism: insights from Ficus natalensis, and its two wasp pollinators (South Africa). Proc. R. Soc. B (doi:10.1098/rspb.2011.1972, Published online).
4) Azuma H., Harrison R.D., Nakamura K. and Su Z.-H. (2010) Molecular phylogenies of figs and fig-pollinating wasps in the Ryukyu and Bonin (Ogasawara) islands, Japan. Genes Genet. Syst. 85: 177-192.
5) Kusumi, J., Azuma, H., Tzeng, H.-Y., Chou, L.-S., Peng, Y.-Q., Nakamura, K., and Su, Z.-H. (2012) Phylogenetic analyses suggest a hybrid origin of the figs (Moraceae: Ficus) that are endemic to the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan. Mol. Phylogenet. Evol. (in press).
6) Regier J.C., Wilson H.M. and Shultz J.W. (2005b) Phylogenetic analysis of Myriapoda using three nuclear protein-coding genes. Mol. Phylogenet. Evol. 34: 147–158.
7) Rota-Stabelli O. et al. (2010) A congruent solution to arthropod phylogeny: phylogenomics, microRNAs and morphology support monophyletic Mandibulata. Proc. R. Soc. B (in press).
8) Ishiwata K., Sasaki G., Ogawa G., Miyata T. and Su Z.-H. (2011) Phylogenetic relationships among insect orders based on three nuclear protein-coding gene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. 58: 169-180.

 

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