年度別活動報告

年度別活動報告書:2008年度

分子系統から生物進化を探る 3-2. 六脚類の起源と節足動物の系統進化

蘇 智慧(主任研究員) 岡本朋子(奨励研究員)

佐々木綾子(研究補助員) 石渡啓介、宮澤秀幸、上田千晶、長久保麻子、坂内和洋(大阪大学大学院生)

 

はじめに

 現生の節足動物は、分類上節足動物門に属し、記載されている種数においては動物界最大の分類群であり、鋏角亜門 (Chelicerata)、多足亜門 (Myriapoda)、甲殻亜門 (Crustacea)、六脚亜門 (Hexapoda) の4つの亜門に分類される。この節足動物門に属する生物は、地球上の至る所に分布しており、人類にとっても身近なものが多い。しかし、節足動物門内の系統関係は未だ明確になっていない点が多い。従来、鋏角類は節足動物門の中で祖先的な位置にあり、六脚類は多足類と近縁であると考えられていたが、最近の分子系統解析により、六脚類は多足類ではなく甲殻類と近縁であることが明らかになった。さらに、ミトコンドリア遺伝子を用いた研究では、無翅昆虫の内顎類(カマアシムシ目+トビムシ目+コムシ目)は甲殻類より前に分岐した可能性が示唆され、六脚類の単系統性にも疑問がもたれた。しかし、これまでの我々の研究結果では六脚類が単系統である可能性が非常に高いことが判明した。一方、鋏角亜門と多足亜門の節足動物門内での系統的位置については、多くの研究が行われてきたが、結論には至っていない5, 6)。特に各亜門における「綱」間の系統関係が混乱しており、明確になっていない。六脚類内部の「目」間の系統関係については、我々の研究7も含め、様々な研究によって大きく前進しているが、完全変態類以外ではまだ不明なところが多い。しかし、地球上においてもっとも多様化している昆虫類を始め、節足動物の進化を理解するには、これらの生物群の系統関係を明らかにするのが基礎であり、極めて重要である。昆虫類を始め、節足動物の系統関係について、これまで多くの研究が行われてきたにもかかわらず、なぜなかなか解明できないのか? これまでの解析において使用していた分子情報の不適切性と情報量の不足がもっとも大きな原因であると考えられる。そこで、我々は六脚類或いは節足動物全体の系統解析に適切であると思われる核ゲノム上のタンパクをコードしている多数の遺伝子を比較して、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化の解明を試みている。今年度は主として、鋏角類と多足類、昆虫の起源に関わる無翅昆虫類、そして有翅昆虫類の高次分類群間の系統解析の結果について報告する。

 

結果と考察

1)鋏角類と多足類の系統関係

 鋏角亜門内には、現生のものとしてウミグモ綱 (Pycnogonida)、カブトガニ綱 (Xiphosura)、クモ綱 (Arachnida) の3綱が含まれるとされるが、ウミグモ綱を鋏角亜門に含めないとする説もある。また、鋏脚亜門と多足亜門との関係については、両者が姉妹群を形成するMyriochelata説もあれば、多足亜門が汎甲殻類と姉妹群を作る大顎類 (Mandibulata) 説も提唱されている。本研究は鋏角亜門内と多足亜門の系統関係を明らかにすることを目的とした。系統解析には、核DNAにコードされた3種のタンパク質遺伝子RNA polymerase II largest subunit(RPB1), RNApolymerase II secondlargest subunit (RPB2) とDNA polymerase δ catalytic subunit (DPD1)の分子情報を用いた。系統解析は最尤法(RAxML)とベイズ法(MrBayes)で行った。
 その結果、ウミグモ綱は鋏角亜門の一系統となり、カブトガニ綱、クモ綱と比較して祖先的な位置にあることが分かった。また、クモ綱においてはクモ目とウデムシ目が、ザトウムシ目とダニ目がそれぞれ姉妹群となり、4目が1つのクレードを形成した。本研究の結果は、ウミグモ綱は現生の他の節足動物全てに対して祖先的な系統である説を否定し、真鋏角類 (カブトガニ綱+クモ綱) と姉妹群関係を形成する、つまり、鋏角亜門が共通祖先から派生した単系統群であることを支持した。また、鋏脚亜門と多足亜門との関係については、支持が弱いながらMyriochelata説を支持した。多足亜門の中では、ムカデ綱が単系統群となり、綱内の目間の関係も明らかになった。

 

 

2)昆虫の起源:無翅昆虫類の系統関係

 無翅昆虫類とは、六脚亜門 Hexapoda (広義の昆虫)の進化過程において、翅を獲得する前の分類群の総称である。六脚亜門は、内顎綱 Entognatha と外顎綱 Ectognatha (昆虫綱 Insecta 、狭義の昆虫)とに二分されるが、無翅昆虫類には、内顎綱全3目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目)と外顎綱2目(イシノミ目、シミ目)とが含まれる。最近の分子系統解析より、六脚亜門は水生の甲殻亜門 Crustacea から分岐したことが明らかになった。水性の祖先をもつ六脚亜門は、無翅昆虫類の中から有翅昆虫類のグループが分岐、適応放散して爆発的な分化を遂げたと言える。したがって、六脚亜門がいかに陸上進出し、新しいニッチを開拓してきたかは非常に興味深いテーマであり、それを理解するには無翅昆虫類の系統関係の解明が必須である。しかし、無翅昆虫類の系統関係は諸説あり、統一見解が得られていない。特に、内顎綱はその単系統性にも疑問が生じている。本研究では、内顎綱全目についてタンパク質をコードする5つの核遺伝子 (DPD1, RPB1, RPB2, RPC1, RPC2) の塩基配列を決定し、推定アミノ酸配列を用いて最尤法とベイズ法とで系統解析を行った。その結果、内顎綱3目は単系統を形成せず、コムシ目が外顎綱と最も近縁となった。カマアシムシ目とトビムシ目は1つにまとまったが、その信頼度は低い。一方、外顎綱に分類されるイシノミ目とシミ目は、従来どおり有翅昆虫類と姉妹群の関係になった。これらの結果より、外顎綱は、コムシ目から分岐したことになり、内顎綱は共通祖先から派生した単系統群ではないことになる。この結果は従来の分類と一致しないが、比較発生学や古生物学の研究から得られた知見とは矛盾しない。従って六脚亜門の系統進化は、内顎綱と外顎綱の2分岐から始まるのではなく、内顎綱の一部から外顎綱の祖先が分岐し、その後、イシノミ目、シミ目、有翅昆虫という順に進化したと言える。また内顎という形態形質は収斂進化した結果である可能性が高い。なお、今後は、カマアシムシ目とトビムシ目の系統的位置を明確にするために、分子情報を追加した更なる解析が必要である。

 

 

3)新翅類の系統関係

 上に述べたように、有翅昆虫類は無翅昆虫から分岐して進化してきたと考えられ、有翅昆虫類にもっとも近縁な無翅昆虫類はシミ目である。しかし、これまでの分子系統解析の結果によると、シミ目が有翅昆虫類全体に対する姉妹群である支持が弱く、シミ目が有翅昆虫類内部に入る結果もある。タンパク質をコードする3つの核遺伝子 (RPB1, RPB2とDPD1) を用いた我々の解析においても、有翅昆虫類が単系統群である支持が弱い7)。そこで、これら3遺伝子にRPC1とRPC2の2遺伝子を加え、さらに解析を行った。サンプルはイシノミ目1種を外群とし、シミ目2種、トンボ目2種、カゲロウ目1種、多新翅類2目2種、準新翅類2目2種、完全変態類1目1種の全部で9目11種を使用した。解析に使用した各遺伝子のアミノ酸サイト数はそれぞれDPD1: 979, RPB1: 1456, RPB2: 1149, RPC1: 1148, RPC2: 1063,5遺伝子の連結: 5795残基である。最尤法とベイズ法で系統解析を行った結果、有翅昆虫類の単系統性がいずれの方法でも高い信頼度で支持された。また、これまで支持が弱かった旧翅類(トンボ目+カゲロウ目)の単系統性も強く支持された。

 

おわりに

 本研究の結果により、鋏脚亜門と多足亜門が姉妹群になることが示されたが、支持が弱い。各亜門内部の系統関係については、ウミグモ綱は鋏角類内で、最も祖先的な位置にあることが確認され、多足類を含む他の節足動物全体の姉妹群ではないことが判明した。多足亜門内では、ムカデ綱が単系統群となり、その目間の関係も解明できた。今後、多足亜門に属する大きいな分類群であるヤスデ綱の材料を増やして鋏角類と多足類の単系統性と「綱」ないし「目」間の関係を解明し、節足動物の進化を探りたい。また、六脚類の起源と系統進化において、有翅昆虫類を含む外顎綱の祖先が内顎綱の一系統であるコムシ目から分岐した可能性が示唆され、内顎という形態形質は収斂進化した結果である可能性が高い。今後は、カマアシムシ目とトビムシ目の系統的位置を明確にするために、分子情報を追加した更なる解析を進めていきたい。

 

 

参考文献

1) Herre E.A., Jander K.C. and Machado C.A. (2008) Evolutionary ecology of figs and their associates: recent progress and outstanding puzzles. Ann. Rev. Ecol. Evol. Syst. 39: 439-458.

2) Su Z.-H., Iino H., Nakamura K. Serrato A. and Oyama K. (2008) Breakdown of the one-to-one rule in Mexican fig-wasp associations inferred by molecular phylogenetic analysis. Symbiosis 45: 73-81.

3) Azuma H., Harrison R.D., Nakamura K. and Su Z.-H. (2010) Molecular phylogenies of figs and fig-pollinating wasps in the Ryukyu and Bonin (Ogasawara) islands, Japan. Genes Genet. Syst. 85: 177-192.

4) Thompson, J.N. (2005) The Geographic Mosaic Of Coevolution. University of Chicago Press.

5) Regier J.C., Wilson H.M. and Shultz J.W. (2005b) Phylogenetic analysis of Myriapoda using three nuclear protein-coding genes. Mol. Phylogenet. Evol. 34: 147-158.

6) Rota-Stabelli O. et al. (2010) A congruent solution to arthropod phylogeny: phylogenomics, microRNAs and morphology support monophyletic Mandibulata. Proc. R. Soc. B (in press).

7) Ishiwata K., Sasaki G., Ogawa G., Miyata T. and Su Z.-H. (2011) Phylogenetic relationships among insect orders based on three nuclear protein-coding gene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. (in press).

 

 

 

 

 

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