年度別活動報告

年度別活動報告書:2007年度

3.分子系統から生物進化を探る 3-2.昆虫類(六脚類)の起源、系統と進化

蘇 智慧(研究員、代表者) 佐々木剛(奨励研究員)

石渡啓介(大阪大学大学院生) 魚住太郎(大阪大学大学院生)

神田嗣子(研究補助員) 山﨑雅美(研究補助員)

松浦純子(研究補助員)

はじめに

 昆虫類(六脚類 Hexapoda)は、無翅昆虫類と有翅昆虫類とに大きく分けられる。無翅昆虫類は5目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目、シミ目)、有翅昆虫類は27目を含んでいる。しかし、形態学による分類では、カマアシムシ目、トビムシ目とコムシ目は内顎類、イシノミ目/シミ目とすべての有翅昆虫は外顎類とされている。従来、六脚類は他の節足動物のうち多足類 (Myriapoda)と近縁であり、六脚類内部では無翅昆虫類から有翅昆虫類のグループが分岐し翅を獲得したと考えられてきたが、最近の分子系統解析により、六脚類は多足類ではなく甲殻類 (Crustacea) と近縁であることが明らかになった。さらに、ミトコンドリア遺伝子を用いた研究では、無翅昆虫類のトビムシ目は甲殻類よりも以前に分岐した可能性が示唆され、六脚類の単系統性にも疑問がもたれた6) 。しかし、それらの結果は解析方法によって変わるなど信頼性が極めて低く、また、無翅昆虫類すべての目が含まれていないため、六脚類の起源に関する結論には至っていない。Regier ら7) は、核にコードされたタンパク遺伝子RNA polymerase II largest subunit (RPB1), elongation factor 1α (EF-1α), elongation factor 2 (EF-2)を用いた解析により六脚類の単系統性を示したが、EF-1α 遺伝子を用いるのには問題がある(後述)。また、彼らのデータにも無翅昆虫類のカマアシムシ目が含まれていないため、六脚類の単系統性には疑問が残る。一方、最も多様化している有翅昆虫類内部においても各目間の系統関係はまだ解明されていない。化石など古生物学研究からの一斉放散説もあるし、これまで公表された論文ごとに結果が異なっている。
 そこで私たちは六脚類の系統解析に適した多数の核ゲノム上のタンパクをコードしている遺伝子を比較して無翅昆虫類の正しい系統的位置を解明し、昆虫類の起源、系統と進化を明らかにし、六脚類の共通祖先が一度だけ陸上へ進出したのか、それとも複数の系統の祖先が独立に複数回上陸したのかという問いに答えること、それから、昆虫類の飛翔機能や完全変態機能の獲得などの進化メカニズムを解明するための基礎作りを目的として、本研究を行っている。

 

 

結果と考察

1) 六脚類の系統解析に適した遺伝子

 これまでにも述べてきたように、以下3つの条件に基づいて節足動物の系統解析に適した遺伝子の探索を行ってきた。1) 節足動物の系統内部で遺伝子重複がない;2) 適度な保存性を有しており、縮退プライマーの設計が可能である;3) PCRの結果が良好である。18S ribosomal RNA (18S rRNA), Elongation Factor 1 alpha (EF-1α) および 2 (EF-2), RNA polymerase II largest subunit (RPB1), RNA polymerase II second largest subunit (RPB2), DNA polymerase delta catalytic subunit (DPD1), DNA polymerase zeta catalytic subunit (DPLZ)およびミトコンドリアゲノム遺伝子などについて検討を行った。その結果、18S rRNA 遺伝子は、データは豊富にあるが、系統間の進化速度のばらつきが大きく、系統解析には向かない。ミトコンドリア遺伝子は塩基置換が飽和している可能性があり、アミノ酸置換も相当偏っており、信頼性の高い系統樹を構築するには困難である。EF-1α 遺伝子は、六脚類において遺伝子重複が観察され、パラロガスな比較をしてしまう危険性があるため六脚類の系統関係を推定するのに用いることはできない。一方、RPB1, RPB2, DPD1とDPLZはおおむね上述3つの条件を満たしている。そこで、我々はこれまでに主としてこれらの核内遺伝子を用いて系統解析を進めてきた。但し、DPLZは進化速度が若干速いため、六脚類の根元の系統解析にあまり向かないようで、主として近縁目間の解析に用いている。

 

 

2) 六脚類の起源

 本研究の遂行に当たって、材料の収集はもっとも重要な作業である。これまで多くの専門家やアマチュアの方々の多大な協力を得て無翅昆虫類、有翅昆虫類、そして甲殻類や他の節足動物の材料を入手した。解析方法は下記の通りである。RNAを抽出して逆転写を行い、cDNA を鋳型にして縮退プライマーを用いたPCR反応を行い、塩基配列決定を行っている。また、RACE法により可能な限り各遺伝子のアライメント可能な領域全長配列を決定している。得られた配列データは複数台の並列コンピューターを用いて、最尤法による分子系統解析を行った。
 本年は、内顎類のウロコナガコムシ、鰓脚類のホウネンエビ、軟甲類のシャコのデータを追加した。その上でGAMTをもちいて最尤法に基づく系統解析を行った。その結果(図2)、六脚類の単系統性が支持された。この支持は厳しい基準であるKH検定やAU検定では有意とはならないが、これまでの解析で最も強い支持が得られた。また最尤系統樹では内顎類のカマアシムシ目が、六脚類の中で最も古く分岐したことも示唆された。さらに、カマアシムシを除いてミトコンドリアのデータも加えて解析を行った結果でも、六脚類の単系統性は支持された。

図2. 最尤法(GAMT, WAG-Fモデル)に基づく系統樹。枝上にある数字は信頼度を示す。

 

 

3) 有翅昆虫類の系統関係

 有翅昆虫類の系統関係については、トンボ目とカゲロウ目(旧翅類)が最初に分岐し、旧翅類以外の有翅昆虫類(新翅類)が単系統となることが強く支持されたことを昨年度までに報告した。新翅類は多新翅類と準新翅類、完全変態類の大きく3つのグループにわけられるが、多新翅類および完全変態類は単系統となることが支持され、完全変態類に近縁なのは従来考えられていた準新翅類ではなく、多新翅類である可能性を示したことも昨年度に報告した。本年度は解析する生物種を増やし、新翅類の系統関係についてさらに解析を進めた。多新翅類の単系統性については、昨年度までに解析していなかった目を加えても支持された。しかし、その内部の系統関係については、カマキリ目、ゴキブリ目、シロアリ目の3つが1つのグループになることが判明したこと以外ははっきりしなかった。また、準新翅類については、カメムシ目が多新翅類よりも先に分岐し、アザミウマ目の系統とチャタテムシ目+シラミ目からなる系統は完全変態類に近縁となったが、これらの分岐順序ははっきりしなかった。完全変態類では、このグループのすべての目を加えても単系統性が確認された。その内部の系統関係については、ハチ目の系統、アミメカゲロウ目+ネジレバネ目+コウチュウ目からなる系統、チョウ目+トビケラ目+シリアゲムシ目+ノミ目+ハエ目からなる系統の3つに大きくわかれることがわかった。そして、これら3系統間の関係だけでなく、系統内部のすべての目間の関係についても明らかになり、これらは厳しい基準であるKH検定やAU検定でも統計的に有意な結果であった。

 

 

4) 鰓脚類の系統関係

 六脚類が節足動物門の中で甲殻類に近縁であることはすでに述べたが、六脚類の起源を解明するには2つのことを明らかにする必要がある。一つは六脚類が単系統かどうか、もう一つは六脚類にもっとも近縁な甲殻類の系統は何かである。甲殻類はミジンコ亜綱(鰓脚類)、カシラエビ亜綱(カシラエビ類)、ムカデエビ亜綱(ムカデエビ類)、アゴアシ亜綱(アゴアシ類)、貝形虫亜綱(貝形虫類)、エビ亜綱(軟甲類)に大きく分類されている。その中では、鰓脚類が六脚類に比較的に近縁であることが分子情報から示唆されており、六脚類の起源を知るには鰓脚類の系統的位置を解明する必要がある。
今回はまず鰓脚類内部の系統関係の解析を試みた。鰓脚類はホウネンエビ、カブトエビ、カイエビ、タマカイエビ、ミジンコ等を含んでいる。リボソームRNA遺伝子による鰓脚類の系統解析が行われているが、系統樹の信頼性が低く、系統関係もはっきり分からない8, 9)。そこで、我々は上記述べたRPB1、RPB2、DPD1とDPLZ4つの遺伝子(約4000aa)を用いて鰓脚類の系統解析を行った。その結果、鰓脚類の中で、ホウネンエビが最初に分かれ、その後、カブトエビとタマカイエビが順番に分岐し、最後に分かれたのはカイエビとミジンコであることが判明した。この系統関係は統計的に有意に支持された。この結果は形態による分類とほぼ一致する10)

 

おわりに

 六脚類は単系統(単一起源)なのか?彼らの上陸は一回のみか、それとも二回以上なのか?これは本研究において明らかにしたい問題である。しかし、これまでに我々は複数の核内遺伝子(約3200aa)を用いて系統解析を行ったところ、陸上昆虫は単系統である可能性が高いことが示唆されたものの、統計的に有意な支持が得られていない。今年度は分子情報とサンプルを増やして解析を行ったところ、六脚類の単系統性が同様に支持された。この支持は厳しい基準であるKH検定やAU検定では有意とはならないが、これまでの解析で最も強い支持が得られた。他の公表されている論文の系統解析と比較しても、我々の系統樹の信頼性がもっとも高いと考えている。従って、六脚類は恐らく共通祖先を持つ単一起源であり、甲殻類から分かれた後、あまり時間が経たずに多様化が起きたと考えられる。
 完全変態昆虫類において、ハチ類が最も祖先的な位置にあることがゲノムデータを用いた解析で初めて示唆されたが、その解析には完全変態類昆虫のすべての目が含まれていなかったので、結論には至っていない。私たちの解析では、これらの問題点を克服したうえ、極めて高い信頼性の系統樹を構築することができた。これまで多くの研究が重なっても不明のままだった完全変態類昆虫の系統関係をほぼ完璧に解明し、ハチ類が最も祖先的であると結論した。今後は多新翅類、準新翅類と旧翅類の系統関係を完全に解明するために、更なる適当な遺伝子情報を探りたい。

 

 

 

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