年度別活動報告

年度別活動報告書:2003年度

3.昆虫と植物との共生関係、共進化および種分化 3-1. イチジクとイチジクコバチの共進化と種分化を探る

蘇 智慧(研究員、代表者)

村瀬 香(奨励研究員)

神田嗣子(研究補助員)

中村桂子(館長)

 

はじめに

 様々な生物種から構成される地球生態系のなかでの生物同士或いは生物と環境との相互作用は、生物の多様性を生み出す大きな原動力と考えられる。昆虫と被子植物は陸上で最も多様化した生物群で、その多様化は植物と昆虫とが互いに相互適応的関係を築くことによって促されてきた。したがって、植物と昆虫との相互関係(競争、共生、寄生など)を解明することは、生物の多様性を理解する上で最も重要なカギの一つである。我々は現在植物と昆虫の共生関係の中で最も代表的な系といわれるイチジク属とイチジクコバチ、アリとアリ植物の共生関係についてDNA系統解析、植物に対する昆虫の認識機構並びに野外観察調査により研究を行っている。

 

 イチジク属Ficusは、クワ科(Moraceae)に属し、4亜属(イチジク亜属Ficus, アコウ亜属Urostiguma, Pharmacosycea, Sycomorus)に分けられ、熱帯を中心に約750種が世界中に分布している。日本には南西諸島を中心にアコウ亜属3種、イチジク亜属13種が分布している。一方、イチジクコバチの仲間は分類学的に膜翅目、コバチ上科Chalcidoideaに属し、イチジクコバチ科Agaonidaeとして分類されている。イチジクコバチ科はさらに複数の亜科に分けられ、その内の1つは送粉コバチ亜科Agaoninae (pollinating fig-wasps)で、他の亜科はすべて寄生コバチによって構成されている1)。送粉コバチとイチジクとの間、子孫を残すための共通利益のもとで、「1種対1種」という絶対的な相利共生関係を結んでいると言われている。しかし、寄生コバチの場合は、複数種の寄生コバチが同種のイチジクに寄生することができる。イチジクとイチジクコバチとの関係は古くから共進化のモデル系として多くの研究をなされてきた。特に近年アフリカや南米の材料を中心に分子系統解析の研究も盛んに行われるようになった2)。日本産イチジク属とイチジクコバチについても研究が行われている3, 4)
我々はこれまでメキシコ産と日本産のイチジクとイチジクコバチの分子系統解析を行ってきた。メキシコ産の材料を分析したところ、同じ種のイチジクから採集した送粉コバチが系統樹上1つの枝にまとまらず、異なる系統に分かれるという結果が得られた。異なる起源のコバチが同種類のイチジクに送扮しているらしい。しかし、日本産の材料を調べた結果、イチジクと送粉コバチの「1種対1種」の関係はほぼ厳密に維持されており、系統樹から部分的に共進化を支持することが示唆された。また、寄生コバチの多様化・種分化においても多くの知見が得られた。ところが、期待していた琉球列島間のイチジクコバチの地域的変異は全く見られなかった5, 6)。今年度は主として中国海南島産イチジクを材料にして、葉緑体DNA、核rRNA遺伝子、ミトコンドリアCOI遺伝子を用いて分子系統解析を行った。また送粉コバチと寄生コバチの関係解明のため、メキシコ産の材料の追加分析を行った。

 

結果と考察

1) 日本産と中国海南島産イチジク属の分子系統解析

 イチジクとイチジクコバチの共進化について、日本産のものを解析しただけでは語ることはできない。中国南部や熱帯地域の東南アジアの材料を調べる必要がある。これらのサンプルを調べることによって日本産イチジクとイチジクコバチの起源や日本列島への進入解明についても期待できる。今年度の夏、中国海南島に遠征してイチジクとイチジクコバチの材料収集調査を行い、計27種のイチジクと、そのうちの14種からコバチを採集することができた。海南島産各種と日本産各種のイチジクを合わせて系統樹を作成したところ、分類学的にUrostigma亜属に属するものは一つのグループ(図1のC)に纏まっているが、Ficus亜属に分類されているものは、単一のグループを形成せず、およそ7つ(図1のA, B, D-H)の系統に分かれ、多系統性を示した。亜属の下にセクション (Section)という分類単位が設定されているが、ここでもsect. Sycidium以外では、同じSectionに属するものはほとんど単系統性を示さなかった。特に、F. simplicissima(海南島産)はsect. Ficusに分類されているが、明らかにつる性のオオイタビF. pumilaが属するsect. Rhizocladusのものに近縁であることが分かった。海南島産のオオイタビF. pumilaは予想通り、日本産のものと近縁であるが、海南島産のギランイヌビワ (F. variegata) は、形態学的に全く違う海南島のF. auriculataと同じ配列を示し、日本産のギランイヌビワと遠縁であることがわかった。仮にこの系統関係が正しいとすれば、同じ種の一系統から全く異なった形態をしている別種が出現したことになる。これは興味深い結果で、サンプルを増やしてデータの信頼性を高める必要がある。

 

 

2) 送粉コバチと寄生コバチの系統関係

すでに述べたように、分類学的には送粉コバチは1つの亜科で、寄生コバチは複数の亜科からなる。しかし、両者間の系統関係は明らかではない。以下3つの仮説が考えられる。(1)イチジクコバチは複数の系統(亜科?)に分かれ、そのうちの1つは送粉コバチの系統で、寄生コバチは多系統または側系統群となる。(2)送粉コバチと寄生コバチは最初から二分岐し、それぞれ別の単系統群を形成している。(3)複数の寄生コバチの系統群において、送粉コバチは独立に複数回進化した。つまり送粉コバチは多系統群である(図2)。これまでの系統解析に用いた28S rRNA遺伝子の断片は、寄生コバチ内では788~809塩基対で長さの違いは比較的小さいが、送粉コバチ内では845~912塩基対で、変異が比較的大きいのと、全体の長さも寄生コバチのものより長いことが分かっている。つまり塩基配列の構造から見れば送粉コバチと寄生コバチはそれぞれ別系統のようである。一方、日本産の送粉コバチと寄生コバチを用いて系統樹を作成したところ、それぞれのグループは単系統群を形成し、最初に両者が分岐することが示された。今年度はメキシコ産のイチジクコバチを追加分析し、これまで解析できたすべてのデータを用いて系統解析を行った。これまでと同様、送粉コバチと寄生コバチは系統樹上綺麗に分かれ、それぞれ単系統を形成した(図3)。この結果は上述(2)の仮説を強く支持することになり、すべての送粉コバチは単一起源であることが示唆された。

図2:推定される送粉コバチ分岐パターン

図1 日本産と中国海南島産のイチジク属の系統樹

 

図3 28SrRNA遺伝子によるイチジクコバチの系統樹。NJ法で作成。

 

 

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