1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」116号
  4. SPECIAL STORY パンダの時間

SPECIAL STORY

パンダの時間

中尾建子アドベンチャーワールド副園長・獣医師・学芸員

1.いのちを見つめ、問い続ける場所へ

アドベンチャーワールドは、和歌山県の白浜町にあります。1978年開園、面積は約80万平方メートル、甲子園20個分です。ここで約120種、約1600頭の動物たちを飼育しています。テーマパークとして、お買いものも楽しんでいただける施設ですが、もう一方で動物園というものには種の保存や調査・研究という社会的役割があります。
ジャイアントパンダは、繁殖を目的として中国からお借りしています。チーターは南アフリカや韓国と連携して繁殖に取り組んでいます。希少な動物を国内外の施設と共に研究していくことも、わたしたちの大きな役割です。

わたしたちは今年、「いのちを見つめ、問い続ける」というパークの理念を掲げました。パンダやイルカといった生きものだけでなく、土壌にいる生きもの、わたしたちが食べているもの、あらゆる生きものの中に、わたしたちは生かされている。そのようなことを感じながら、アドベンチャーワールドを楽しんでいただきたいと考えています。

2.パンダの時間



わたしは1994年からはじまったパンダの飼育に、現在までさまざまなかたちで関わってきました。ジャイアントパンダという存在が世界に発表されたのは1969年。実は、その40年前にレッサーパンダが発表されています。レッサーパンダの方が先輩パンダなのです。パンダとはネパールの言葉で、「竹を食べるもの」という意味です。同じ竹を食べるので、ジャイアントパンダはレッサーパンダと同属ではないかと言われていたこともありましたが、最新の分類ではどちらも肉を食べる動物たちの仲間、ネコ目(食肉目)で、ジャイアントパンダはその中でもクマに近いとされます。クマ科ジャイアントパンダ属で、一属一種です。




パンダの祖先と思われる原始的なパンダの化石は、中国で約800万年前の地層から見つかっています。大きさはキツネや犬くらいと小さく、肉食で、群れで狩りをしたと考えられています。最近の研究では、スペインで1300万年前の地層から歯の形が似ている化石が出てきたので、先祖は中国だけでなく、もっと広範囲に住んでいたのかもしれません。

約250から300万年前に、オオカミほどの大きさの「ピグミージャイアントパンダ」と呼ばれる古代のパンダが生息していました。雑食で、竹も少し食べていたのではないかと考えられています。人類史で現代の新人が現れる頃、約20万年前頃にジャイアントパンダは現在のような体の大きさと、白と黒の模様をもち、竹を主食にするようになります。おそらく食べ物の少ない氷河期に、他の動物に比べて狩りのつたなかったジャイアントパンダの祖先は、食べものを争奪する競争に負け雑食を経て、草食動物でもなかなか食べない竹を食べて生き延びた。元々肉食だったところを、他の動物たちとの競争や2回の大きな氷河期を経て、竹を食べるようになったのではないかと考えられます。日々研究が進んでいるので、まだまだ新しい情報が出てくるかもしれません。

3.竹を食べるためのカラダ

竹は栄養が少ないので、たくさん効率よく食べるために、さまざまな工夫があります。一つは「竹を持って食べる」ということ。わたしたちヒトの手は4本の指と親指が向かい合っていますが、ジャイアントパンダは5本同じ方向を向いているので、わたしたちのようには竹を握りません。彼らは、手首の骨を使って竹を持ちます。親指側の手の平の付け根に、橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)という丸い骨があります。みなさんの親指の付け根近くにもあるので、触ってみてください。それだけではなくて、小指側にも突起があります。副手根骨(ふくしゅこんこつ)といいます。指のように動くことはありませんが、支点となって、しっかりと物を持つことができる。これができるから、パンダは竹を持って、効率よくたくさん食べることができます。竹を握ることができるということが、ジャイアントパンダの進化の重要な点の一つです。



もう一つは、「座ることができる」ということ。犬やネコがものを食べるときは、四つん這いです。そのため、食べ物を口でくわえて飲み込むことしかできません。パンダは「パンダ座り」とも言われる独特な座り方で、両手で食べ物を持つことができる。たくさん竹を食べるには長い時間を費やすため、食べやすい姿勢をしている訳です。





そして歯。竹を食べるのに適した歯をしています。竹の葉っぱを、まるでハサミで切ったような形に噛み切ります。竹の幹も、まるでノコギリかハサミで切ったかのようにまっすぐ切れています。硬いものを食べるのに適した歯をしているようです。奥歯に平たい臼歯があります。人間の6倍くらいの大きさがあり、非常にしっかりとしています。前臼歯はライオンのように少し尖っています。この2種類の臼歯が、パンダが竹を食べるのに役立っています。上と下の歯がきちんと重なって、ハサミのようにものを切ります。幹を食べる時は、外側の緑色の部分を剥いて、中の白いところだけを食べる。この剥くという作業に、前臼歯をつかいます。外側の緑色のところはどうやら消化できず、必ずしっかり剥いて食べています。このように、パンダの歯というのは肉食動物的な特徴と、草食動物的な特徴の両方を備えて、硬い竹を食べている。とても大きな音がするんです、バリバリバリバリって。かなり強靭な奥歯をしています。







そして、竹を食べるために、頭の筋肉がとても発達しています。初めてジャイアントパンダの頭骨を見た時に非常にびっくりしました。顔が丸いのに、頭骨は尖っているのです。
実は、この頭のてっぺんから顎にかけて、たくさんの筋肉がついて丸い顔になっている。ものを「噛む」ための筋肉なのです。ただ大きくてしっかりした歯があるだけではなくて、筋肉もすごく発達しています。

ジャイアントパンダがもし竹を食べていなかったら今よりも顔が細くて、皆さんに愛される容姿ではなかったかもしれません。竹を食べて氷河期を乗り越え、いろいろな器官が進化した。パンダにとってはどうかわかりませんが、わたしたちにとっては、パンダが竹を食べていてくれて良かったなと思っています。


4.飼育の改革 食べものの試行錯誤

1994年にジャイアントパンダの飼育を開始した頃のエサは、穀物や牛肉、卵が入った「パンダだんご」と呼ばれるもの約1.5kgと、りんご、ミルクでした。非常に高カロリー、高タンパクなエサをあげていて、竹は2〜5kgしか食べさせていませんでした。パンダは1日の大半は寝て過ごします。本来は、1日の1/3が食べる時間、2/3が寝る時間という暮らしが、パンダだんごをはじめとしたエサでは1日1時間の食事で済んでしまって、多少若ければ遊びはしますが、あとは寝て過ごします。だからお腹が減らない。減らないから食べない。このような悪循環で、とても飼育に苦労しました。体調不良におちいることが多く、頻繁にお腹を抱えて、一切反応せず、一切食べず、寝ている。さっきまで元気にしていたパンダが急に食べずに丸くなって、うんともすんとも言わなくなる。他の国内外の施設でもよくあることと聞きますが、本当にドキドキしました。
そして突然むくっと起きて粘液状の糞を排出すると、何もなかったようにまた食べるわけです。パンダは竹を食べるために、たくさんの分泌液で腸を保護しているのですが、本来は竹を食べることでどんどん分泌されるものが、竹を食べないと排泄されず腸に溜まってしまうようなのです。






どんなに体が大きい動物でも、野生下で身を守らないでうずくまっていると、それは捕食者に「どうぞ食べてください」と言っているようなものです。野生ではあり得ません。1995年から2000年にかけて、飼育のスタッフ、中国の関係者、大学の先生方と協議しながら、徐々に竹中心のエサに改善していきました。

今は竹中心のエサが主流で、副食は少し。2000年以降はほぼ同じエサの構成です。糞の量は2〜5kgであったのが、15〜20kgほどに増え、消化器の疾患も減少しました。たくさん竹を食べれば、本当に匂いの無い、いい糞をして、健康になります。いろいろな苦労を経て、今のエサにたどりつくことができました。


5.野生のジャイアントパンダ

ジャイアントパンダは、野生下に何頭くらい生息しているかご存知でしょうか。1974年から1977年の調査では、2000頭以上いたと言われています。1980年代に約1200頭にまで減少し、現在は約1800頭が生息しています。個体数減少の要因としては、森林伐採や密猟が挙げられます。また1970年代、80年代にパンダの生息域の竹が一斉開花し、竹が枯れたことで多くのパンダが餓死しました。ワシントン条約や生息地が保護区に指定されたこと、保護施設で守られるようになったこともあり、その後個体数が回復しました。2016年にはIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにおいて、絶滅危惧種から危急種へとランクが変わりました。しかし、野良犬からの病気の感染の増加も見られ、まだまだ安全とは言えません。





生息地は中国大陸の内陸、面積としては兵庫・大阪、京都・奈良・和歌山を足したくらいの広さです。人間であれば1900万人ほどが住む広さにパンダは約1800頭、10000分の1なので、いかに少なく、密度が低いかがわかります。そして生息地は細かく分断化しています。間に人間の暮らすエリアを挟むため、移動が阻まれ、離れた生息地のパンダ同士が交流できないという現状があります。




アドベンチャーワールドや世界中の動物園は生息域外保全の場として、共同して繁殖や研究を重ねてきました。現在では世界に600頭を超える飼育下繁殖個体がいます。その中の一部は、野生復帰しています。飼育、繁殖、研究を通して、わたしたちはジャイアントパンダの保全に寄与しています。
 

中尾建子(なかお たつこ)

アドベンチャーワールド副園長・獣医師・学芸員 
鳥取大学農学部獣医学科修了 
1988年入社し、動物園動物の飼育管理や健康管理、動物園教育に携わる。
1994年日中共同ジャイアントパンダ繁殖研究開始より、ジャイアントパンダの飼育・繁殖に関わり、これまで17頭のジャイアントパンダの赤ちゃんの誕生を見守る。

講演の記録映像はこちら

レクチャー記録動画

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

シンポジウム

5/18(土)13:30〜15:45

虫の会(拡張版)第三回 「ピン留め」と「退縮」で作る昆虫の鋭い構造