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RESEARCH

海の豊かさを支えるサンゴの普遍と多様

新里宙也
東京大学

海の生態系を支えるサンゴ礁で、最も種数の多いミドリイシ属のサンゴのゲノムを読み解くことで、刺胞動物の起源からの普遍性、褐虫藻との共生を通じた多様性が見えてきた。

1. サンゴと生態系

熱帯、亜熱帯の浅い海に分布するサンゴ礁は、面積では全海域の0.2パーセント未満にすぎないが、そこに海洋生物の約30パーセントの種が暮らしているという地球上で最も生物多様性豊かな海洋生態系である。サンゴ礁の豊かさを支えるのは、サンゴ独特の石灰質の骨格がつくる複雑な地形であり、そのサンゴと褐虫藻の共生である。褐虫藻は単細胞藻類の一種で、光合成でつくる有機物をサンゴに与えて成長を促し、サンゴ礁の栄養の源となっている。

南西諸島周辺には、サンゴ礁を形成する造礁サンゴの8割にもなる約400種が確認され、日本と同等の面積をもつオーストラリアのグレートバリアリーフの全域に匹敵する多様性がある。日本はサンゴ礁の生態系の状態を知るのに恵まれた環境といえるだろう。

(図1)サンゴと褐虫藻

2. サンゴの一生

サンゴは、イソギンチャクやクラゲなどと同じ刺胞動物の仲間であり、二胚葉性(内胚葉、外胚葉)で、筋肉や中枢神経系をもたない単純な体制の原始的な生物である。体の一部から再生して無性生殖でも増えることができるが、多くは有性生殖により繁殖する。例えばミドリイシ属サンゴは、卵と精子の詰まった赤い球形のカプセル(バンドル)を一斉放出する。バンドルが海面で壊れ、他の個体の精子と卵子が受精し、浮遊するプラヌラ幼生へと成長し、その後海底に固着する。共生藻である褐虫藻はプラヌラ幼生の段階から共生が可能で、固着した場所でプラヌラ幼生から変態したポリプが分裂し、石灰骨格を作り始める。サンゴはポリプのクローンからなる群体で、ポリプが増殖し石灰質の骨格を形成することで成長する。

今日の地球規模の環境変動や、地域レベルでの環境汚染に曝され、サンゴ礁は危機に瀕している。そのひとつがサンゴの白化現象である。わずか1~2℃の海水温の上昇により養分を供給する褐虫藻が失われるなどして、骨格が透けて見えている状態であり、サンゴの死滅の一因となっている。

(図2)ミドリイシ属サンゴの生活環

3. サンゴゲノムからわかること

現生のサンゴで最もポピュラーなミドリイシ属サンゴ(Acropora)は、海温上昇による白化現象の影響を受けやすいことが知られている。そこで我々は、サンゴのゲノムレベルでの研究に着手すべく、2011年にコユビミドリイシ(Acropora digitifera)の全ゲノムを解読した。当時すでにゲノム解読が行われていたヒドラやイソギンチャクとの比較により、興味深いサンゴのゲノムの特徴をいくつか見出した。

第一に、ミドリイシ属サンゴは、タンパク質を構成するアミノ酸のひとつシステインを合成する酵素、シスタチオニンβシンターゼの遺伝子をもたないことがわかった。システインすらも共生藻に頼っていることが、褐虫藻の離脱による白化に弱い原因の可能性がある。サンゴは浅い海で紫外線に曝されるため、共生する褐虫藻がつくる紫外線吸収物質のマイコスポリン様アミノ酸(MAAs)をもっていると考えられていた。ゲノムの比較から、MAAsを合成するのに必要な遺伝子群を、サンゴはすべてもつことがわかった。イソギンチャクにもこれら遺伝子群が存在したので、多くの刺胞動物はMAAsをつくれるかもしれない。さらに、サンゴにおいては自然免疫系の遺伝子が、イソギンチャクに比べて多様化していることがわかった。褐虫藻との共生や、群体形成などのサンゴ特有の特徴に関わっていると考えられる。もう一つのサンゴの特徴である石灰化についても、サンゴ独自の有機基質タンパク質(SOMPs)の遺伝子を数多く同定した。実際に石灰化の過程で発現する遺伝子を調べたところ、多細胞動物が共通してもつ遺伝子群が最初にはたらき、その後サンゴで新たに出現したSOMPsが石灰化を進めることも明らかになった(図3)。サンゴの骨格は、動物共通の細胞の接着から、サンゴ特有の遺伝子による石灰化骨格へと進化したと考えられる。

(図3)サンゴの石灰化に関わる遺伝子群
石灰化の初期段階には他の生物との共通遺伝子がはたらき、後の段階でサンゴ独自遺伝子がはたらく。

4. サンゴの進化

ミドリイシ属サンゴは、現生のサンゴの中で最も種類が多く繁栄しており、広大なサンゴ礁を形成することで、生物多様性を支える役割を担っている。ミドリイシ属サンゴは、化石記録から温暖な暁新世に出現し、その後の寒冷化に伴い、海面が低下するなどの環境の変化により、種の多様化が進んだと考えられている。そこで、ミドリイシ属サンゴの環境適応のしくみや現在の地球上での繁栄の要因を知るために、ミドリイシ科のサンゴ18種類のゲノムを比較し、サンゴの進化の道筋を調べた。化石記録とゲノム情報を組み合わせると、ミドリイシ属サンゴの祖先は中生代の白亜紀を生き抜いてきたことが予測された。白亜紀は、南極・北極共に氷床はなく温暖な恐竜時代であり、ミドリイシ属サンゴの祖先は温暖環境に適応していたと考えられる

他のサンゴのゲノムには見られず、全てのミドリイシ属ゲノムに共通する特徴として、アポトーシスに関わるカスパーゼやサンゴのストレス応答関連遺伝子、硫化ジメチル(DMS)を合成する酵素に似た遺伝子、DMSP リアーゼ様(DL-L)遺伝子が、ゲノム上の遺伝子の数を大きく増やしていることが見つかった。これらは温暖な白亜紀頃に、ミドリイシ属の祖先で遺伝子数の増幅が起こったと考えられる。DMSPリアーゼは、海生微生物や植物プランクトンに広く存在し、DMSが大気中に入ると酸化されてエアロゾル粒子となり、雲の形成を誘発し雨をもたらすとされ、生物がもつ環境へのフィードバックに重要な役割を果たしていると言われている。DL-L遺伝子はミドリイシ属のみで20個程度に増えており、ミドリイシ属ゲノムの重要な特徴と考えられる。現在までにサンゴのDL-L遺伝子が実際にDMSを合成できるのかは確認されていないが、ミドリイシ属で多様化したDL-L遺伝子やストレス応答関連遺伝子群は、ミドリイシ属の祖先の過去の温暖な環境への適応や、現在のミドリイシ属サンゴの繁栄に一役買ったのかもしれない。

(図4)サンゴの進化

5.  多様なサンゴと褐虫藻の共生

褐虫藻は、サンゴのポリプ1mm3あたり30,000細胞もの密度で存在し、光合成産物の9割をサンゴに供給しているとされる。サンゴに共生する褐虫藻の種類は大まかには決まっているが、絶対的ではなく個体によっても異なる。プラヌラ幼生に異なる褐虫藻培養株を感染させる実験を行ったところ、褐虫藻の種類に関わらず、概日リズムに関わる様々な遺伝子の発現が変化した。体内に入った褐虫藻の光合成活動に、サンゴの幼生が反応したと推測できる。一方で、サンゴと共生している褐虫藻培養株を感染させた場合のみ、糖、脂質、アミノ酸などの代謝に関わる遺伝子が減少し、それらの輸送体タンパク質の発現が増加した。本来の共生相手が感染したことをサンゴは認識し、自らの代謝を抑え、褐虫藻から栄養を取り入れるように体内を変化させていると考えられる。本来の共生相手の感染時に発現が上昇した輸送体タンパク質の遺伝子には、刺胞動物全般に存在するもの、サンゴに特有なもの、ミドリイシ独特の遺伝子重複により獲得した遺伝子など、様々な進化的背景をもつことが分かった。多様な共生相手によってさまざまな応答をするように、共生の分子メカニズムも、サンゴの系統ごとに多様に進化してきたのかもしれない。

(図5)褐虫藻との共生による遺伝子の変化

多くは1個体のサンゴに1種類の褐虫藻が優占しているが、実際はその他にも10種以上の共生藻が検出されるケースも多い。1個体の中でも、場所などにより異なる種が優占することもあり、白化などで褐虫藻が失われた時に、外界から褐虫藻を再度取り込むだけでなく、少数もっていた別の種類の褐虫藻が増殖し、白化から回復している可能性もある。さらに、生後1年未満の稚サンゴと成体では、主要な共生褐虫藻の種類が異なることから、一生の間でも共生藻が変化する様子が観察されている。つまり、サンゴは一度固着すると動くことができないが、共生藻の多様性により、種類だけではなく個としても多様性をもち、環境変化に柔軟に適応している可能性がある。現生のサンゴが含まれる仲間(六放サンゴ亜綱)は、6億年以前、カンブリア紀より古くに起源をもつと予想され、海面が下がり大陸棚の環境が急変した時代、顕生時代に5回を数える大絶滅などを生き延び、現在はサンゴ礁として豊かな海洋生態系を提供している。海の豊かさを守るためにサンゴを知り、サンゴを保全することは大切な問題だが、サンゴの生き方から人間が学ぶこともあるのではないだろうか。

 

(図6)豊かな珊瑚礁の生態系

 

新里 宙也(しんざと・ちゅうや)

沖縄県出身。2001年京都大学農学部卒業。2008年にJames Cook UniversityにてPh.D. (Biochemistry)取得。沖縄科学技術大学院大学マリンゲノミックスユニット研究員、グループリーダーなどを経て、2017年より東京大学大気海洋研究所海洋生命科学部門准教授。

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