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  4. PAPER CRAFT 超遺伝子 表現多型を生むゲノム チビナナフシ



動物は様々な色や形をもち、同じ種の中でも異なる姿形をしていることがあります。これを多型といい、多型を生み出すしくみの一つが、超遺伝子と考えられています。超遺伝子については、113号の記事の3.超遺伝子(スーパージーン)で解説しましたので、ご覧ください。

チビナナフシ(Timema属)は、アメリカ西海岸にのみ生息する体長2センチメートルほどの小さな昆虫です。翅がないため広い範囲を移動することがなく、特定の植物の上に集団で暮らしています。一箇所に数千個体程度という小さな集団は、遺伝子の広がりを調べやすい大きさです。環境との関わりからどのような表現型が選ばれ、その背景にどのような遺伝型の組み合わせがあるのかを知る進化の実験場と考えることができます。一般にはあまり馴染みのない昆虫ですが、研究者はこのような生きものを通して、見ることの難しい進化に挑戦しているのです。

1.チビナナフシと隠蔽擬態(カムフラージュ)


環境にあわせて姿を隠す隠蔽擬態は、自分の姿と似た色や模様の背景に溶け込むことで、捕食者などの敵から身を守ります。木の葉に似せたコノハムシや枯葉にそっくりなコノハチョウ、枝に真似るナナフシやシャクトリムシなど、昆虫にとって植物は身近な隠れ家です。チビナナフシの一種のクリスティナは、体色に緑(緑型)と褐色(褐色型)があり、さらに緑には背中に白い線をもつもの(白線型)と緑一色(緑色型)のものがいます。棲家とする宿主植物は、バラ科低木のチャミーズとクロウメモドキ科セアノサス属の低木グリーンバークで、チャミーズは細い葉、グリーンバークは広い葉をもちます。白線型の個体はチャミーズの細い葉に擬態し、緑色型の個体はグリーンバークに隠れます。褐色型の個体は、どちらの植物でも枝や枯葉に紛れることができます。チビナナフシは、翅のない小さな昆虫なので、広い範囲を移動することはできません。チャミーズとグリーンバークは似た環境に育つため行き来は可能ですが、自ら模様にあわせた宿主を選んで移動することはないでしょう。おそらく、生まれた宿主と模様が一致すれば隠れて生き延び、目立ちやすい宿主に生まれれば捕食の危険にさらされるのです。そこで、環境に適応した個体が生き残り、そうでない個体が減っていくという自然選択の実験場になっているのです。実際、チビナナフシを用いた野外実験では、あらかじめ数を揃えた個体を宿主の上に放して、自然の状態で鳥が捕食できるようにした結果、生き残った数を数えて、生存率を調べています。
 
 

(図1) (左)擬態しているチャミーズの上の白線型とグリーンバーグの上の緑色型。(右)擬態していないチャミーズの上の緑色型とグリーンバーグの上の褐色型。

2. チビナナフシの超遺伝子


ゲノムの解析により、色と模様に関わる遺伝子は、8番染色体の13Mbの領域にあることが予想されました。このMel-Stripe遺伝子座は、対立遺伝子座として、緑型と褐色型があり、緑型が顕性、褐色型が潜性のメンデルの法則を示します。Mel-Stripe遺伝子座をさらに調べたところ、緑型と褐色型では向きが逆方向になっている逆位であることがわかりました。逆位によって、組み換えが抑制されていることは、超遺伝子の特徴です。さらに、緑型には褐色型に対して一部の配列が失われる欠失が見られました。染色体上でそれぞれ異なる配列になり、緑と褐色は独立した対立遺伝子座として保持されていると言えます。

模様の遺伝子座も同じMel-Stripe遺伝子座にあることが予想されています。模様の線のあるなしは、線のない緑色型が顕性であることがわかりました。遺伝子型との一致が、色の区別にくらべて弱いことから、白線型と緑色型は組み換えが起こる可能性も考えられますが、線のあるなしを決める遺伝子はまだわかっていません。フィールドでの調査から、緑型の個体には褐色型の遺伝子座をもつヘテロ型が多いことが観察されました。褐色型の個体は、真菌感染症に強いことや高い気温を好むことがわかり、環境との関わりで褐色型の遺伝子座をもつことが有利な場合あるのではないかと推測されています。

一般に、多型は世代を追うごとに中間的になり、次第に失われると考えられていますが、クリスティナチビナナフシでは、2種類の宿主との関わりが両方の性質を保持する選択圧となり、多型の表現型が守られていると考えられます。

(図2)色と模様を決める遺伝子座(超遺伝子)

 

3. 擬態と環境

隠蔽擬態は、個体が環境に合わせることで身を守ることができますが、逆に環境に対してどのような影響があるか調べた研究があります。細い葉をもつチャミーズに、擬態する白線型と擬態しない緑色型を放した状態で、周辺にいる昆虫などの小動物の数を調べたところ、擬態しない緑色型を放った木では、鳥による捕食が進み、昆虫の数が減りました。一方、白線型のいる木では、昆虫の数が保たれたことから、擬態によって、他の昆虫を捕食から守り、多様性の維持につながるのではないかと予測されました。これを確認するために、今度は環境となる昆虫の数を変え、多い場合と少ない場合を比較しました。すると昆虫が多い環境では、白線型と緑色型の数が変わらないことがわかりました。つまり、昆虫など鳥の餌になる生きものが多い場所は狩場として鳥を引きつけるため、擬態しても擬態しなくても捕食の危険は変わらず、擬態の効果が少ないと考えられます。一方、昆虫が少ない環境では、擬態した白線型の方が生き残りやすいことがわかりました。擬態が多様性を守るという現象は、こちらの状態を見ていたことになります。多様性が守られ、昆虫が生き残った場所は、やがて昆虫が増えて鳥を引きつけ、捕食圧にさらされます。このように、周囲の昆虫の豊かさを行き来する生態系の循環があり、その中にチビナナフシの擬態が生き残りに有利かどうか進化の選択が関わると考えることができます。

飛ばない小さな昆虫であるチビナナフシは、いずれも低木で同じ地域にある2種類の異なる宿主植物との関わりから、それぞれに適した表現型が出現し、鳥などの捕食者によって選択を受けながら、両方の多型のバランスを保っているのです。

現在、人間の手による地球環境の変化がおきています。多くの生きものが、生息環境を奪われたり、変化に適応できなかったりして、危機に瀕しています。小さな環境で生きているチビナナフシを通して、私たちもこの小さな生きものの仲間でありひとつであることを思い出して、生きものらしい生き方を考えましょう。

 

 

(図3) 昆虫等の数とチビナナフシの擬態の関係を調べる

チャミーズにチビナナフシと昆虫を放った実験場。昆虫とチビナナフシが豊富で鳥(捕食者)を呼ぶ環境といずれも少ない環境が時とともに行き来するときに、ナナフシの擬態が有利にはたらくことがある。これを生態系の縮図として、進化を考える研究が行われている。

(参考文献)
Molecular Ecology Volume26, Issue22 Pages 6189-6205
Current Biology Volume 25, Issue 15, 3 August 2015, Pages 1975-1981

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