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  4. PAPER CRAFT 超遺伝子 表現多型を生むゲノム シロオビアゲハ





ゲノムのある領域に並ぶいくつかの遺伝子が一緒にはたらき表現型を変えるとき、その領域を「超遺伝子」と呼びます。シロオビアゲハのメスは毒をもつベニモンアゲハに擬態します。そっくりでなければ意味をなさない巧妙な表現型である擬態のしくみが「超遺伝子」から見えてきました。

 

1. ゲノムと表現型


私たち生きものは、細胞のなかのゲノムに誌された情報をもとにつくられます。人間(ヒト)をつくるのは、ヒトゲノム。生きものそれぞれのゲノムが決まっています。しかし、私たち人間に誰一人として全く同じ人間がいない様に、ゲノムの配列は同種でも少しずつ異なり、その差で遺伝子のはたらきが変わって個性(多型)が生まれるのです。他の生きものでも同じことが言えるでしょう。

生きものの姿や性質(表現型)は、両親からそれぞれ受け継ぐ染色体上の遺伝子の組み合わせで決まります。染色体の同じ位置に異なる役割の遺伝子(対立遺伝子)がある場合は、どちらの遺伝子を親がもち、子がどちらを受け取り、どのような組み合わせになるかで表現型が変わります。1つの対立遺伝子の組み合わせで表現型が変わるしくみは、メンデルの遺伝法則で説明できます。異なる遺伝子の組み合わせをもつ場合に現れる表現型を優生(顕生)、同じ組み合わせの時にだけ現れる表現型を劣性(潜性)といいます。
  
 

2. シロオビアゲハの擬態


擬態は、ある生きものが何か他のものにようすや形を似せる現象です。生まれながらに擬態する生きもの、例えば、植物の葉を真似るコノハムシなどは、ゲノムに「葉に似る」ための情報があるはずです。擬態は、生存に有利な形質とすると、有利なゲノムをもつものが生き残って、擬態が進化したと考えられます。

アゲハチョウの仲間、シロオビアゲハのメスには、毒を持つベニモンアゲハによく似た模様で擬態をしている「擬態型」とオスと同じ模様をもつ「非擬態型」の2種類がいます。擬態型は、ベニモンアゲハに間違われることで鳥に狙われにくくなるので、ベニモンアゲハに似ているほど有利になり、そのゲノムが伝わると考えられます。

(図1)シロオビアゲハの♀の擬態型(右)と非擬態型

チョウの翅の模様は、翅の上に鱗粉で描かれており、斑紋の大きさや形に決まった鱗粉を配置する複雑なしくみです。研究から、擬態型と非擬態型では、人の目には白と見える模様をつくる鱗粉が異なっていることがわかりました。擬態型の鱗粉はベニモンアゲハと同じく紫外線を反射し、非擬態型では紫外線を吸収します。したがって、紫外線を見分けることのできるチョウや鳥には、両者は全く違って見えるでしょう。そして、擬態型は、紫外線を通して見てもベニモンアゲハに似ているのです。

(図2)紫外線下の翅の模様

 

3. 超遺伝子(スーパージーン)

 

同じ種のシロオビアゲハのゲノムから、どのようにして擬態型(メス)と非擬態型(オス、メス)の模様ができるのかは、進化論を築いたダーウィンやウォレスも関心をもっていた謎でした。その謎を解く鍵が、超遺伝子(スーパージーン)であることがわかってきました。

スーパージーンの条件は、
①種内多型があるか
②複雑な適応形質に対応しているか
③複数の遺伝子が、1つの遺伝子のように振る舞うか(はたらき、伝わるか)
④染色体逆位などで組み換えは抑制されているか
とされています。(「超遺伝子」藤原晴彦著、光文社刊より)

シロオビアゲハの場合、①は擬態型と非擬態型の2種類あるので、種内多型です。 ②は、他のチョウであるベニモンアゲハの翅の模様や行動に似せることは複雑な形質であり、捕食を避けるという適応によって維持されていると言えます。③については、位置に応じて鱗粉の性質を決め、模様を表すには、複数の遺伝子が関わることが予想されます。さらに、擬態型と非擬態型のどちらか一方が表現型として現れるので、翅の模様の複数の遺伝子は対立遺伝子として、一緒にはたらくと考えられます。

では④はどうでしょうか。 両親から伝わった2本の染色体は、次の世代を生む生殖細胞をつくるとき減数分裂による組み換えがおこります。翅の模様の遺伝子が一緒にはたらくためには、別々にならないよう、組み換えが起こらないしくみが必要です。減数分裂時の組み換えでは、それぞれの染色体の同じ配列同士が対をつくり、その間で組み換えがおきます。そこで、染色体の一部が反転する逆位が起こると、配列が逆向きになり、対にならないので組み換えが抑えられるのです。


(図3)染色体逆位と組み換え

染色体逆位が起こると交叉による組み換えが起こりにくくなり、その領域にある遺伝子が一緒に遺伝するので、スーパージーンとしてはたらく。どうして逆位が起きるのかはわかっていない。

 

4.シロオビアゲハのスーパージーン

 

シロオビアゲハでは、擬態型を示す遺伝子座Hが優性(顕性)、非擬態型のhが劣性(潜性)であることが、約50年前の研究からいわれていました。 シロオビアゲハのH遺伝子座とh遺伝子座は、25番染色体にある約15万塩基対の領域が逆位によって反転し、性別に関わるとされる遺伝子double sex(dsx)が逆向きになっています。擬態型のもつdsx-Hは擬態模様をつくるスイッチになる遺伝子で、失うと非擬態型になります。H遺伝子座が優性(顕性)なので、HHとHhの組み合わせのメスはいずれも擬態型を示します。逆位によってできた遺伝子U3Xや変異が蓄積した周辺の遺伝子は、擬態型を安定してつくるはたらきをもつようです。オスはどの遺伝子型でも非擬態型の模様となりますが、オスでは模様の形成にdsx-Hが関わらないことがわかりました。


(図4)シロオビアゲハのH遺伝子座とh遺伝子座

逆位によって、dsx遺伝子が逆向きになり、異なるはたらきをもつようになり、擬態型が生まれたと考えられる。

5. 擬態の謎を考える

 

擬態型と非擬態型、両方のメスがいる理由についてはさまざまな説明があります。 擬態型がメスのみである理由については、メスは産卵のため栄養を蓄えており体が重く動きが遅いため、鳥にとって好ましい餌なので、捕食を避けるというものです。ならば、全てが擬態型になればよさそうですが、そうならない理由が提案されています。
まず無毒な擬態型が増えると、鳥がベニモンアゲハに似ていても毒がないと学習して、擬態の効果がなくなるので、一定数に抑えられているというもの。次に、オスが擬態型よりも非擬態型を好むという説ですが、オスは翅の模様で選んでいないという実験結果もあります。実際、擬態型を選ぶオスがいるので、擬態型が維持されます。また、実験室での擬態型と非擬態型の寿命を調べたところ擬態型の方が、寿命が短いことがわかりました。寿命の長さが短いと産卵数が少なくなることも考えられます。
擬態のような不思議な現象がなぜ起こるのか説明することは難しいですが、スーパージーンの機能を調べることで、ゲノムからそのしくみを解き明かせる可能性がみえてきました。


(図5)シロオビアゲハのオスが擬態型のメスに求愛(宮古島)

写真提供 高円宮妃久子殿下

スーパージーンについては、シロオビアゲハの擬態のスーパージーンを明らかにされた藤原晴彦先生の著書「超遺伝子(スーパージーン)」(光文社新書)に詳しく書かれています。スーパージーンの歴史や展望、背景となる生物学が丁寧に説明してありますので、一読をおすすめします。

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